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極東の鴉  作者: 縞白
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第十五話「鮫島少尉の懸念」





 鮫島少尉は強面で、眼光が鋭い。

 いつもどこかにいる敵に対してそなえているかのように、無愛想な鉄面皮で五感を研ぎ澄ませている。


 皐月はなついているものの、一緒に遊ぶ子どもたちは怖がって遠巻きにするし、私にお酒の肴を持ってきてくれる近所の奥さん達も、九条中尉がいる時は長々と話しこむのに、鮫島少尉がいる時はそそくさと帰っていく。


 けれど彼自身は、そんなことなど微塵も気にするふうはなく、ただ淡々と護衛官の任務に当たっている。



 しばらく考えて、改めて彼を見て、心が定まった。





 私は鮫島少尉が、好きだ。





 冷徹な軍人そのものという顔をしていても、時折、必要に迫られて触れる彼の手は優しく、疲れて沈みこんだ私にかける声には、気遣う心がふくまれていた。

 彼は見た目だけではなく実際に冷徹な軍人だが、それだけではないのだと、長く彼の背に守られてきた私は知っている。



 いまひとつ、どうして自分が鮫島少尉にそんな感情を持ったのかわからないが。

 たぶん、長く過ごすうちに、どこかで勝手に心が落ちていたのだろう。





 けれど、それがわかったところで九条中尉が言うような「彼を口説く」とか、そういうことをするつもりはない。

 面倒くさそうな“名家の暗躍”に巻き込むのは嫌だし、何より私は長命種だという意味ではなく“普通の人ではない”のだ。


 今はただ、十年間の兵役をこなし、『世界樹計画プロジェクト・ユグドラシル』の行く先を見守る。



 軍に入って最初につけられた護衛官は、篠田中尉と鮫島少尉。

 私は篠田中尉の突然の拒絶に動揺させられてから、意識的に護衛官たちに対して距離を取ってきた。


 近すぎず、遠すぎず。


 これからもその距離を保って、契約に従う。





◆×◆×◆×◆





 鮫島少尉が護衛についている時間の飲酒量が、減った。


 彼がそばにいると、お酒を飲んでいる時よりも気分が良いのだから、その心地よい感覚を鈍らせるようなことはしたくない。

 だから自然とそうなった。


 そして皐月に対しても、ちゃんと話を聞いて、その様子を見ていられるようになった。


「くー! ゆき! ゆきがふってる!」

「そうだねー。初雪だ。寒くなりそうだから、今日は手袋もはめようか」

「ん! さつき、くろいのする」

「あー、黒い手袋? 皐月はこれ、お気に入りだね。雪だるまの模様が好きなの?」

「くーと、おそろいなの」


 相変わらず可愛い皐月に黒い手袋をはめてやり、手をつないでいつもの表通りへと歩いていく。

 そしてもう私の席と化している茶屋の店先の長イスを借りて座り、初雪が降る下で、きゃーきゃー大騒ぎしながら走り回る子どもたちの中の皐月を見ていた。



 肌寒い空気の中で、人々はさっさと用事を済ませると、足早に我が家へと帰っていく。

 その途中で温かいものを一杯求めて茶屋に立ち寄る人は、火が焚かれて暖かい奥へ行くので、店先にいるのは私と鮫島少尉だけだ。



 そんな時、いつも通り遊ぶ皐月の様子をのんびり眺めている私に、珍しく鮫島少尉が声をかけてきた。


「最近思い悩まれていたようですが、何か、決断を下されたようですね、譲葉少佐」


 君のことを考えていたんだよと心の中で答えながら、微笑んで言った。


「迷惑をかけたみたいで、悪かったね。体調を崩しているわけではないし、もう大丈夫だから、気にしなくていいよ」

「了解しました。ですが一つ、確認させてください」


 妙に真剣な口調で言うので、何かあったのかと振り向くと、どこか気遣わしげな目と視線が合って驚いた。

 表情がひとかけらも変わらずとも、その目の色でいくらか察することができる程度には長い付き合いだ。


 鮫島少尉が何か、私を心配しているのだと感じ取って、どうしようもなく心が波立つ。

 それでも最近は平静を装うことに慣れてきたので、できるだけいつも通りの口調で問い返した。


「確認って?」

「世界樹の若枝に対する、譲葉少佐の感情です」


 皐月に対する、私の感情?


「少佐はよくご存知のことと思いますが、皐月は『世界樹計画』の進行に従って世界各地の核都市へ配布された、複数の魔法生物のうちの一体です。育成期間は二年で、残りは約六ヶ月。

 その期間が終われば若枝として“世界樹の中枢”たりえるかの試験を課され、選ばれれば中枢となりますが、落ちればただ“世界樹の一枝”として、育成された都市の近くにある砂漠へ植えられます」


「うん。それは知ってるけど?」


「人づてに他の核都市での育成の様子を聞きました。

 担当者は魔法使いが半数以上で、魔女はごくわずか。そして若枝に、便宜上とはいえ固有の名をつけたものも少数で、外へ連れ出して人の子どもと一緒に遊ばせているのは譲葉少佐、ただお一人のようです」


「どこも同じ環境で、同じような姿勢の人たちに育てられてしまったら、複数体用意されて各地に配られた意味がない。だから私が他と違った育て方をしていることは、とくに問題にはならないはずだよ、鮫島少尉。

 もし私の育成方針が「間違いだ」と断定できるものなら、何度も視察に来てる『魔導院』から「変更せよ」とかの指示が入るだろうし」


 私が答えると、言いたいことが伝わらない、という様子でかすかに苛立たしげな口調になり、鮫島少尉が言った。


「遠まわしにお話したのが間違いでした。自分は話すことが得手ではありませんので、失礼ながら単刀直入に言わせていただきます。

 あなたは世界樹の若枝に、感情移入しすぎているように見えるのです、譲葉少佐」


 感情移入?

 私はわりと、冷淡な方だと思うけど。


 鮫島少尉の考えは違うらしい。



「あの世界樹の若枝とともにいると、少佐は時折、我が子を抱く母親のように見えます。微笑み、慈しみ、頬を撫でて優しく語りかける。

 いずれ世界を覆う植物となるべき魔法生物に、それは必要ですか?

 そのように心を移して、必ず来る別れの時、何の問題もなく手放すことができるのですか? 譲葉少佐」



 なんだ、そんなことか。



「何も問題はないよ、鮫島少尉。

 世界樹の若枝は愛されるべき幼い子どもの姿で私の元へ来た。だから私はごく普通の人がそうするように、幼い子どもへ与えるべきものを与えた。

 私は最初から皐月が世界樹の中枢になれるとは思っていないから、世界樹の一枝として砂漠に植えられることも承知している。当然、二年という与えられた育成期間をすぎれば、手放さなければならないものだということも。


 ただ、皐月が植えられた砂漠に根を下ろすのに、もしも「なぜ自分がこの砂漠の魔物を抑えなければならないのか?」という問いが出てきたら。

 その時は、「この地に住む人を守りたいからだ」という答えを持ってくれたら良いなと、思っている」



 数秒の沈黙の後、鮫島少尉はいくらか納得した様子で「出過ぎたことを言って申し訳ありませんでした」と言い、それきり口を閉ざした。


 彼に言ったことは本心で、私は本気で何の問題もないと思っていた。





 けれどいつだって、想定外の事態は知らぬところで起きるのだ。





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