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だうん  作者: 篠義
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そのなな

「今日で最後かもなあー。」

 俺の嫁は、そんなことを言いながら、弁当を詰めていた。堀内のおっさんからの呼び出しがかかって、本日から職場に顔出しをするらしい。同じようなことになるなら、辞めてしまえ、と、俺は言っている。無理ばかりしなければならない職場に居る必要はない。

 週末の旅行みたいなことを、もっと体験させてやりたいと思う。のんびりと一泊して、ただ、何もせずに過ごす時間というのは貴重だ。あの朝、俺の嫁は、いつもだったら、すかさず取り出す文庫本をカバンから出すこともなく、のんびりと畳の上に転がっていた。これといって難しいことではなくて、たまに、ぼつぼつと喋って、昼前までだらだらと過ごしたのは、俺にとっても楽しい時間だった。

 あれをやろうと思うなら、確実に土日の休みは確定しといてもらわなあかんわけで、それすらも確保できないなら、いくら金回りがよくても意味がない。

「土日祝日は確実に休みでないと、俺は認めへん。」

「うーん、どうなんやろうなあ。」

 俺の嫁は、弁当をハンカチで包みながら苦笑している。そこまでの時間の余裕は与えられないと思っているらしい。

「ちゃんと雇用条件を確認してこなあかんで、水都。」

「わかってるて。まあ、堀内のおっさんも、おまえのことがあるから、無茶はせぇーへんやろう。」

「俺? 」

「おまえ、バクダン抱いて来ると厄介やからな。今度こそ殺されるって笑っとったで。」

「ほんまかいな。」

「とりあえず、元の職場の惨状が、どうなったかは確認してくる。」

 確かに、俺の嫁が辞めたというか、リフレッシュ休暇というかで、一ヶ月近く仕事を放棄している。それ以前の現状から考えたら、とんでもないことになっていても、おかしくはない。








 堀内が迎えに来たのは、十時半だった。久しぶりに、スーツでネクタイを締めたら窮屈な気がした。一ヶ月、締め付ける服を着なかったのだから、身体がだらけている。

「おまたせ、ほな、行こうか? 」

 玄関から出て、ちょっと絶句した。眼下にあるのは、黒塗りベンツだ。

「なんで、沢野のおっさんまで出張ってるんや? 」

「そら、おまえ、総括責任者やからに決まっとるやないか。」

 とりあえず、車に乗せられて、以前の職場ではないが、うちからは通うには、変わらない場所に辿り着いた。雑居ビルが立ち並ぶ、中小のビジネス街だ。

「ここの三階を、ワンフロアーぶち抜きで借りたんよ。」

 沢野のおっさんが、先頭で、次に俺、しんがりに堀内のおっさんと、秘書がついてくる。エレベーターで上がって、扉を開いたところから顔を覗かせて、もう一度、俺は絶句した。物凄い数のパソコンと、大型のサーバーが鎮座して、さらに、それを可動させている人数も、相当数いたからだ。


・・・・なんじゃ、これ?・・・・・


 社員と思われる人間たちは、一斉に、立ち上がり、挨拶する。

「とりあえず、紹介しとくわな。この子が、ここの管理責任者の浪速くんや。それから、知ってると思うけど、その後ろのいかついのが、関西担当専務取締役の堀内。以後、このふたりの指示で頼みます。・・・はい、みっちゃん、挨拶して。」

「え? 」

「もう、かなんなーこの子は。この人ら、みんな、おまえの部下やから挨拶するんやないか。まあ、見知ったんも入ってるから、怖いことあらへん。ほら、あそこら辺りは、みっちゃんも知ってるやろ? 東川とか嘉藤とかな。」

 沢野のおっさんが、俺を前に引きずりだして、知り合いのいるほうへ手を向けた。「よう」とか「やあ」 とか言って、手を挙げているのは、以前、堀内のおっさんが使っていた人間ばかりで、俺とも顔見知りだ。

「関西を統括するにあたって、人員も用意した。ちまちまと、各支店に配置していたヤツらを纏めたっちゅーわけや。」

 背後から、堀内のおっさんが声をかけて、その人間たちを呼ぶと、すぐに、周りに集まってきた。みな、一様にいかついおっさんばかりだが、気のいい人ばかりでもある。

「沢野さん、説明もせんと連れて来たんでっしゃろ? みっちゃん、鳩が豆鉄砲くろたみたいになってますがな。」

 関西支店の半分を統括していた東川が、俺の肩を叩いて、沢野を責めている。「大丈夫やで? 戻ってきいやー」 と、嘉藤のおっさんが、俺の目の前で手を振っている。

「な、な、なんで? 東川さんがおるんやったら、俺、その下でええがなっっ。」

 そうなのだ。年齢的には、東川のほうが、かなり上で貫禄もあるし、経験もかなりある。それなのに、俺が管理責任者ってことに、まず間違いがある。

「どあほっっ、うちは年功序列の生温い会社やあるかいっっ。いや、年功序列で言うたかって、おまえが勤続年数一番長いがなっっ。」

「おまえ、わしに、これ以上にストレス溜める仕事をせぇーと言うつもりかいな? 」

「若いもんが苦労と責任は背負たらええんや。」

 なんだか、口々に、今度は俺が責められて、とりあえず、名前だけを言わされて挨拶させられた。他の人間たちは、不思議そうにしていたが、同じようにお辞儀して挨拶は返してきた。そりゃ、俺みたいに若いのんが管理責任者やって言うても信用されるわけがない。



 とりあえず、挨拶すると、ぞろぞろと、古い知り合いと共に、奥の一室に連れ込まれた。そこは、幹部室らしく、重厚な応接セットと、高そうな机が二台並んでいる。

「お茶いれたってんか。ああ、みっちゃんのは冷たいのにしたってや。」

 どっかの家に遊びに来ているような気楽さで、沢野が命じると、どっかりとソファに腰を下ろした。その横に、堀内も座り、いきなり、たばこに火をつけている。

 俺が辞めた一ヶ月で、ここまで準備するのは無理があるぐらいに、何もかもが整っていた。だいたい、東川や嘉藤は、別の県に住んでいたのだ。引越しするのも準備があるだろうし、ついでに言うなら、インフラの整備だけでも一ヶ月ではできないはずだ。ひっかけられたと、俺は直感した。この場で、それは、はっきりさせておかなければ、後々ややこしくなる。

 ふたりの前に、俺は仁王立ちで立って睨んだ。見慣れた顔なんで、怖いとは思わない。

「おい、おっさんら、いつから、こんなことしとったんや? 」

「なんのことや? 」

「このシステムを構築するだけでも、半年仕事やないかっっ。それが、なんで、俺が辞めた一ヶ月で完備できてるんかを説明せいや。・・・・俺が辞めるんを見越してたってことか? 」

「ああ、まあ、予定には入っとったな。あの店長、前科アリや。それで中部に置いとけへんから、こっちへ捨てたっちゅーことでな。そのうち、みっちゃんに罪を全部なすりつけてくるのは、わかってたし、中部の子飼いのヤツを大々的に処分するには証拠を確実に掴む必要もあったんで、おまえのとこへ配置した。」

「いや、わしは反対したんやで? みっちゃん。でも、堀内が勝手に進めてしもたからな。」

「沢野はん、わしに全部の権限がないんは、みっちゃんも知ってるから。」

 つまり、ふたりして、今回のことは、半年前から密かに動いていたらしい。関西統括部門を作るのは、一年前から計画されていたが、それを、どこへ置くかで揉めていた。本来は本社にあるのが妥当なのだが、堀内の部下は、ほとんどが関西在住で、それらを移動させるよりは、部門を、関西に置くほうが安上がりであるということと、関西では、ちょろまかしや持ち逃げはできないのだと、他の部門に知らしめるために、わざわざ、問題のある従業員を引き取って、実験したらしい。そして、俺は、その摘発に、一役買っていたのだ。それも、当人には知らせずに、だ。

「つまり、俺が監視している限り、問題は起きへん、と、アピールしてくれたわけか? わざわざ、俺と問題起こすの判っとって? 」

「いやいや、そやけど、ものすごーい評価上がったんやで? みっちゃん。ほんで、関西統括責任者に就いてもらえるんやないか。」

 最終的には、俺の評価を底上げする形になって、管理職というものに、関西を離れずに就けることになっている。給料も待遇も、それ以前とは、かなり格上げされたらしい。

「東川と嘉藤と佐味田が、以前、おまえがやっとった日報関連の仕事をこなす。そこから、資金を回す状況を判断して、関西の支店へ配分したってくれたらええ。・・・・せやから、朝は定時に来んでもええし、夜も、好きな時間に帰ったらええ。それだけの仕事やったら、定時過ぎぐらいで帰れるやろ? 」

「堀内のおっさんは、何するんや? 」

「わしは左団扇で、おまえの頭をはたいてるがな。ははははは。・・・・・冗談はおいといて、月の半分は、こっちにおるけど、半分は東海のほうを回してくるからな。おっちゃんは忙しいから、おまえが好きなようにしといてくれたらええ。」

「実質は、みっちゃんが、ここの責任者や。これで、バクダン小僧も納得してくれるやろう。」

 『バクダン小僧』の言葉に、他の人間が噴出した。ここにいる人間は、花月がバクダンを抱いて、俺を迎えに来た、その場にいた人間ばかりだ。

「まだ、続いてるとはなあ。」

「なかなかできへんこっちゃけど、あれは傑作やったわ。」

「あははははは・・・・いやあー人生長なると、おもろいもんを見られるで。」

 たぶん、花月が、これを聞いたら、今度こそ本当に、ここを爆破するに違いない。重要な話が終わったところへタイミングよく、お茶が運ばれてきた。座れ、と、堀内の横に座らされて、他の三人が対面に座って、とりあえず、お茶を啜る。


・・・・これは逃げるとか以前の問題やと思うんやけど・・・・・


 騙されていたというか、いいように手のひらで転がされていたというか、そういうところなのが、腹立たしい。

「みっちゃん、怒ったらあかんで? ごはん奢ったるからな。お肉がええか? お魚がええか? 」

 沢野は、本当に食えないおっさんだ。計画したのは、堀内ではない。たぶん、この口八丁手八丁の沢野に違いない。

「一発殴らせろ。」

「あかんて、おっちゃん、もう年寄りやからな。みっちゃんにしばかれたら死んでまうからな。なあ、怒らんとってな? 堀内はしばいてもええから。」

「おいおい、沢野はん、それはないやろ? 」

「まあまあ、みっちゃん、この人ら、かなり善行をしたつもりやから怒ったらんといてくれ。やり方はあこぎやけど、みっちゃんを幹部に引き上げたからな。」

 東川さんの取り成しを受けて、仕方なく、俺は頷いた。仕事自体は、以前にもやっていたことだから、難しいことはない。やっていた範囲が広がって、雑用がなくなったという感じだ。

「わかったわ。俺、旦那から『土日祝日は確実に休め』って言われてるから、それだけ守ってくれたらええ。」

「それは、いけるやろ? 問題はない。さあ、沢野はん、なんぞ、みんなに奢ってもらいましょか? 東川、何がええ? 」

 もう、俺は責任者に確定したらしい。堀内のおっさんが、昼飯について場所を決め始めて、みんな、その話題にのっかってしまったからだ。









 どうやら、俺の嫁は昇格したらしい。だが、当人は、面倒やと文句を吐いているが、雇用条件が改善されてしまったので、辞めることはできなかった。以前のような忙しさでないのなら、まあ、ええか、と、俺は早々に辞めさせることは諦めた。たぶん、何があろうと、俺の嫁は辞められない仕組みになっている。

 それでも、俺が定時で帰るよりは、ちょっと遅いので、食事の準備は、やっぱり、俺の担当だ。本日は、こっそりと贈られたものについての、こっそりとしたお返しの日だ。

「ただいまぁー。」

「お帰り、風呂入るか? もうちょっとやねん。」

「うん、ほんなら入るわ。」

 まだ、二日目で、身体が慣れないらしく草臥れている。一ヶ月も自堕落に過ごすと、会社での時間が早すぎて目が回ると、愚痴りつつ、風呂場へ俺の嫁は消えた。






「給料上がるらしい。でもな、使い込みとかちょろまかしが判明すると、減俸になるらしい。」

「ふーん。」

 髪の毛を拭きつつ、俺の嫁が食卓にやってきて、立ち止まった。

「あれ? 」

「ん? 」

「なんか白いもんばっかしやな? 」

「今日は、そういう気分なんや。草臥れてるから、あっさりしたもんがええやろ? 」

 食卓に並ぶのは、蒸し鯛のあんかけ、長いものすりおろし、揚げ出し豆腐、そして、白ミソ仕立ての味噌汁だ。甘い物が苦手な俺の嫁に贈るなら、白い食べ物でいい。

「長いも、卵も入れるか? 」

「いや、これだけでええわ。あー食い易いわーこれ。」

「そうやろそうやろ? 鯛もええ感じやで。」

「うん、うまい。」

「はははは・・・ちゃんと、おまえ用に冷ましといたったからなあ。」

「なあ、花月。」

「ん? 」

「なんで、白ミソなん? うちの家で、こんなん見るの初めてやねんけど。」

「あー、一品くらい甘いものを食わせてみたかったから。でも、酢味噌とかは、これで作ってるで? 」

「甘いもんて・・・・白メシに甘い味噌汁はあかんやろ? 」

「いややなあー俺の嫁。これ、ホワイトデーやんか。あまえが、こっそりとくれたチョコケーキのお返し。愛が一杯やから。」

「・・・・・どこの乙女や? おまえ・・・・」

「吉本家の花月でーす。なんなら、浪速家の花月でもええ。」

「どあほ、メシで遊ぶな。ぼけっっ。」

 照れ隠しに、俺の嫁は、俺の足を蹴って、黙々と、その味噌汁を飲んだ。まあ、愛の言葉をくれるほどには、酔ってないからしゃーないか。


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