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極東の鴉  作者: 縞白
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第二話「今生の世界」





 この世界についてどの程度理解できているか、椿に問われて一ヶ月がかりで飲み込んだ知識を振り返る。

 久しぶりに飲むお酒に気を取られて忘れかけていたが、ここはなかなか面白そうな世界だ。



 まず興味深いのが、世界地図。

 これが二十一世紀の日本で生まれ育った私が学んだ現代の世界地図と、ほぼ同じ形をしている。

 細かな部分ではいくつかの島がなくなっていたり、大西洋に「海底都市」などというものがあったりするが、大陸の形や位置はそっくりそのまま。



 前世の記憶を思い出しながら話すと、椿は「ほほぅ」とうなって瞳を輝かせた。


「君はわたし達のいるこの世界と、とてもよく似た世界から来たということか」


「断定はできないけど、大陸の形や位置はほぼ同じに見える。太陽が東から出て西に沈むのも、夜には月が出るのも同じ。

 ただ、私がいた世界には椿みたいな魔女も、漣みたいな使い魔もいなかった。すくなくとも、私の知る限りでは」


「ふむ? 世界の形は似ていても、そこに住む生き物は異なるのだな。これは面白い。

 露草はどこに住んでいたんだ?」


 軽く指を振って世界地図を取り出した椿に、右端にある日本列島の中央付近を指さして「このへん」と答える。

 すると現在地もその辺りだと言われたので、なんだか納得した。



「昔、何かで読んだ覚えがあるなー。記憶が古すぎてうろ覚えだけど、“並行世界(パラレルワールド)”っていうの? ある一点から分岐して、交わることなく並んで存在するもう一つの世界がある、とかなんとか。

 魔法を使える人がいて、異能者の存在が認知されてる以外は、私がいたところとほぼ同一の世界なのかも。

 暦も太陽暦で、一月から十二月まで。一年は三百六十五日で、この地には四季がある。他にも共通語は英語っぽいし、旧言語はほぼ日本語。漢字とひらがなとカタカナで構成されてて、漢字は見覚えのないのも混じってたけど、なんとなく意味はわかる」



「にほんご?」

「ん? あー、“日本”は、というか、“国”は存在しないんだっけ?」


 妙なところで通じない会話に首を傾げながら訊くと、現在のこの世界には「国」という概念が無いのだと言われた。


「昔は大きな国も小さな国もたくさんあったらしいが。千年ほど前に起きた戦争で、どこかの間抜けが兵器として“繁殖機能を持った戦闘用の魔法生物”などというものを造りだしてくれたおかげで、とんでもないことになったからな」


 世界地図はそっくりでも、ここには私の故郷とはだいぶ異なる文明が築かれている。

 その原因と思われるのは、人間の中にたまに生まれる、長命種(メトセラ)や異能者と呼ばれる特異な存在だ。



 長命種は先天的に「魔力」と呼ばれる力を備え、その力を糧に特殊言語「古語(ルーン)」を操ることで様々な現象を起こす能力を持った人々のこと。

 そうして起こされる現象は「魔法」と呼ばれており、熟練者は古語による呪文の詠唱なしで魔法を使うこともできる。


 定期的に休眠をとりながら長い時を生きることから「長命種」と総称されるが、一般的に男性は「魔法使い」、女性は「魔女」と呼ばれている。



 もう一方の異能者は、長命種よりも謎な存在だ。

 古語を唱えることもなく自在に火や水を操ったり、手を触れずにものを動かしたりすることができるが、その原理は不明で、現在も研究中。


 力の種類や強弱は千差万別で、彼らの力を測定する装置がいまだ開発されていないため、力が弱い人は自分が異能者であることに一生気づかず、普通の人としてすごす場合もあるという。



 出生率は異能者の方が多く、長命種は年々生まれにくくなってきている。

 長命種は「生まれやすい血統」や「生まれにくい血統」があるが、異能者にはそういった系統的なものがみられないというか、まだわかっていない。



 そして彼らは、特に長命種たちは、この世界に多大な影響を及ぼした。


 まず良い点では、危険な動物を退治して人々の生活に必要な道具を作り出し、文明の発展に貢献した。

 彼らは自分たちの住む世界の探索を積極的に進め、各地で見つけられたり造られたりした国々と交易を始めたので、人々の生活はより豊かなものになった。


 そして悪い点では椿の言う「どこかの間抜け」が、交易の利権をめぐって対立した国々の戦争の道具として“繁殖機能を持った戦闘用の魔法生物”を造りだした。

 それらは造り手たる長命種のもとから逃げたりはぐれたりして野生化し、世界各地の砂漠に棲みついて周辺の動植物を捕食しはじめる。


 後に「魔物」と呼ばれるようになるそれらは貪欲で、砂漠を拠点にあちこち出没して暴れまわったので、人間たちは甚大(じんだい)な被害を受けた。

 そこで、「同じ人間同士で争っている場合ではない」と気づいた誰かの指揮のもと、長命種や異能者も含め、協力して魔物を退治しようとした。


 しかし。



「今度は二番目の馬鹿が“乾燥に強くて自衛できる植物”を造りだして、状況を悪化させてくれた」



 「二番目の馬鹿」は魔物の棲処となっている砂漠を緑化して消してしまおうと、乾燥地帯に強く、魔物に襲われても自衛できるくらい強い植物を造った。


 椿が「狙いは良かったのではないかと思うが」と残念そう言うように、その考えは理解できるが、色々とやり方がまずかったらしい。


 それは一つの砂漠に植えられたとたん、すさまじい勢いで増殖して他の大陸にまで渡りながら、よりいっそうの繁栄のために自身の内部構造を変異させてしまった。

 そうして初めは「魔物の攻撃に対して自衛する」だけだったのが、「敵と判断したもの(人間も含む)に攻撃する」危険種の植物となりながら世界中で繁殖し、砂漠に加えて「近くの森でも危険地帯」という、現在のわりと深刻な状況を生み出す。


 結果、こんな状況では「国」などという大きな単位の集団は維持できなくなり、世界各地に魔法の結界で守られた「核都市」や「地下街」が造られて、人々はそこで生活するようになった。



「おー」


 思わず拍手しながらつぶやく。


「見事なまでの自滅への道行き」


 葡萄酒を飲みながら、椿はのほほんとした顔で頷いた。


「間抜けが一人、馬鹿が一人いたというだけで世界中が迷惑するのだから、困ったものだ。しかし今さら何を言ったところで過去は変わらんのだから、それぞれが自分にできることをして生きていくしかない」



 それで「今できることをしよう」と、世界各地にある核都市が同盟を結んで『世界統合機構』を組織、大西洋の海底に都市を造って中央拠点とした。


 ちなみにこの海底都市は「中央都市(セントラル・シティ)」の意味で【セントラル】と呼ばれており、「アトランティス」や「ムー」ではないというからちょっと残念。

 まあ、オカルト系はあまりよく知らないのだが。



「君には『世界統合機構』の一部で、アジア地区の守りの要である東方連合軍に入ってもらう」



 椿の声で我に返り、細切りにされた干し肉をかじりながら確認した。


「長命種には定期的に十年間の兵役につく義務があるんだったね」

「そうだ。わたし達は寿命が長いから、普通の人間より長く軍務に当たるよう義務づけられている。しかし来年からの兵役に、わたしはどうしても行くことができない」


 深々とため息をつく椿の言葉を、それまで静かにしっぽを揺らしていた漣が続けた。


「椿は休眠期に入るんだよ。短くて五年、長くて三十年は眠りっぱなしになるから、動けない」

「あー、休眠期。なるほど。でもそれって、兵役の免除とか、延期対象の理由になることじゃないの?」


 訊けば、免除にはならないが、「起きた後で兵役につく」と約束すれば延期はしてもらえるという。

 だから普通は延期してもらう。


「つまり私を呼んだのは、今が“普通”の状況じゃないから?」


 うむ、と頷き、椿は真剣な表情で言った。



「今より三年後、『世界樹計画プロジェクト・ユグドラシル』が第二段階に入る」





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