第三話「修業のフラスコ生活」
冬の息吹に抱かれて森の眠る三月。
前世の世界とよく似た異界で生きのびるため、魔法の使い方と戦い方を学ぶ修業の日々が始まった。
期限は椿の兵役が始まる来年の九月までだから、あまり時間はない。
椿はまず私の右肩へ紅い珠を埋め込むと、魔法生物のことから話を始めた。
「これは君を守護する戦闘型の魔法生物の卵であり、生まれた後にはその棲み処となるもの。魔法生物は君の魔力を吸収して、一ヵ月ほどで孵化する。
君のために生まれ、君とともに歩み、君の死をもって消滅する一代限りの擬似生命だ。有効に使ってくれ」
魔法生物は自分の珠を持つ長命種に絶対服従し、多少の怪我を負っても珠さえ無事ならその中で休息をとることで回復する。
そして、基本的に珠を持つ主から遠く離れることはできないのだが、何事にも例外がある。
「珠の所有者である長命種が代理人を指名し、魔法生物が休むためのもう一つの珠を用意すれば、主から遠く離れても活動が可能だ。
ただし代理人は主たる長命種と血縁関係にあるか、血の誓約を交わした相手でなければならない」
ついでに椿が私の宿る器として自分の複製体を用意したのは、自分の代理として軍に送り込むものをこの条件に当てはめるためだと教えられた。
(椿には血縁関係にあるものも、血の誓約とかいうのを交わした相手もいないらしい。)
彼女の使い魔である漣には、聴覚と視覚を主と共有する能力があり、休眠期中の椿に外で見聞きしたことを伝えられる。
だから私は彼女の目と耳である漣に必要な情報を収集させるため、その関心事である『世界樹計画』が進行する軍の中へ、彼女の代理人となって漣を連れていく、というわけだ。
なるほどと頷いて、私は右肩に埋め込まれた紅珠を見た。
「この魔法生物も、漣みたいに食べたものの姿になるの?」
「いや。漣は情報収集型として変化の能力を入れたが、それには戦闘型として他の能力を組み込んである。詳しいことは孵化してから説明しよう」
話の次は、魔法の練習。
ある程度の理論といくつかの呪文は体の中に入れられた知識で習得済みなので、「実際に使って慣らしていく」と言われて移動。
フラスコの中にある数分を数時間に引き伸ばした場所という、科学を学んだ身には意味不明な特殊空間に放り込まれ、簡単な魔法から始めてその使い方を学ぶ。
魔法を使う時に重要なのは、体内にあって魔法という現象を起こす源の力、魔力の扱いだ。
初心者はその扱い方を理解できるようになるまで、補助具として杖を使う。
熟練者は力の増幅装置として杖を使うものもあるが、持ち運びが面倒なので、椿のように指輪や腕輪というアクセサリーの形の増幅装置を作って身につけることが多いのだそうだ。
フラスコの中の特殊な空間で、椿は一緒にお酒を飲む時ののほほんとした様子が思い出せなくなるほど容赦なく課題を出し、私は魔力切れを起こすまでそれをこなしては、倒れるように眠った。
一ヵ月が数年に感じられるほど長く、長く、長かった。
けれど魔法を使うのはとても面白く、自分の体内にある力によって空中に火の玉や氷の槍が出てくるのは何度やっても飽きないほど楽しいので、苦痛ではなかった。
そうして面白がりながら課題をこなすうちに補助具の杖は必要なくなり、どの魔法がどれくらい魔力を必要とするのか、自分の魔力があとどれくらい残っているのか、だいたい把握できるようになっていった。
そして体感的には数年後の、現実では転生して一ヶ月後。
いくつかの魔法を呪文の詠唱なしで使えるようになった頃に、右肩の紅珠から私の使い魔となる魔法生物が孵化した。
その姿は、燃えさかる炎の獣。
私が命じたものをたやすく焼き尽くす猛火を吐くが、その炎でできた体が私を傷つけることはなく、足元の草を焦がすこともない。
不思議な紅の炎をまとい、長い尾を持つ狼のような形をした獣。
何も命令しないでいると、それは漣とよく似た金色の瞳に私を映して行儀よく座っていた。
「戦闘に特化させた魔法生物だ。最優先命令は君の楯となること。漣のように言葉を操ることはできないが、主たる君の意思に従うから剣として使うこともできる。思った通りに動かせるようになるには訓練が必要だが」
椿の説明を聞いて、私はその魔法生物を「シガー」と名付けた。
前世で酒とタバコが相棒だった私の使い魔にはぴったりの名前だと、心の中で満足した。
私は椿に連れられてまたフラスコの中へ入り、今度は使い魔の扱い方を学んだ。
シガーは炎を発生させるだけではなく、生み出した炎を変幻自在に操る能力を持ち、燃えさかる猛火を瞬時に消すこともできた。
そして訓練するうちに自分が生み出した炎だけではなく、別のものが魔法で付けた火にもある程度干渉できるようになったので、火事に遭遇した時などに役立ちそうだなと思った。