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極東の鴉  作者: 縞白
14/22

第十四話「長命種の護衛官」





 自覚がなかったから気にせずにいられたのに、自覚させられた。

 そうしたらもう、気になるのが当然だろう。


「譲葉少佐、そちらは壁です」


 ぼー、と考えこみながら歩いていたら、いつの間にか目の前に壁があった。

 私の額に手を当てて前進を止めた鮫島少尉が、衝突を防いでくれたようだ。


 額に触れた大きくて分厚い手を意識して、頬が勝手に火照るのに、どこかの穴へ埋まりたい気分になった。


「うん。ごめん」


 慌てず騒がず一歩後退し、鮫島少尉の手から離れて行くべき道を歩きだす。



 うら若い娘さんじゃあるまいし、何を青春じみたことしてるんだ、自分。

 恥ずかしいにもほどがあるぞ。



 一時的に心拍数が上がっているのを深呼吸で落ち着かせながら、心の中でつぶやく。

 しかし、そんなことをしても何の意味もないのはわかっている。


 『魔導院』へ行く前夜、部屋に来てお酒を飲みながら言った青桐中佐の声が、頭の中から消えてくれない。





「お前が好きなのは鮫島だろ」





 軍に入って最初につけられた護衛官で、わりと長い付き合いだからある程度信用しているし、たぶん、いくらかは信頼もしている。

 彼がいる時の戦闘任務は、他の人がついてくれる時よりなんとなく安心でやりやすいし、重低音の声を聞くと落ち着く。

 青龍にも一緒に食われかけたし。


 ……いや、最後のは関係ないか。


 ともかく、鮫島少尉に対する私の評価はそういうものだった。

 一つ一つの断片的な感覚で「彼」という人をとらえていて、そのすべてをひっくるめた感情を何と呼ぶのかなど、考えたこともなかった。



 でも今、彼に触れられると、顔が火照る。

 じっと視線を向けられると、どこかに隠れたいような、そうでないような、もどかしい気分になる。


 前世でも今生でも初めての経験で、何をどうすればいいのかわからない。





 まあ、何もする必要はないのだが。





 そうして頭の中でぐるぐる考えているうちに、今度は階段を踏み外しそうになり、危ういところで襟首を掴んで止められて首が締まった。

 苦しかった。



 この感情への対処法を早く思いつかないと、予想外のところで死ぬかもしれないな……





◆×◆×◆×◆





 一年間の活性化期を終えた後、魔物が静まっていたので、核都市【大和】は活気にあふれていた。

 人々は元気に生活し、商売し、もめ事を起こしては「ちょっと軍人さん!」と声をかけてきた。


 私は自分の感情に対処するのに内心必死で、何をするにも上の空になりがちだった。

 【大和】へ来てから一年と五ヶ月が経ち、ひと通りの言葉を覚えた皐月は、声をかけても反応しない私によく怒った。


「くー! おへんじ!」

「……え? あ、うん。ごめん。何だった?」

「もういい!」


 我に返って訊くと、怒った皐月は背を向けて、他の子どもたちの方へ走っていく。

 しまった、またやってしまった、と反省しながらため息をつくのに、九条中尉が訊いてきた。


「譲葉少佐、何かあったんですか? 最近おかしいですよ。特に鮫島少尉と一緒にいる時」


 指摘されてぐっとつまり、何と答えるべきか頭の中で右往左往しながら考えていると、九条中尉が言葉を続ける。


「鮫島少尉が何かしましたか? 問題があるなら早急に対処」

「なにもない」


 対処しますが、と彼が言い終わるのを待たずに返答すると、ご近所の奥さん達に人気の優男は「おや?」という顔をして、次にふわりと微笑んだ。


「そういうことでしたか。大丈夫ですよ、譲葉少佐。私が彼を護衛官から外すような報告をすることはありません」


 何この全部見透かされてる感。

 そして「想定内です」みたいな返事。


「私、そんなわかりやすい……?」

「鮫島少尉は気づいてませんよ。最近、譲葉少佐は体調がすぐれないようだが、原因がわからないし、相談してくれないどころか避けられている気がする、と言って悩んでるだけです」


 あー。

 護衛官は長命種の健康管理も任務なんだっけ。

 悪いことしたな。


「そういえば、譲葉少佐はこれまで一人で暮らしてこられたんでしたね。初めて兵役につく方だと聞いてはいましたが、そうなると護衛官について、あまりご存知ないのは当然のこと。気がきかず、申し訳ありませんでした」


 何を謝られているのか意味がわからず、「何の話?」と訊き返すと、九条中尉はあっさり言った。


「長命種の護衛官は伴侶候補なんですよ。

 ですから魔法使いには戦闘任務に同行する男性の護衛官に加えて、書類と健康管理を主任務とする未婚女性の護衛官がつけられますし、魔女の護衛官は必ず未婚男性です。それも、とくに“過去に長命種を輩出した血統”が優先して配置されます」


 何だそれ。

 今初めて聞いたけど、お見合いみたいな?

 というか、血統?


「あ、そうか。長命種が生まれにくくなってるから、その対処法の一つなわけね? 長命種の子が同じ長命種としての力をそなえているとは限らないけど、その子は確実に長命種の血を継いでるから、将来、子孫に長命種が生まれる可能性がある」


 長命種がいなくなったら[通路門(ゲート)]とか使えなくなるし、困る人は多そうだ。

 なるほど、と納得している私に、「そこで納得されるんですね」と九条中尉が苦笑した。


「実験動物のような扱いをするな、と言ってお怒りになる方もいらっしゃるのですが」

「今の状況で長命種が絶滅したら困る人が多いことくらい、考えればわかるし。わりと良心的な対処法じゃないの? 無理に子ども作らせたりするわけじゃないんでしょ?」

「そんなことを長命種に無理強いするような自滅的な間抜けは、そもそも護衛官になどなれませんよ。護衛官はかなり高水準で選抜されていますから」


 高水準、か。

 賢くて強い人たちだったんだね。


 何人も判断ミスで負傷させて、申し訳ない……


「それにしても、鮫島少尉を選ばれましたか……。個人的には心から応援したいのですが、彼の場合、上がちょっともめるかもしれませんね」

「え? 上って、高原中将?」


「譲葉少佐の直属の上官は高原中将ですが、“血統書付き”の管理は宮迫(みやさこ)中将ですし、実際に護衛官を配置しているのは七瀬大佐です。長命種に関わることに対する決定権は、他にも何人かに分割されているんですよ」

「ふぅん? 権力の集中を避けるためかな。それで、その人たちが何をもめるの?」


「鮫島少尉は初期対応要員なんです。

 これもわりと知られていることですが、初めて兵役につかれる長命種の方は、“うまく守られてくれない”んです。そもそも訓練期間もなく、いきなり実戦ですからね。ちゃんと守られてくれ、というのは難しいのかもしれませんが、ともかく入軍直後の長命種の護衛官は、かなりの苦労をすることになります。戦闘任務の最中、動揺した長命種の魔法に、背後から撃たれて死ぬものもいるくらいです」


「それ、困るどころじゃないんじゃないの? そんな被害が出てるなら、実戦に出す前に訓練しとかないと」

「長命種の方が、みなさんそう仰ってくださるなら楽なんですが。残念ながらとにかく束縛を嫌う方が多いので、訓練ではなく、比較的簡単で安全な実戦任務を与えることで慣らしていくしかないのが現状です」


 そういえば、長命種には制服の着用義務もないんだったね……


「そして慣れるまでの間は、血統書付きではないものが護衛官につきます。それが初期対応要員です」


 んんー。


 “血統書付き”と言われると犬や猫を思い出すけど、「過去に長命種を輩出した血統」の「人」なんだよね。

 そして初期対応要員は、「使い捨ての駒」にされる「人」か。



 考え方は理解できるけど、実際にそこで使い捨てにされる人がいて、私も自分の判断ミスで彼らを負傷させてきたというのは、気分の悪い話だ。

 私がそう思うのは、鮫島少尉が「使い捨ての駒」の方に入ると知ったからかもしれないけど。



「それで? 鮫島少尉は血統書付きじゃないから、長命種にはふさわしくないと考える“上の人”がいるの?」

「一言で答えるのは難しいですね。血統書持ちの各界の名家が、いろいろと暗躍してますから」

「各界の名家が? 暗躍?」


 九条中尉は「その自覚もなかったんですね」と、ため息をつくように言った。


「譲葉少佐の姉君ですよ。譲葉一門の椿といえば、数十年前に活躍した『紅の魔女』で、現在は[円環の蛇(ウロボロス)]を持つ『魔導院』の枢機卿の一人。

 だいぶ前に隠遁生活に入られたのであまり有名な方ではありませんが、知っている者はちゃんと知っているんです。

 その双子の妹といったら、近年稀に見る優良物件。血統書持ちの各界の名家が、かなり前から軍の上層部に取り入って少佐の護衛官の席争いをしてますよ」


 そんなの知らんがな。

 というか、教えといてよ椿か漣!


「……もしかして、九条中尉も?」


「当然です。私のもう一人前から、初期対応要員ではなく、通常の護衛官が入っています。

 ちなみに家は軍の糧食の調達で財を成した九条一族です。当主さまから「必ず譲葉の一花を持ち帰れ」とのお言葉をいただいて参りました」


 知らんかった。

 ぜんぜん知らんかった、けど。


「九条中尉。それ、言っちゃっていいの?」


「あまり良くはありませんね。ですが少佐が私から聞いたと言わなければ、私が話したと知られることはないでしょう。

 それに、すでに別の男を選んでいる女性にまとわりついて嫌われるより、その恋路を応援して恩を売っておく方が得策だと思いませんか?」


 そりゃー確かに。

 でもそれ、その恩を売る相手に言っちゃってる時点で、ちょっとどうかと思うけど。


「まあ、いいや。教えてくれて、ありがとう」

「いえいえ。譲葉少佐が「九条」という名を覚えてさえくだされば、それでじゅうぶんですから」

「……うん。ちゃんと覚えたよ、九条中尉」


 「ありがとうございます」と微笑んで、最後に一つ、九条中尉は忠告をくれた。


「鮫島少尉は今私が話したことはすべて知っています。護衛官の間では常識的なことですし、少佐の護衛官の席争いはそれなりに有名になりつつある状況なので。

 あと、狙う長命種の気に入ったものを“排除”して、その後任に自分の家の血筋のものを送り込んでくる、ちょっと乱暴な人たちもたまにいますから。

 彼を口説く時は気をつけてくださいね、譲葉少佐」


 もう何を答える気力もなく、ため息をつきながら頷く。





 ……あれ?

 そもそも私、何を悩んでたんだっけ?





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