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極東の鴉  作者: 縞白
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第十一話「譲葉少佐の取扱注意点」




 真夏に始まった「都市結界の補強案」の試行錯誤は、冬に入る前に完了した。

 青桐少佐は無事に【大和】の結界を補強し、その功績を認められて中佐に昇格した。


「これでお前より俺の方が偉くなったな。まあ実力で考えれば当然のことだが。でもお前には少しだけ世話になったから、俺を(なつめ)と呼ぶ許可を出してやる」


 満足げにふんぞり返る青桐中佐を「はいはい、そりゃーありがとう」と適当に流して小ビンの葡萄酒(ワイン)を飲み、それが空になったのに気づいてイスから立ち上がる。


「どこ行くんだ?」

「お酒の補充」


 待機室を出ると現在の護衛官の一人である九条中尉と一緒に、なぜだか青桐中佐と彼の護衛官までついてきた。


「そういえばお前、勤務中に酒飲んでてなんで注意されねぇの?」

「高原中将の名前で私の飲酒の許可が出てるから」


 本当はもっと上の方の人の口ききで高原中将が一筆書いたのだが、表向きはそうなっている。

 ちなみに上の方の人にそうするよう言ってくれたのは、椿の使い魔の漣だ。


 軍の施設内を猫の姿で歩いていると蹴飛ばされそうになる、と言って、最近は銀の指輪についた透明な珠に入っていることが多い(珠の中にいても周りの様子はわかるので、情報収集には問題ないらしい)が、漣には色んな面でとてもお世話になっているなと、ふと気づいた。

 今度、漣の好きなものを用意して、一緒にお酒でも飲むか。


「なんで高原中将がお前の飲酒許可なんて出すんだ?」


 隣から聞こえてくる声に、まだいたのか、とため息をつく。

 青桐中佐はその後も「なんでなんで?」と訊きながらついてきて、九条中尉に「なつかれましたね」と言われた。


 いや、あんまり嬉しくないんだけど。





 そんな会話をしたせいか、青桐中佐は夜に部屋へ突撃してきて「遊びに行くぞ!」と言い、面倒くさいとしぶる私を裏通りへ引っぱって行くようになった。


 飲みながらしばらく「魔道具の改良を思いついたんだが、コレどうよ?」という話を聞いて、酔っぱらった彼が意味不明なことを喋りはじめると、「そろそろ帰るよ」と宿舎へ連れていくこと数回。

 小柄な体に強化魔法をかけ、青桐中佐の体に軽量化の魔法をかけてから背中に担いで歩く姿が人目を引いたようで、それから周囲がどうにも騒がしくなった。

 魔女にしては面倒見が良いと思われ、単純に興味を持って近づいてくる人や、これは利用できるかもと目論んだ人がすり寄ってきたりしたのだ。


 任務についている時は鮫島少尉か、見た目細いのに「柔よく剛を制す」を体現して生き残っている九条中尉が適当に受け流してくれたし、それ以外の時には青桐中佐が「なんだテメェ。露草は今俺と話してんだよ」と追い払ってくれたので、さして気にはならなかったが。

 それをきっかけに軍内にいる女性兵士の何人かと顔見知りになり、彼女たちから気軽に声をかけてもらえるようになったのは嬉しい出来事だった。


 この世界の徴兵制度は男女関わりなく義務として都市の住人に課されているので、女性兵士もたくさんいるのだが、適性の問題で戦闘任務に当たるのはやはり男性が多い。

 だから普段私が会う軍人はほぼ男性で、筋肉美を追求しているかのような彼らはいいかげん見飽きていて、やわらかな曲線美の女性兵士たちを見ると心がなごむのだ。


 しかも青桐中佐は女性が苦手らしく、女性兵士たちと話していると近寄ってこないからちょうどいい。

 と、思っていたのだが。


 ある時それを一人の女性兵士にからかわれると、彼は不機嫌そうな顔で言った。


「女ってすぐ意味わかんねぇことキーキーわめくし、面倒くせぇんだよ」


 ん? と何か引っかかるものを感じ、私は首を傾げて訊いた。


「私も女だよ?」


 すると小柄な体の一部を見て「うん」と頷き、青桐中佐が答えた。


「露草はいいんだ。お前は俺の中で女の部類に入ってねぇから」


 私が速攻で彼を蹴倒して踏んずけたのは当然のことだろう。



「椿に謝れ」



 真顔で言うと、椿というのが誰かも知らない青桐中佐は、珍しく素直に従った。


「ご、ごめん?」


 疑問形だったのが気に入らなかったが、とりあえず謝ったので足はどけた。





◆×◆×◆×◆





 青桐中佐が発案した結界補強は【大和】で効果を上げ、他の核都市や地下街でも採用された。

 なかなか魔物の活性化期が終わらず疲労がたまっていたが、いくらか堅固になった結界のおかげで休息がとれるようになり、多少楽になった。


 森の凍てつく真冬にも元気に外を闊歩する魔物の退治に奔走し、年が過ぎる。

 そして兵役二年目の春頃に、活性化期はようやく終わった。



 しかし、息をつく間もなく情報が入る。



「来週から『世界樹計画プロジェクト・ユグドラシル』が第二段階に入ることが、正式に決定されました」


 将校用の食堂に長命種たちを集めた高原中将が、南国の鳥かと言いたくなるほど好き勝手な格好をしたカラフルな集団へ言った。


「詳細は今配布した紙に書かれている通りです。担当者となる適性あり、と判断された方には後で招集がかかりますから、承知しておいてください。以上です」


 配られた書類を持ってばらばらと部屋を出ていく長命種たちの中で、私はひとりイスに座ってそれを読んだ。



 数枚の書類に書かれているのは『魔導院』主導による『世界樹計画』の簡単な説明で、要点は五つ。





 一つ。

 「『世界樹計画』とは、世界中の砂漠を植物によって緑化し、魔物の弱体化を狙う計画である」


 二つ。

 「世界中の砂漠へ根を下ろす植物は、第二の危険種とならないよう、ひとつの中枢意思によって統べられる」


 三つ。

 「第一段階でそれらの植物の根源となる“世界樹の根”が無事育成されたため、第二段階ではその根から造られた中枢候補、“世界樹の若枝”が世界各地の核都市へ配布される」


 四つ。

 「配布された若枝はそれぞれの都市で一定期間、担当の長命種によって育成され、期間終了後、試験によって選ばれた一体のみが中枢となる」


 五つ。

 「選抜試験に落ちた若枝は、問題無ければ育成された都市の近隣にある砂漠に植えられ、世界樹の一部となる」





 椿が初期段階に関わり、私がこの世界へ転生する原因となった計画が、いよいよ身近に来るようだ。

 【大和】では誰が担当者になるのかなと考えていると、いつの間にか隣に座っていた青桐中佐が訊いてきた。


「なあ、露草。お前コレ、成功すると思うか?」

「さあ。どうだろうね」


「俺はヤベェと思うけどな。そもそも危険種の植物造ったヤツと同じ思考だぞ。植物で砂漠を緑化して魔物を抑える、っての。

 これには書いてねぇが、普通の植物じゃ魔物に食われたり踏み倒されたりして枯れるだけだろうから、何かの特殊能力を付加してあるんだろうし。

 第二の危険種にならないようにっつー対策も、理屈はわかるけどな。結局その中枢の制御に失敗して、また状況悪化させるだけで終わるんじゃね?」


「だからその植物を統括して管理する中枢を、複数育てるんでしょ。

 最終的に世界樹になるのは一体のみで、複数体用意された“若枝”は、世界各地の核都市で適性のある長命種が一体ずつ預かって育成する。どこかの都市の誰かが上手く育ててくれたら、成功するかもしれないよ」


「それがヤベェんじゃねぇか。長命種が育てるんだろ? 俺みたいなのが育てた若枝が、うまいこと世界中の植物を統括して砂漠潰せると思うか?」


 意外と自分のことを把握しているんだなと、ちょっと感心した。


「そうだね。無理かも」

「即答かよ。そこは「そんなことないだろう」とかお世辞でも言っとけよ」

「やだよ、面倒くさい」


「……言っとくけど、お前が育てても失敗すると思うぞ?」


 私はうんと頷いて答えた。


「どっかの誰かが成功させてくれるといいねー」





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