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極東の鴉  作者: 縞白
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第七話「通路門の運用任務」





「露草のお茶に毒入れたの、『エイリー教』の信者かな?」

「なにそれ、宗教?」


 夜、城砦の近くにある宿舎へ戻ると漣が言った。


「あれ? ぼくまだ説明してなかったっけ?」

「聞き覚えがないから教えてー」


 ばったりとベッドの上に倒れ込んで頼むと、近くのイスに乗った白猫はぶらりとしっぽを揺らしながら答えた。


「『エイリー教』は、簡単に言うと「魔法のない世界を造りましょう」って人たちの集まり。

 魔物が造られたのと同じ時代、千年くらい前にできた新興宗教で、その頃特権階級を満喫してた長命種(メトセラ)たちの横暴に怒ったエイリー・ブランウェルって女の人が、長命種の支配からの脱却を訴えて教祖になったんだ」


 それまで魔法や魔道具の恩恵を受けて発展してきた文化の中で、エイリーの言葉に賛同する者は最初少なかった。

 しかし魔物の出現で「長命種に頼りきって権力を持たせておくと危ない」という考えが広まり、一気に信者が増加。

 彼らは教祖であるエイリーが平和主義者だったことから、基本的に長命種との戦いは望まず、話し合いによる解決を求めながら自分たちの街を造って、そこで「魔法や魔道具に頼らない生活」を実現させた。


 今では『世界統合機構』にもその存在を認められ、「地下街」である彼らの街を「核都市」に格上げしようかという話まで出ているという。


「ん? 長命種嫌いの人たちの街を核都市にしようっていうのは、ちょっと無理なんじゃないの?」


 漣の説明の矛盾に、寝転がったまま首を傾げる。


 「核都市」と「地下街」の違いは人口や規模ではなく、[通路門(ゲート)]と呼ばれる大型魔道具が設置されているか否か、それを運用する長命種がいるか否かだ。


 [通路門]があってそれを運用する長命種がいれば、そこは「核都市」。

 二つのうちのどちらか、あるいは両方とも無ければ、地上にあっても「地下街」と呼ばれる。


 陸上の大部分を魔物と危険種の植物に取られている人間たちにとって、大量の人や物を一瞬で遠く離れた場所に送ることができる[通路門]の価値は、それほど大きい。

 [通路門]を管理する軍が、長命種を欲しがる一因だ。



 もちろん[通路門]も万能ではなく、許容範囲内にあるもう一つの[通路門]へ、両側から長命種が操作した時にだけ転送可能、という制限が付いている。

 しかしそれでもなお、危険をおかして危険種の植物が潜む樹海を渡ったり、空を飛べる魔物に襲われる覚悟で飛行船を出したりするよりは、はるかに安全で確実で便利。



「『エイリー教』の信者にも、いろんな人がいるんだよ。[通路門]だけなら、一時的に認めて受け入れてもいいだろうって人がいれば、それは堕落だ、教祖に対する侮辱だって言う人もいる。

 そしてその中には、「魔法のない世界を造るには、長命種を根絶やしにすればいい」と考えて、それを強制的に実行しようとする人もいる」


「あー……、なるほど」


 事情はわかったけど、都市の中にいても危険があるのだと知って疲労感が増した。


 今日はもう寝よう。

 でもその前にひとつ。


「漣、お茶に毒が入ってるって教えてくれて、ありがとね。漣がいなかったら、私は今ここにいなかった」

「ぼくはぼくの役目を果たしてるだけだから、気にしなくていいよ」


 漣はさして得意がるふうもなく、さらりと言った。


「ぼくは情報収集に特化されてるから、感覚が鋭いんだ。これからもぼくがそばにいる限り、露草に危ないもの食べさせたりしないから、それだけは安心して」


「うん。漣のことは、信じてる……」


 とてもほっとして、答えながらいつの間にか眠りに落ちていた。





 翌日から、私の護衛官は鮫島少尉と芳野中尉になった。


 そして数日後。

 暗殺未遂事件は高原中将から「処理が終わりました」と言われ、詳しいことは何も知らされずに終わった。





◆×◆×◆×◆





 魔女である譲葉少佐に与えられる任務は、戦闘に関わることが多い。


 普通の人間が対処するには厳しい魔物が都市の外壁を攻撃してきたり、【大和】と近隣の地下街を結ぶ地下鉄道(メトロ)のトンネル内に危険種の植物が出てきたりすると、「行って排除してこい」となるのだ。

 他にも魔道具開発部から「魔物の素材が必要だから取ってきてくれ」という依頼が来たり、薬学研究部から「危険種の植物の一部を採取してきてくれ」という依頼が来たりして、私の上官で長命種を統括する高原中将が、それぞれの任務に適した人材を選んで命令を出している。


 そしてそういう戦闘任務の合間に、たまに[通路門]の運用任務が回ってくることがある。

 これはちょっと気を使う繊細な仕事を要求されるが、移動も戦いもないから体力的には楽だ。


 私の場合、飲酒量をいつもより減らさないと失敗しそうになるので、多少ストレスがたまったりはするが。





「こちら【クアラルンプール】。転送準備完了。これより[通路門]の同調を開始する」


 白い陶器の器に張られた水の中に根をひろげ、水上には瑞々しい緑の葉とラッパ型の白い花を咲かせた植物から聞こえてくる声に返事する。


「【大和】了解。[通路門]の同調を開始する」


 [通路門]管理室の机に設置された色とりどりの水晶柱のなかで、【クアラルンプール】と書かれた札のかかった紫色の水晶柱に手をかざし、慎重に魔力を送り込む。

 机の前の壁はガラス張りになっていて、向こう側にある体育館みたいに広い部屋の床に描かれた巨大な魔法陣が、淡い紫色の光を帯びる様子が見おろせた。


「同調を確認。転送する」

「了解」


 水上に咲く植物の形をした遠距離通話装置の向こうの声に答え、物資が転送されてくるのを待つ。


 その数秒後。


 分厚いガラスの向こうで強い輝きを放った魔法陣の上に、それまでは無かった大量の木箱が出現した。

 私は数秒待って水晶柱に魔力を送るのを止め、輝きを失った魔法陣の上の物資を確認した担当者が「問題なし」の合図を送ってくるのを見て連絡する。


「【大和】転送を確認。異常なし。[通路門]の同調を終了する」

「了解」


 向こうから短い返答がきて、転送作業の一つが完了。



 魔力の制御にいくらか慣れた長命種なら誰でも運用できる仕様になっているので、今のところ私も失敗したり事故を起こしたりしたことはない。


 ちなみに[通路門]の内部構造については“管理”の方が担当する仕事なので、“運用”の私は関知しない。

 その辺りは、前の世界で仕組みを知らない電話やパソコンを使っていたのと同じことだろうと思っている。





 山積みの木箱を魔法陣の上から運び出す作業が始まるのを見ながら、「ほー」と息をついていると、そばに控えていた鮫島少尉が言った。


「次の転送は三十五分後です。休憩なさいますか? 譲葉少佐」

「うん。すこし休むから、五分前になったら起こしてくれる?」

「了解しました」


 椿に教えてもらって作った便利な大容量鞄 (ベルトポーチの形にして腰に装備)から小ビンを取り出し、少なめにひとくち葡萄酒(ワイン)を飲んでから、部屋の隅にある木製の長イスにごろんと寝転がる。

 すると鮫島少尉が近くに来て、片膝をついた。


「少佐、頭をすこし上げてください」


 言われるままひょいと頭を上げると、丸められた彼のコートが枕代わりにそこへ置かれた。

 木製の長イスは寝心地悪いが、頭の下にやわらかいものがあるとだいぶ気分が違う。


「ありがとう」


 遠慮なく彼のコートを枕にさせてもらいながら言うと、普段まるで表情を動かさない鉄面皮が一瞬、かすかに動揺した様子で動きを止めた。

 どうかしたのかと様子を見ていると、「いえ」と短く言ってさっさと離れる。


 今の間は何だ? と、ちょっと不思議に思ったけど、訊いて素直に答えそうな男ではない。

 彼が自分から言わないのなら、とくに問題ないのだろう、と判断して目を閉じ、短い休息をとった。





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