第十話「魔物の活性化期」
半分放心状態で【大和】へ帰って起こったことを報告すると、みんな半信半疑で、青い雫石を見せてもあまり信じてもらえなかった。
「龍を助けて雫石をいただくとは、まるで御伽話のようですね」
高原中将にまでなまあたたかい眼差しでそう言われ、自分でも「どこの日本昔話だよ」とか思ったけど、実際に言うことないだろうとひっそりうなだれた。
しかしそのまま放置されるわけではなく、魔道具開発部から魔物の素材の価値を判断するのに長けた鑑定士が呼ばれ、青い雫石が本当に龍の涙なのかどうかが確認された。
当たり前だが「本物です」と言われ、訊かれた。
「どうすれば譲っていただけますか?」
鑑定士は青い雫石を握ったままなかなか返さず、ひたすらに「いくらでも出すから売ってくれ」とか「あなたの必要とするものをすべて最優先で作りますから譲ってください」と頼みこんできた。
いや、それ手放したら私、呪われるんだよ。
龍が呪うなんて初めて聞いたけど、彼らについての情報は少ないから、呪うことができない、という確証もない。
「売りませんし譲りませんし、盗られたら取り返しに行きますんで返してください」
呪われたくない一心で即答した私を見て、高原中将は鑑定士に青い雫石を返させ、「このことは他言無用ですよ」と言いふくめて部屋から出した。
沈黙のおりた部屋で、水底の生きものに思わぬ厄介事を背負わされた魔女と長命種の統括者は、顔を合わせて「内密に」と頷き合う。
そうして「青龍に再会するためでなく手放すと呪われる」という雫石は、龍への「墓穴を掘らない願いごと」を考えつくまで、首飾りに加工されて私の服の下へしまいこまれることとなった。
◆×◆×◆×◆
予想外の事態に出くわしながらもなんとか生きのび、東方連合軍に入って翌年の春。
椿が話していた予測が現実のものとなり、魔物たちの活性化期が始まった。
数十年に一度巡ってくるという魔物の活性化期とは、文字通り魔物が力を増して暴れまわる時期で、期間は約一年。
今のところそれぞれの都市にこもって時が過ぎるのを待つ以外、対処法は無い。
長命種の中でも比較的戦闘に向いていた私は[通路門]の運用任務から完全に外され、攻撃をしかけてくる魔物に対抗するための、戦闘任務専門の人員となった。
任務の一つ一つはとくに難しいものではなかったが、数が多くなってくるとだんだん疲れて、間違いをおかしやすくなる。
私も幾度か判断ミスをおかし、そのたびに楯となってくれたシガーは炎の体を切り裂かれたり噛みつかれたりして紅珠の中へ休みに戻り、護衛官も三人負傷して他のものと交代した。
自分のミスによって自分が被害を受けるならまだしも、必ず自分以外のものに被害がいく現状は納得しがたい。
けれどシガーには椿が「楯となれ」と最優先命令を出していて変更できないし、【大和】の軍内でもそれなりに役立つ戦力である私につけられた護衛官たちは、忠実にその任務を遂行する。
そして、悪いのは彼らではない。
早朝の任務でまた護衛官が負傷した。
お酒を飲む気にもなれずに待機室の長イスで寝転がっていたら、何度一緒に出撃しても軽傷か無傷で生き残る護衛官、鮫島少尉に言われた。
「彼らが負傷するのは自分の力不足とあなたの判断ミスのためです、譲葉少佐」
無言で目を閉じていると、彼は重低音の声で続ける。
「あなたは自分の判断力の甘さを自覚して対策を講じ、精神的な疲労を蓄積させないようにすれば良いだけです。負傷した彼らの力不足まで、自分の責任であると思う必要はない」
その声の中の何かが、こわばっていた体から力を抜かせた。
ふと息をつき、久しぶりに憂鬱でなくまぶたを開いて、すぐそばで片膝をついている鮫島少尉の顔を見る。
角ばった無骨な顔立ちをした、眼光鋭く頑丈な男だ。
感情をまったく見せない鉄面皮で、無愛想。
でも、優しいところもあるのだと、今の私は知っている。
「鮫島少尉」
寝転がったまま呼んで、言った。
「君が言う通り私は判断が甘く、自己管理についても未熟だと思う。でも君は、そんな魔女のそばで重傷を負わず護衛官を続けられるほど優秀。こんなところで浪費するのはもったいない人材だと思うんだけど、もっと良いところへ転属したいと望む意思はある?」
その意思があるなら、高原中将に私の推薦付きで伝えておくよ、と言うと。
普段、まったく感情というものを読み取らせない鉄面皮が、珍しく驚いた様子で目を見開いた。
「……前々から思ってはいましたが、あなたは本当に変わった魔女ですね。長命種は自分の興味対象以外は目に映さず、人間関係に無頓着なのが普通。「ありがとう」や「すみません」という言葉など、知らないのが当然だというのに」
「私は山奥で自分勝手に暮らしていた魔女だよ。他の長命種なんて、姉の椿しか知らない。それより先の質問の答えは?」
彼が答えを返す前に、バンッと勢いよくドアを開けた伝令兵が「緊急出撃要請!」と叫んだ。
私は反射的に飛び起きて廊下に出ると、伝令兵が【大和】の外壁を食い破りかけている大型の魔物について話すのを、足早に歩きながら聞く。
鮫島少尉はその一歩後ろに続き、私たちはそのまま魔物退治に赴いた。
◆×◆×◆×◆
魔物の活性化期はなかなか終わらず、軍の中には疲労感がたまって死傷者が増えていった。
聞けば現在、世界中が同じような状況になっているそうで、いくつか壊滅的な被害を受けた地下街もあるという。
幸い日本列島にある三ヶ所の核都市と四十四ヶ所の地下街はなんとか持ちこたえており、私もたまに救援要請を受けて近隣の地下街へ行くと、住人たちの脅威となっている魔物を排除した。
そうした忙しい日々の中で、私は一人の魔法使いと知り合った。
「あんた今ヒマだろ。ちょっと俺の代わりに戦闘任務行ってきてくれよ」
待機室で短い休息をとっている時、突然そう言われたのが始まりだった。
青地に白を入れた服を着て、長命種に特徴的なアクセサリーをいくつかつけた青年が目の前にいる。
このひと誰? と寝ぼけた頭で見あげていると、そばにいた鮫島少尉が「青桐少佐です」と教えてくれた。
彼は普通の人が思い描く通りの典型的な長命種だそうで、興味の対象以外を目に映さず、人間関係に気を使わず、自分を中心に考えることを当たり前としているわかりやすい人だった。
「私が判断できることじゃない。高原中将を通してくれ、青桐少佐」
「あの石頭が俺の言うこと聞くわけねぇだろ。でもとにかく今は時間が要るんだよ。ブツ切りじゃなくまとまった時間が!」
「だからヒマそうなお前が俺の代わりに行ってくれよ」と言う青桐少佐の護衛官は、数歩後ろで沈黙しており、何もしようとしない。
面倒だなとため息をつき、理由を訊いた。
「なんでまとまった時間が必要なの?」
「んなもん考えてるからに決まってるだろ! 今の都市結界はヘンに複雑にしてあるくせに脆いんだよ。だからしょっちゅう壊されかけて俺達が呼び出される。アホらしくって話にならねぇ。
でももうちっと簡単で頑丈なヤツをかぶせて補強してやりゃ、俺は寝てるところを叩き起こされずに済む」
清々しいほど「俺」基準だが、もし本当に結界を頑丈なものにできるというなら、誰にとってもありがたい話だ。
具体的にどう補強するか案はあるのかと訊くと、意外なほどしっかりとした考えがあるのを得意げに披露してくれたので、彼を連れて高原中将のところへ行った。
高原中将は長命種の統括者だが、当然ながら魔法については専門家たる長命種ほど詳しく知らない。
すばらしく「俺」基準で、「自分が知っていることは相手も知っている」という前提で話を進めていく青桐少佐の言葉が意味不明にならないよう、所々フォローを入れながら、彼の話が終わると私は高原中将に「どうでしょう?」と訊ねた。
「彼の言う案が本当に実現可能なものなら、現在の結界を構築する魔法陣を変更せず、上塗りで補強できます。良い考えだと思うのですが」
「ふむ。確かに、それならばさして負担なく防衛力を強化できますね」
「だから最初からそう言ってるだろ! お前らバカばっか!」と不機嫌にさわぐ青桐少佐を気にする人間など、この部屋にはいない。
高原中将は青桐少佐に下した任務を私に遂行するよう命じ、ふてくされた子どものような顔をした彼には結界の補強案を完璧なものにするよう命じた。
「はじめからそう言やいいんだよ」
青桐少佐は自分の考えが通ったことに気づくと、上機嫌で部屋を出ていった。
やれやれとそれを見送り、失礼しますと私も部屋を出ていこうとすると、高原中将に呼びとめられた。
「譲葉少佐、彼を連れてきてくれたこと、感謝します。彼はあなたをずいぶん気に入っているようですし、あなたは魔法について凡人に説明するのがたいへんお上手だ。青桐少佐が補強案を完成させた際には、またご同席を願いますよ」
もし私が魔法についての説明が上手だとしたら、しばらくの間「凡人 (私)にわかりやすく説明する魔女 (椿)」に色々教えてもらっていたからだろう。
ただそれだけのことなのに、またあの子どもに付き合わなければならないのか。
戦闘任務とはまた別の意味で疲れそうな仕事だったが、まあ、連れてきたの私だしな。
しょうがないかと諦めて「了解」と答え、部屋を出た。