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極東の鴉  作者: 縞白
13/22

第十三話「青桐中佐の出立前夜」





 前世で、学校を卒業して働くようになると、私にとって季節はいつの間にかただの「気温の変化」になっていた。

 夏が来ると半袖の服を出して、冬が来ると長袖の服とコートを出して、あとはスーパーでその時期の特売品を買う程度。


 だからその延長で、この世界に来ても季節などそれほど意識したことはなかったのに、皐月と生活をともにしはじめると、気温の変化以上のものを感じるようになった。



 水場で遊んで日焼けして、地下水で冷やした野菜をかじり、遊び疲れると木陰で昼寝する夏。

 皐月は水を両手にすくって私のところへ来ると、持ってきたはずの水がすべて指の間からこぼれ落ちて無くなっているのに、なんで? と不思議そうな顔をする。


 紅く色づいた木の葉を持って駆けまわり、木の実を見つけてはしゃぎ、今年の収穫を感謝する小さな祭りに目を輝かせる秋。

 皐月はきれいな木の葉やぴかぴか光る草の実、面白い形をした石を拾うと私のところへ持ってきて、満面の笑みとともに「どーぞ」と差し出す。


 霜が降りた土の上をしゃくしゃくと踏んで歩き、水溜りの上が凍てついてできた氷を割って遊び、降る雪が手のひらの上でとけるのをきょとんと見おろす冬。

 皐月はぱたぱたとあちこちを走り回っては、時々「しゃむいー」と言って私のコートの中にもぐりこんでくる。



 毎日が不思議なほどにぎやかでまぶしくて、皐月の目を通して私も一緒に世界を初めて発見しているような、新鮮な気分だった。



 その間にも『世界樹計画』を企画、進行している『魔導院』の人たちが様子を見に来たり、『エイリー教』の過激派が“世界樹の若枝”の破壊を狙って各地で騒動を起こしたり、【大和】でも『世界樹計画』に不信感を持つ人々が論争を巻き起こして乱闘騒ぎになったりと、色々なことがあったが。

 皐月にはできるだけそういうことは知らせないようにして、子どもたちと遊ばせた。


 私は皐月の遊び仲間の子どもたちやその親、表通りの人々とすっかり顔なじみになり、皐月が「くー」と呼ぶので「くーさん」と呼ばれるようになった。

 沙耶が一度、「お母さんか、お姉さんじゃないの?」と訊くと、皐月が首を横に振ってこう答えたからだ。


「おかあさん、とおく。いま、おねんね」


 私はその言葉と、城砦に帰った後でいくつか質問をした時の答えで、皐月が“世界樹の根”を「おかあさん」と認識し、何らかの手段でその位置と状況を把握することができるようだ、と理解した。


 そして沙耶と表通りの人々は、「皐月の母は亡くなったのだろう」と理解した。

 こんなご時世だから、親を亡くした子どもなど珍しくもない。


 以降、誰も皐月の親については訊ねなくなり、私は「ちょっと、くーさん!」と呼ばれて、もめ事の処理や小火(ボヤ)の鎮火に駆り出されるようになった。


 皐月は最初、私の姿が見えなくなると落ち着かない様子で探していたようだが、一時いなくなってもすぐに戻ると理解すると、鮫島少尉か九条中尉を残して「出かけてくるよ」と言う私を、「いってらっしゃー」と笑顔で見送れるようになった。

 そして私が戻ると一番に見つけ、ぱたぱたと走って来ながら「おかえりー!」と言うのだ。





 世界中の砂漠に根を張って魔物を抑え込むために造られたという植物の中枢候補が、なぜこれほど可愛らしいのか。

 私にはさっぱりわからなかったが、ともかく皐月が「楽しい」と思えることが一つでも多く起きればいい、という意識で世話していた。


「何かできるようになったかね?」


 ある時、東方連合軍の【大和】支部を預かる上層部の将官達がぞろぞろと食堂に来て「何かしてみせろ」と言うのに、皐月は最近遊び仲間の子どもたちと一緒によくうたう歌を披露した。

 春が来たら花が咲いた、という簡単な歌だ。

 皐月が歌詞を一度も間違えることなく歌い終えると、それだけか? と不満げな将官達の前で、「おおー、うまいうまい」と私一人が拍手した。


 他の核都市の長命種たちは、世界樹の若枝がそなえた特殊能力を開花させようと色々やって、どこかの都市の若枝は“植物の生育速度を制御(コントロール)する”とかいうのができるようになったらしいが、私は興味がなかった。

 私以外の【大和】の長命種たちも、青桐中佐の言葉を借りるなら「俺の研究じゃねぇからどうでもいいや。あ、でも、ひと通り実験が済んで結果がまとまったらソレ見るかも」という無関心っぷり。


 なので皐月の育成方針について、一部の人々から「我々の都市で育てた若枝を世界樹の中枢に!」と時々ごちゃごちゃ言われる程度で、あまり干渉されずに済んだ。



 私の育てた若枝が、世界樹の中枢になんてなれるわけないだろう。

 皐月はそんなこと気にせずに、楽しめるだけ楽しんで、育ちたいだけ育って、今ある一時をすごせばいい。





◆×◆×◆×◆





 兵役三年目の秋。


 皐月が来て一年が過ぎた頃、青桐中佐が『魔導院』にスカウトされて、【大和】を離れることになった。

 都市結界の補強を行った功績や、様々な魔道具の改良に才能を発揮したのが、誰かの目にとまったらしい。


 出立前夜、青桐中佐は両手に酒ビンを抱えて私の部屋へ来ると、一杯飲みながら最後まで彼にはなつかなかった皐月に言った。


「いつ見ても可愛げのねぇガキだな」


 皐月は私の膝の上に座って、不機嫌そうな顔をしている。


「そんなこと言うのは青桐中佐だけだよ。いつも遊んでる子たちにも、近所の奥さん方にも「皐月ちゃん可愛い~」って言われてるし」

「全員目が悪ぃんだな。俺にはソレが可愛いとは思えねぇ。今だって俺のこと睨んでるんだぞ?」


「それは君が睨んでるからだよ。皐月は鏡みたいなものだから、不機嫌な人の前では不機嫌になる。いつも笑って見せてたら、皐月も笑ってなついたかもしれないのに」

「なつかんでいい。ガキは嫌いだ」


 自分がガキだからなー。

 同類嫌悪か。


 言葉にはせず思っていたら、「今なに考えた?」と私まで睨まれた。


「べつに何も。それよりそんな顔してないで、もうちょっと嬉しそうにしたら? 魔法研究の最高機関へ行くんだよ、青桐中佐。誰にでも行けるところじゃない」

「そんなもん、俺の実力なら当たり前のことなんだよ。研究なんざどこにいたってできるしな。それよりお前、俺が(なつめ)って呼んでいいって言ってんのに、最後まで「青桐中佐」かよ」

「何? 気にしてるの?」

「俺が? 気になんて、するわけねぇだろ」


 素直じゃないくせにわかりやすいな。


「じゃあ、棗。今度会ったら『魔導院』がどこにあるのか教えてね」

「ソレ機密情報じゃねぇか。俺に漏洩しろってのかよ。なんてヤツだ」

「えー。だって、どこにあるのかわからない長命種の秘密基地って、気になるからさー」


 笑みを含んで言うと、青桐中佐がふと真顔になった。


「じゃあ、お前が来いよ」


 何を言い出すかと思えば、もう酔っぱらったのか。

 今日はまた早いな。


「いや、私には無理だよ。そんな賢くないし、発想力があるわけでもないし」

「そんなもん、どうにかしようと思えばどうにでもなるだろ」


 酔っぱらい青年よ、世の中にはどうにもならんこともあるんだ。

 体は[円環の蛇(ウロボロス)]の魔女とかいう椿の複製体(コピー)だけど、中身が凡才なんだよ。

 それくらい察してくれ。


「……どうにかする気はなさそうだな。そうか。そうだよな。露草は俺より鮫島の方が気に入ってるし、皐月もお前の次に鮫島になついてる。アイツのいる【大和】を離れる気なんか、ねぇよな」


「青桐中佐、今日は絡み酒になってるね。行儀悪いよ」

「俺は元から行儀悪ぃんだよ。ついでに性格も悪ぃ。だからお前くらいしか一緒に酒飲む相手もいねぇってのに、皐月が来てからお前、夜はとっとと寝ちまうし」


 自分の性格の悪さは自覚済みか。

 自覚しててそれなのか。


 この先、苦労しそうだな……


「聞いてんのか? 露草」

「聞いてる聞いてる。夜に子どもを寝かせるには、世話をしてる人が寝ちゃうのが一番手っ取り早いんだよ。だから私も早く寝てるの。おかげでスバラシイ健康生活を送ってるよ」

「相変わらず酒びたりだけどな」

「ひたってるけど溺れてないから大丈夫、……って。もしかして、一緒にお酒飲めなくて寂しかったから、皐月を嫌ってた?」


 青桐中佐は一瞬絶句した後、「そんなワケねぇだろ!」と叫んだ。

 しかし、顔に思いきり答えが出ていたので、その言葉にはまるで説得力がなかった。


 なんだろう、君。

 最後に自分の残念さを全開するために来たみたいになってるよ。


「おい、露草。お前、顔が笑ってるぞ」

「君と飲むのが楽しいからだよ、棗」

「ウソつけ。お前が好きなのは鮫島だろ」


 すぱっと言われたことに即答できず、間が空く。

 私は青桐中佐が持ってきたお酒のビンを取って自分の杯につぎながら、いつもの口調になるよう気をつけて言った。


「鮫島少尉は私の護衛官。一緒にいるのはそれが任務だから。あんまりしつこいと窓から放り出すよ、青桐中佐」

「窓かよ。ここ十二階だぞ」

「知ってる」





「……本当のこと言われてキレてんのか。それとも自覚してねぇところをつつかれて動揺してんのか?」





「何か言った?」


「いや。何も言ってねぇ。それより一般人でも使える、小型結界装置あるだろ? あれ、結界の構築式を簡素化すればもっと小型化して軽くできるんじゃねぇかと思って、ちっと考えてみたんだ。これ見てくれよ、改良版の構築式」


 ポケットから紙を取りだしながら、青桐中佐が言う。

 明日には所在地不明な魔法研究の最高峰、悪名高い『魔導院』へ行くというのに、呆れるほどいつもと変わらない。


 肩から力が抜け、私はかすかに笑いながら「はいはい」と答えて、早く見ろと突き出された紙を受け取った。





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