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極東の鴉  作者: 縞白
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第五話「出立前夜の酒宴」





 まだ暑気の残る晩夏の八月末。


 椿の故郷であり戸籍登録地となっている核都市、奈良県辺りに位置する【大和(やまと)】へ行く前日。


 休眠期に入る前の椿と話せる最後の日に、私達はいつもと同じように巨木の(うろ)に作られた居間のイスに座ってお酒を飲んでいた。

 椿は膝の上に白い猫を抱いてグラスを傾けながら、向かいに座った私の格好を見て苦笑する。


「露草はどうも黒が好きなようだな。鴉のように全身真っ黒だ」


「うん。元の世界にいる頃からよく言われてた。他の色はどうにも落ち着かないから、なんとなく黒いの着てるだけなんだけど。

 椿は? 紅い服を着てることが多いけど、その色が好きなの?」


「好き? ふむ。そういう観点で考えたことはないな。

 わたしの場合はいつの間にかこの色が特徴になっていて、物好きな友人がこの色の服を揃えて贈ってくれたから着ているだけだ」


「そりゃー面白い友達だね。……ん? そういえば前に漣が椿のこと、『紅の魔女』とか言ってなかった? あと、漣はナントカの守護者だとか」


「『紅の魔女』と『万形の守護者』だな。もう何十年も前の兵役の時につけられたあだ名だから、覚えている人は少ないと思うが。

 そういえば、わたしにはあとひとり、『無形の守護者』がいると言ったかな?」


「んー。聞いた覚えはない気がする。どんな子?」


「名は(かおる)。わたし以外のものの目に映らないのが特徴だ。

 休眠中のわたしを守るよう命じてあるから、君と関わることはないだろう」


「薫か。きれいな名前だね」


 椿は「ありがとう」と微笑んで、私の目には映らないけど、薫が通り過ぎると金木犀(きんもくせい)に似た匂いがすると教えてくれた。

 昨年からの生活のなかで、それほど唐突に金木犀の匂いを感じたことはないから、私の近くには来ないようにしているのだろうか。

 そう、と頷いて、グラスに葡萄酒をつぐ。


 椿も一緒に飲みながら、明日からのことについて話した。


「露草。短い時間の中で、君はわたしが思っていたよりだいぶ強くなったが、まだまだ経験不足だ。それをよく自覚しておきなさい。

 君の役目はわたしの代理で十年間の兵役につくことで、無茶な軍務で死ぬことではない。無理だと思ったら素直にそう言えば、可能なら上は別のやり方を考えてくれる。兵役についてくれる長命種を一人を失うというのは、軍にとって手痛いことだからな」


 「軍隊」というとすごく厳しそうなイメージだが、有用な能力を持つ長命種たちに対しては、特別な優遇措置があるらしい。


「魔法はひとつの学問として体系化されているが、その威力は使用者の心身の状態によって大きく左右される、いささか不安定なものだ。

 上機嫌な魔法使いが撃つ炎の矢は生木を焼き尽くすが、憂鬱な魔法使いが撃つ炎の矢は樹皮を焦がすことしかできないと言われるくらい、かなりの差が出る。まあ、これはかなり極端な例え話だが。

 ともかくそれゆえに長命種には軍服の着用義務さえなく、何を着るのも自由なほどだ。もし軍の施設内でおかしな格好をしているものがいたら、長命種だと思って間違いない」


 一種の特権階級なんだなと理解して「異能者も?」と訊いたら、こちらの扱いは違うらしい。


「異能者は数は多いが、戦闘任務に向いた能力の保持者となると少ない。能力の強さで「一級」から「十級」まで格付けされていて、この枠に入りきらないほど強いものは「特級」と呼ばれているが、軍内で優遇されるのは特級から三級までだ。

 特級や一級はめったにいないが、おそらく【大和】にも二級か三級は何人かいるだろうから、胸の記章を見てみるといい」


 記章については実際に見てみるのが早い、と言って、椿は私のことに話を戻した。


「君は表向きには私の双子の妹として、姉の代理で兵役につくことになるが、内情は軍の上層部にいる友人に話してある。顔つなぎは漣がやってくれるから、上からの協力が必要な時は漣に言うといい」


「うん、そうする。……それにしても、私の住んでた国には兵役なんてなかったから考えたこともなかったけど、家族の代理で兵役に来ましたって、可能なんだね」

「軍にとってはそこに一人長命種がいればいい、というだけの話だ。来年の春から魔物が活性化期に入ると予測されていることもあって、わたしが延期してくれと頼むより、双子の妹が代理で来ましたと言う方が喜ぶ」


「なるほど。あれ? でも、私の分の兵役っていうか、戸籍はどうなってるの?」

「君の戸籍は【大和】に新規登録済みだ。今までは森で一人暮らしをしていて、核都市に登録したことがないから兵役もしていなかった、と言えば通る。どこにも登録せず、親から継いだ隠れ家に引きこもって暮らす長命種は珍しくないからな」


 それより漣は椿が死なないかぎり消滅しないし、ここのような隠れ家の場所もいくつか知っているから、困ったことがあったら都市を出て隠れ家にこもりなさい、と言われて思わず苦笑する。


 椿、なんだか本当の姉みたいになってるよ。


「というか、そもそも兵役に行くために契約したんだから、そこから逃げたら契約違反になっちゃうんじゃないの?」

「いや。君が途中で軍務を離れても、わたしとの契約の違反にはならない。“わたしの意思に従って十一年間生きる”のが契約だからな」


 今わたしが許可を出したからそれでいいのだ、と言いきった椿の膝の上で、白い猫の姿をした使い魔がため息をついた。


「完全に情が移っちゃってるみたいだね、椿。まあ、露草のそばにいなきゃいけないぼくにとってもその方が都合がいいから、べつにかまわないけど」


 そんなんでいいのか? と首を傾げていたら、ふと思い出した。


「あ。もう一つ訊き忘れてた。かなり今さらだけど、自分の複製体を作って他の世界から呼んだ魂を宿らせるって、やってもいいことなの?」


「いや。普通の魔法使いや魔女であれば厳重に罰せられる類の、禁じられた魔法とされている。ただ、わたしは[円環の蛇(ウロボロス)]の魔女だから、これで罰せられることはない」


 椿は右手の親指にはめた指輪を見せ、私は初めてそれが“自分の尾をかむ蛇”の形をしているのに気づいた。

 おそらく長命種の中でも何らかの特権を持つ地位にいるために、禁じられた魔法の行使が許されているのだろうと理解して頷く。


「とにかく私は自分が生き残るのを優先して十年間軍にいて、その合間に可能な限り『世界樹計画プロジェクト・ユグドラシル』の情報を集めればいいのね?」



「ああ。まずは君の安全、そしてわたしの故郷である【大和】の存続が肝要。十年間、東方連合軍に協力して【大和】を守ってほしい。

 だが、最優先事項は『世界樹計画』についての情報収集だ。休眠期に入ることを理由に途中で外れたが、計画初期に関わったものの一人として、可能な限り様子を見守りたい。

 うまくいけば世界から魔物の脅威を取り除けるかもしれないが、下手をすればわたし達が「三番目の阿呆」になりかねない計画だ」



 私は「ふぅん」と話を聞きながら、空になった椿のグラスへ葡萄酒をついだ。





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