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極東の鴉  作者: 縞白
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第四話「修業の樹海生活」





 二ヵ月のフラスコ生活の後、ある程度の戦闘能力は身についただろうと判断した椿は、私を外へ連れ出した。


 あざやかな新緑に彩られる五月。


 この世界の主は植物のようだ、と思うほど見渡す限り森がひろがっていて、そこに棲む動物はどれも私が知るものより巨大で強かった。

 椿は漣の仮宿となる透明な珠のついた銀の指輪を私に与え、「日が暮れるまでに家へ帰っておいで」と言ってその樹海に置き去りにした。


 すると速攻で匂いを嗅ぎつけた山犬や狐やイタチに襲われて逃げ回ることになり、なんとか逃げのびた後で「森では匂いを消しておかないと襲われるよ」と漣に言われたので、もっと早く教えてくれよと深いため息をついた。


「うーん? 匂いのことはこの世界の常識だから、言わないといけないなんて思わなかっただけなんだけど。

 こんなことも知らないようじゃ、他の常識もたぶん知らないよね?」


 「うん」と即答で頷くと、漣はこの世界の歩き方を教えてくれた。


「まず森で気をつけなきゃいけないのは、匂いと音。

 魔物や獣たちは匂いに敏感で、危険種の植物は音に敏感なんだ。森の中で戦うことになったら、その音で近くの危険種の植物に敵と判断されて攻撃される危険があるのを覚えておいて。

 基本的に危険種の植物は外見で判断できなくて、枝とか蔦とか根っこが動きだしてから「これ危険種だった」ってわかるものだから。

 あと、大きな川や湖や海の深いところにはヌシが棲んでるから、そういうところに入る時はうっかり丸飲みされないよう気をつけてね」


「ヌシ? ヌシって、魔物?」

「水底に棲むヌシは龍だよ。露草の世界にはいなかったの?」

「神話とか物語の中にはよくいたけど、見たことはないなー」


「ふぅん? じゃあ一応説明しとくね。

 龍は魔物と違って必要以上に生き物を襲ったりはしない。ただ水底の深いところに棲んでいて、通りすがりの生き物をぱくっと丸飲みにしてごはんにするだけ。生息地はアジア地区で、数は少ない。

 ただ、歳をとった龍は特別なんだって。ぼくは話を聞いたことしかないから詳しくは知らないけど、龍は歳をとるとすごく賢く強くなって、気が向くと人間の守護についてくれたりもするらしいよ」


 それでアジア地区のとある核都市には、長命種の守護となり、ついでにその人が住む都市も守っているという白龍がいるらしい。


 最後の方は今の私には関係ない話だけど、深い水底には危険がひそんでいる、というのは重要な情報だ。

 「ありがとう」と礼を言って、これからも色々教えてねとお願いした。





 それからしばらく、葡萄酒(ワイン)を入れた小ビンをポケットに突っ込んで、樹海を渡る日々が続いた。


 外から見るとただの巨木としか思えない椿の隠れ家は伊豆半島辺りにあり、当然のように樹海の中にあるのでわかりやすい目印はない。

 唯一の道標は、視覚と聴覚を共有しているという彼女の使い魔だ。

 漣はどこにいても正確に椿のいる方向を示して「こっちだよ」と教えてくれるので、私は野生動物や魔物や危険種の植物たちと戦ったり逃げたりしながら毎日、魔女に置き去りにされたところからわりと必死で帰宅した。


 そして椿の予想より早く帰宅できるようになると、今度は数日がかりでしか帰れないところへ置き去りにされるようになった。

 私は大振りのナイフを片手に葡萄酒のボトルを担ぎ、長期間の野外生活について学ばされた。





 そういえば、マンガや小説などで狩りや解体への忌避感や葛藤について読んだことがあったが、幸い私にはそれほど苦にならなかった。

 椿の家にたどり着く前にお腹が空くと、漣に教えられたことを自分なりに理解して兎や鹿を狩り、さばいてシガーの火で焼き、香草や木の実で味をつけて食べている。


 発泡スチロールのパックにきれいに並べられたものを食べるのに対し、自分で狩ったり採ったりしたものだけが食べられるというのは、むしろ動物として健全な生き方をしているように思えて行動に納得できたから。


 ただひとつ。


「いただきます」


 前世ではさして何とも思わなかったのに、食事の前に手を合わせてそう言う習慣がついた。





 椿の指示による修行はだんだんと難しく厳しくなっていき、秋頃になると魔物の巣になっている小さい砂漠の真ん中だったり、危険種の植物の繁殖地だったりするところに置き去りにされるようになった。

 私は出かける時には多めにお酒を持っていくようになり、それを持ち運び続けるのに、いつの間にか腕力も鍛えられた。



 椿は晩夏の頃に一度、「あまり飲み過ぎるのは良くないだろう」と言い出したが、何度かお酒が切れた時の私の様子を見ていた漣の言葉を聞いて、禁酒令を下すのは思いとどまってくれた。

 私はとくに迷惑をかけたつもりはなかったのだが、漣によればお酒が切れた時の私は「大型の魔物より危険」なのだそうだ。


「露草はお酒が切れると不機嫌で無愛想で凶暴になるから、お酒は与えておいた方がいいよ。飲んでる時は上機嫌で、泥酔はしないし。

 椿も見てたでしょ? お酒が切れた時の露草に手を出すのがいると、辺り一帯を無差別に攻撃し始めるから、近くにいるぼくまで危ないんだよ」


 えらい言われようだなと思ったけど、「露草にはお酒を与えておくべきである」という私的にお得な意見だったので、黙って聞いていた。





 秋が過ぎると冬が来て、雪が降った。


 樹海生活にはだいぶ慣れたと思っていたけど、寒さというのは魔物や危険種の植物たちとはまた違った意味で大変な強敵だった。

 修業の途中で凍死しかけた私を拾い、椿は治癒魔法の使い方を教えながら治療して、寒さをしのぐための魔道具の作り方を教えてくれた。


 そういうものはもっと早く教えといてくれよと思いつつ、他にもいろんな魔道具や魔法薬の作り方を聞いて、実際に作ってみる。

 しかしそのどちらを作るにも、魔物の鱗や眼球や心臓石、危険種の植物の葉や根や実など、特殊な素材が必要だった。


 魔物は元が長命種に造られた魔法生物なせいか、死ぬと体の一部が結晶化するという性質があり、その結晶化した部分に多くの魔力が含まれているので、良い素材になるらしいのだ。

 そして同じく危険種の植物も長命種の魔法によって改造されたもので、しかもより繁栄するために自分で様々な構造変異を起こしてきているため、他の植物より有用な素材になるという。


 そこで当然、次なる課題は「素材の採取」。

 「ちょっと取っておいで」と椿に魔物の巣や危険種の植物の繁殖地へ放り込まれ、目的外の魔物や危険種に襲われながら目指す素材を持つ標的を探し出して挑み、半分ほど死にかけつつ素材を掴んで逃げ帰るという生活が続いた。


 たぶん、逃げ足はかなり速くなった。





 改めて考えてみれば心(すさ)みそうな日々だったが、椿がお酒を切らすことなく与え続けてくれたので、魔物の牙や危険種の蔦に狙われていなければさして気にせずのんびり過ごせた。

 どうやって手に入れてくるのか、椿は葡萄酒だけでなく、にごり酒や焼酎なども飲ませてくれて、どのお酒もそれぞれにおいしかった。



 そして冬から翌年の九月まで、魔道具や魔法薬を作るのに没頭。

 私は「酔っぱらいにしては器用だね」と漣に言われる程度には細かい作業ができたし、椿の指導でそこそこ強い魔物を狩って良質な素材を持ち帰ることもできるようになっていたので、わりと良いものを作ることができた。



 椿が休眠期のための長い眠りにつくまでに。

 私が東方連合軍に入るまでに。



 準備はゆっくりと進み、私は首飾りや腕輪などのアクセサリーに仕立てた魔道具を一つずつ増やし、傷薬や毒消しから水中でも息ができる薬や体が浮かぶ薬まで、さまざまな魔法薬をつめた小ビンを増やしていく。


 椿は最後に“見た目よりもたくさんのものが入れられて、持ち運びに便利な軽くて小さい鞄”の作り方を教えてくれて、「修業はこれで終わりだ」と宣言した。


 私は長いようで短かった修業の日々の師匠に「ありがとうございました」と礼をしながら、この鞄、一番最初に欲しかったよと心の中でつぶやいた。





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