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第1話



 気がついたらそこは、視界に収まりきれない程の草原の海が広がっていた。

 雲一つない、限りなく青い空からは、柔らかな心地のよい日光の光が降り注いでいる。

 穏やかな風が、草原をサラサラと撫で上げるようにして吹き抜ける。

 その大草原の中で、大地を照らす温かい日の光と、優しく吹き付ける風に当たりながらポツリと、俺は呟く。


「ここ…どこだ?」


 俺は目の前に広がる緑の海を呆然と眺めながら、固まってしまった頭を必死に動かし、この状況は何なのか無理やり思考を巡らす。


 ここは一体どこだ? 何で俺はこんな場所にいる?

 さっきまで自分の家にいたはずだ……まさか……。

 俺ん家の庭が草原になった! まさかここまで雑草共が勢力を拡大するとは! 恐るべし緑の怪物! こんなことなら、除草剤撒いとくんだった!

 いやいや、落ち着け。ありえないだろそれは。

 第一に我が家はアパートだし、こんな東京ドームよりも広い土地を所有するほど、俺の家は裕福じゃないしそんな土地は持ってもいない。

 じいちゃんとばあちゃんが住んでいる実家にしても、畑の守護者(自称)であるあの二人が、こんな壮大な草村を野放しにしておく訳がない。

 すぐさま乗用草刈り機に華麗に跨がり、舌を巻くようなハンドル捌きとオーバードライブをかましながら、雑草どもを蹂躙するに違いない。

 なので実家と自分の家という線も消える。

 ならば一体何なのか? ……そうだ! 夢だ! 夢に違いない。

 確かに夢なら自分の家から、突然見知らぬ草原の中に移動したというような不可思議な現象も納得が出来る。

 そうと分かった途端、無意識に緊張していた肩の筋肉が一気に緩み、思わず安堵の息がこぼれる。

 少々残念な気もするが、取りあえず問題が解決して良かった。

 ……俺の頭の中は草原が広がっているのか……、どうせならお花畑が良かったな……アッチな方の。


「ん?」


 安心して余裕が生まれた事により気づいたが、今の俺の服装は漆黒のローブだ。

 所々に金と紫の美しいラインが走っている黒一色の豪華なローブは、光さえも吸収してしまうような神々しくも禍々しい印象を受ける。


 何で俺はこんな中二くさくてイタイローブを身に付けているんだ? ……いや、ちょっとカッコいいかも。


 動くごとにゆらゆらとはためく金と紫のラインが入った裾に気をとられながら、着心地と肌触りが良い全身を優しく包み込む漆黒のローブに若干興奮する。

 ……やばい、凄いカッコいいぞこれ。

 暫くローブを眺めていると、不意に足元から地響きが伝ってくる。

 それと同時にこちらに近付いて来る何かの足音と気配に気付き、その方向に視線をやる。


 その視線の先には、こちらに凄まじい速度で迫って来る熊がいた。

 ……俺の頭の中には熊さんがいるのか。

 俺は能天気にそんな事を思いながら、徐々にこちらとの距離を縮める熊をボンヤリと眺める。

 やがて、その姿がはっきりと像を結び、鮮明に視認する事が出来る距離へ入ると、その全貌が明らかになる。

 全身は黒い体毛に覆われ、山のような図体と、鋭利な刃物を思わせる鋭い牙は人間の身体を骨ごと容易に噛み砕くだろう。全長は四メートル程もあり、四本の丸太のような腕の先には、岩をも切り裂くだろう鋭い鉤爪のようなぶ厚い爪が伸びている。


 あれ? これって熊なの? どう見たって化け物じゃね? というか……どこかで見たことがあるような?

 俺は目の前に二本足で立ち上がり、その剛腕を振り上げている熊をなんの警戒も無しに眺めながら、どこで見たことがあるのか記憶の中を探る。

 ……あっ! そうだ! 確か、俺がさっきまでやっていたゲームに出ていた……。

 そこまで思考したところで、それは目の前の熊により無理やり中断される。


 俺は降り下ろされたその剛腕に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられながらごろごろと転がる。


「いっ痛ぇぇぇーー!!」


 俺はそこかしらに生える草を巻き込みながら、全身に走る痛みと衝撃に悲鳴を上げて転げ回る。


「痛ぅ……って、あれ? 痛い?」


 そこで、俺は違和感に気づく。

 夢なら痛みを感じない筈だ。

 なのに、熱を帯びて身体全体に広がっている“これ”は何だ?


「夢じゃ…ない?」


 そこで俺ははっとして、咄嗟に右へと飛ぶようにして転がる。

 その瞬間、今しがた俺がいた場所に熊の剛腕が振り下ろされる。

 周囲の地面を震わす衝撃と耳をつんざくような爆発音を生み出したその剛腕に、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 もし、回避が間に合わずにあの剛腕をくらっていたら……。

 ただでは済まなかっただろう事は容易に想像がつく。

 俺はこちらを射殺さんばかりに睨み付ける熊に、身体が硬直する。

 その本気の殺意がこもった瞳に、ぞくりと全身に悪寒が走り抜ける。

 これは夢じゃない、これは夢なんかじゃない!

 本能がそう感じたのか、俺はブルブルと震えて固まる身体を無理やり動かしながら、この状況をどう乗り越えるのか必死に思考を巡らす。

 そして、俺は改めて先ほどから感じている違和感に気づく。


 俺が身に付けている見覚えのあるローブ、それと目の前の熊。

 これって、俺がハマっているゲームに出てくる『辺境世界マージナルワールド』の装備とモンスターじゃないか?


 俺は目の前でこちらを警戒しているのか、一定の距離を保っている熊に視線を戻す。

 ……間違いない、この熊は『辺境世界マージナルワールド』で登場するモンスターのタイラントグリズリーだ。


 ……いや、まさかな。

 だが、目の前の熊は間違いなく『辺境世界』に出てくるモンスターであるタイラントグリズリーだ。

 それでもし、この世界がゲームなら……。

 俺は今にも襲いかからんと、こちらとの距離をジリジリと縮めるタイラントグリズリーに意識を集中する。

 このままだと俺は間違いなくあの熊さんの胃袋にinインしてしまう……、それなら少しでも生き延びる可能性を作るために、やってみる価値はある。

 俺は半ば自暴自棄が入った覚悟を決めると、気持ちを切り替える。


「〈雷撃の槍ライトニングジャベリン〉!」


 中空から槍の形状をした雷撃が突如出現すると、青白く眩い光を発しながらタイラントグリズリーの眉間へと放たれる。

 飛来した雷の槍に眉間を貫かれたタイラントグリズリーは、その巨体を揺らしてゆっくりと、地面に盛大な音を立てて倒れる。


「……やった…のか…?」


 周囲に肉が焼け焦げたような臭いが漂う中で、俺は呆然としながら、目の前で起きた現実に目を瞬かせる。

 ……使えた。マジで使えてしまった。

 俺は今、確かに魔法を使ったのだ。

 現実では決してありえない事が、今しがた出来てしまったのだ。


 ……まさか本当にゲームの世界なのか? それならメニュー画面やステータスとかもあるのだろうか?

 試しにメニュー画面と念じてみる。

 すると、突然目の前に長方形型の半透明なパネルが出現した。

 俺はそれにぎょっと驚きながらも、表面に表示されている文字をじっくりと一つ一つを確かめるように見つける。

 どうやらメニュー画面のようで間違いないようだ。

 ステータスやスキル、アイテムなどといった各項目がきちんと並んでいる。

 しかし、システムという項目だけが、どういうわけか無くなっていた。

 どうして無くなっているのか疑問に思ったが、分からない事をどんなに考えても仕方がないので一旦保留にしておく。

 ここで何よりも一番に確認すべき事はステータスだ。

 このパネルの操作はタッチ式の様で、俺は難なくメニュー画面の項目からステータスを選ぶ。



 名前:クロヴィス

 称号:賢者

 属性:闇・無

 種族:超魔人LV1

 クラス:魔術師LV100

 HP:27650

 MP:40000

 STR:3130

 DEF:3350

 AGL:3520

 INT:3860

 DEX:3670

 CRI:70

 LUC:50



 ……いやいや、ありえないだろ。

 HPやMPは10000が限界値で、他のステータス値も100まで上がるCRIとLUCを除けば1000までが上限値だ。

 それなのに何だ? このぶっちぎりの数値は?

 CRIとLUCも35と25だったのに二倍に上がってるし。

 種族レベルが1なのは上級種族へと転生したからだろう。種族レベルは50になると、上級種族へと転生が可能となり、転生後は種族レベルが1に戻るとそこからまた再スタートとなる。

 しかし、いくら転生をしたからといって他の数値もそうだが、MPが4万なのはいくらなんでも異常だ。

 続けて他にも変わったところは無いか確認をしてみるが、ステータス以外は特に目立つような点はない。

 強いて言えばステータス画面に映っている自分の容姿にビックリした。

 年齢は十八ぐらいの身長は百八十五センチで、黒髪黒目の超美形なのだが……。

 俺はステータス画面に映っているその容姿をじっくりと見つめる。

 ……うん、中性的だ。今になって気づいたが、声も中性的だ。

 かなりの美形なのだが、中性的過ぎる。顔を見て声を聞いただけじゃあ、性別を判別する事は不可能だ。一応男だが、それほどまでに男か女か判断しづらい完成された中性的な顔立ちだ。

 いつもゲームで見ている容姿なんだが、これが今の自分だと捉えると、なんともいえない気持ちになる。


 取りあえず一通りの確認を済ませた俺は、ほっと一息をつく。


 魔法が使えるのとメニュー画面があることから、ここが『辺境世界マージナルワールド』だという事はわかった。


 しかし、『辺境世界マージナルワールド』はMMORPG――つまりゲームだ。

 この世界がそのゲームの中だとしたら、痛みや服の着心地を感じる他に、今しがた息絶えた熊の屍から思わず顔をしかめてしまうような異臭がするのは非常におかしい。

 ここがゲームの中でも夢の中でもないのなら、『辺境世界マージナルワールド』にかなり酷似した世界。


 ――つまり、異世界ということになる。


 信じられないような事だが、ここは確かに現実の世界だ。


 どうしてこうなった?

 分からない。

 確か俺は、自室のデスクに座りながらパソコンのモニター画面を見つめていたはずだ。

 新しい追加パックをダウンロードして、わくわくしながらエンターキーを押した瞬間、突然モニター画面が黒く染まると中央に赤い文字が浮かびあがって――。


 そして、この草原の中で目覚めた。

 うーん? どんなに考えても分からない。

 ここでうじうじ悩んでいても仕方がない。

 先ずはこの世界が現実だと認識して行動するしかない。

 食料はアイテムボックスの中に大量にあるので、食べ物に関しては心配はいらないだろう。

 まあ、食べれたらの話だが……。

 装備に関しても問題は無さそうだ。

 全ての武器や防具、アクセサリーにはそれぞれレア度が存在して、それが高ければ高いほどより強力なものとなる。

 最下級から始まり、下級、中級、上級、最上級、秘宝トレジャー級、伝説レジェンド級、神器ゴッズ級、起源オリジン級で終わる。

 今の装備はその全てが神器ゴッズ級で、先ほどみたいにモンスターに襲われても十分に対応する事が出来るだろう。

 そうなると後は寝床かな? 出来ればいきなりモンスターに襲われない安全なところがいいな。


 俺は様々な不安や心配を胸に抱えながらも、しっかりとした足取りで歩き出す。

 厄介事や危険な事態が起こらないようにと、強く祈りながら。



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