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だうん  作者: 篠義
6/7

そのろく


 「天使の寝顔で寝ろ。」 という言葉で、いつもなら、とんでもないことになる金曜日の夜は、別々に寝た。ようやく俺の嫁の腰の具合が治ったので、やれやれと、俺は大人しく寝た。せっかくの旅行なんだから、万全の体調であるほうがいい。


 翌朝、ぼぉーっとしている俺の嫁を、とりあえず、着替えさせて駅前へ出向いた。電車なら、いつでもどこでも飲酒できるのだが、生憎と、俺も俺の嫁も、飲酒に、さほど興味がない。ついでに、明日の俺の嫁の体調を考えたら、レンタカーを借りるほうが得策だった。

「まくどでええか? 」

「メシはいらん。」

「あかんて、サービスエリアあんまりないとこやねんからっっ。」

 レンタカーを借りる前に、駅前のマクドで朝マクドした。それから、車を借りて、俺が運転する。だいたい、行きしなは、嫁で、帰りは俺というのが、基本だ。だが、今回に限っては、俺が運転する。行き先を教えないミステリーツアーだからだ。

「ほんで? 」

「まあ寝とき寝とき。」

「・・・・・ラブホか?・・・・」

「いいや、ちゃんとネットで予約した。露天風呂付き部屋で、海の幸豪華料理。」

「中国か山陽か、それとも播但か? 」

「山陽から地道。」

「あれ? カニはええんかい? 」

「いや、満杯やったんよ、カニは。」

「三朝? 」

「うーん、ええとこ突くなあ。」

「ふーん。」

 それで、おおよその予測はついたのか、俺の嫁は、シートを少し倒してサングラスをかけた。今夜は、どうせ寝かすつもりもないので、体力温存してもらうほうがいい。

 さほど遠い場所でもないので、あっちこっち寄り道しつつ、とりあえず海までは出るつもりだった。せっかくの遠出なので、ちょっと個人的趣味も満足させてもらうつもりだ。

 名神からバイパスを乗り継いで、山陽道へ入った。そこから、瀬戸内自動車道へと道を進めたら、嫁は、「ああ、うどんか。」 と、呟いた。けれど、瀬戸大橋手前で、そこを降りて、鷲羽山へと足を向けた。

 途中で、たこのうまい店で昼飯を食って、鷲羽山の展望台へと登る。土曜日の割に観光客はいなかった。眼下に広がるのは、瀬戸内海の島と海で、向こう側の四国まで、綺麗に見渡せた。

「ええ景色やなあ。」

 ベンチに座った俺の嫁は、まぶしそうに目を細めて、景色を堪能している。本当に久しぶりに遠出だ。

「ほんま、ええ景色や。・・・・なあ、水都。」

「ん? 」

「結婚十周年やねんけど? スウイートテンダイヤはいらんか? 」

「はあ? 」

 まあ、きっちりと、いつ結婚したということはないので、就職して同居した年が結婚した年だと俺は決めている。十年を越えた。そのお祝いも兼ねて、旅行することにしたのだが、俺の嫁は気付いていなかった。

「なんて言うんやろうな? 銀婚式が二十五年やろ? 金婚式は五十年。」

「さあ、知らんな、それは。・・・・そうか、十年も経ったんやなあ。おまえも飽きへんやっちゃで。」

 呆れたように微笑んで、俺の嫁は、俺の顔を覗きこむ。十年以上一緒に居ると、すでに、この顔があるのが当たり前になっている。飽きも呆れもしないのだから、これでよかったんだろう。

「おまえこそ、よう、こんなしつこい男と一緒におるわ。」

「あーそういやそうか。お互い様やな。」

 あははははと二人して笑い飛ばした。小春日和の温かい日で、俺と俺の嫁は、そこで、のんびりと日向ぼっこを堪能した。



 小一時間ほど、ぽかぽかとした小春日和の展望台で過ごして、そこから引き返した。せっかく、ここまで来たのだから、俺としては、是非とも観たいものがある。

「大原へ行く。」

「好きやなあ。『睡蓮』。」

「しゃーないやろう。あれ、日本人の心に、最も響く絵画やと言われてるんやぞ。」

「・・・俺、響かへんねけど? 」

「おまえ、日本人のカテゴリーから逸脱しとるからな。」

「うるさいのー、どうせ、俺は高尚な趣味はあらへん。それやったら、俺は、どっかで茶でもしばいてる。」

「あかん、おまえと見たいから連れて行く。」

 けっっ、と、俺の嫁は、それから無言だ。拗ねているのなら可愛いが、そうではない。面倒だと思っているだけのことだ。いつもは、俺が、そういう場所に行くと半日くらい動かなくなるからだ。だが、さすがに、宿までの移動を考えたら、それほどの時間は使えない。だから、ひとつだけ、どうしても見たいものだけを嫁と並んで見ることにしていた。

「睡蓮だけやから、そんなに時間はかからへん。」

「ん? あっこは、他もあったやろ? えーっと、『ゲルニカ』やったかな? 」

「あるで、ゲルニカ。それから、印象派も多数。書道も焼き物もな。でも、今回は時間もないから『睡蓮』だけ。」

「明日にしたらええやんか。」

「ん? 」

「どうせ、俺、明日は使い物にならへんから、クルマで寝てるだけやし。その間に行け。」

「なんや、やる気やないか? 俺の嫁。」

「言い出したんは、おまえじゃ。」

「明日は、宿で昼まで、まったりして帰るから時間はあらへん。」

「え? 」

「時間延長して昼飯も食うて帰るように予約した。なんやったら、お姫様だっこでクルマまで運ぶで? 」

「いや、それまでには歩けると思う。」

「またまたぁーかなんなあー俺に一週間も我慢させてることを忘れてるで、俺の嫁。」

「いっ? ・・・まさか、また、あれをやるんか? おまえ・・・・」

「そうそう、あれを。なんなら、違うこともいろいろと。」

「ストリップとかで手を打たへんか? 花月。」

「えーーーーーーー浴衣脱ぐだけやろ? 色気も何もあらへんがな。」

 そんな与太話をしつつ、倉敷の美観地区へ入った。ここにある大原美術館が、『睡蓮』のある場所だ。近くの駐車場へ車をいれて、そこから歩いた。何年かぶりに訪れたので、店が変わっていたのには驚いた。

「やっぱ、いろいろと変化はあるらしいな。」

「そら、建物は変えられへんとなったら中身だけやもんな。」

 ぶらぶらと目的の美術館へ向う道すがら、たまには来るべきやなと思った。米子の美術館には、数年に一度は行っているが、ここは、何年かぶりだった。油絵が多いので、俺の好みの絵画が少ないからだ。

 『睡蓮』は、正確には、モネの『睡蓮』という油絵の一連の作品だ。それらが配置された部屋があり、これらは常設展示されている。日本人にも懐かしいと思わせる原風景のような絵画で、有名な作品だ。

「ほら、これが『睡蓮』」

「へぇー連作なんやなあ。知らんかった。」

 大きなキャンパスと、それに付随するような小さなキャンパスに、睡蓮が描かれている。遠目に見ると、まるで写真のような風景に見えるのが、この絵の売りだ。

 以前は、水都は、外の茶店で本を読んで待っていた。だから、こいつは、ここに来たことがあるのに、実物を拝むのは初めてだ。

「きれいやろ? 」

「せやな。」

 急ぐ旅ではないので、少し、その部屋で眺めていた。それから、「むらすずめ」という土産菓子を買って、本日の宿へ向う。

「たまには油絵もええな。」

「それはよかった。また、ゆっくりと見に来よな。」

 ここなら、クルマがあれば、それほど遠い場所ではない。今度は、これを目的にするような日程を組もう。





 今回は、行き先も泊まりも、全てが内緒と、花月は宣言したので、助手席で、のんびりとしている。倉敷から高速で岡山まで戻り、中国道方面へ走り出したので、湯原か三朝だろうと思った。有名どころの温泉旅館なんて高いのに、どないして、あの短期間で泊まりを決められたのかが、不思議だ。


 この男、思い立ったら吉日という性格なので、わざわざ予約するということがない。行きたいところまで走り、そこで飛び込みで宿を確保するのが常だ。だから、行き先が、元から決まっている場合は、俺が当日の朝とかに、旅館をネット予約する。

 つまり、そういう細かい作業は、俺の担当であるわけだから、こいつが、まめまめしくネット検索したとは思えない。大方、パンフから、適当に電話したと思われた。


・・・・ネットやったら、割安になんねんけどなー・・・・・


 多少でも、ネット予約するほうが得なことが多い。それすら、気付いていないので、料金が気になる。

「なあ、花月。旅館、どーやって探した? 」

「後で教えたるわ。俺も現物は知らんから。あー、これで、ナビ設定してくれへんか? 」

 差し出された紙を見て、え? と、俺は唸った。聞いたこともない温泉名だったからだ。

「はよ入れてくれ。高速降りてまう。」

 そう、湯郷や三朝ではなくて、岡山市内付近だったのだ。慌てて、ナビ設定をして、旅行会社にでも選んでもろたんやろうか、と、俺は疑問に思った。俺ですら知らんような温泉地を、こいつが知っているわけはない。


 高速を降りて、三十分もいかないうちに、大きな旅館に到着した。市内に近い割りに静かなところだ。


 通された部屋は、特別室らしく、かなり広いし、ベッドがふたつあり、それとは別に和室の居間がある。その奥には、花月が言い倒していた部屋付きの露天風呂まであった。大浴場も何箇所かあって、食事まで、小一時間あるので、そちらへ入りに行くことにした。

「ほんで? 」

 大浴場の大きな岩のある湯船に沈んでから、俺が切り出したら、すんなりと答えは返って来た。

「御堂筋の彼女が、旅行マニアなんやそうや。ほんで、探してもろたんよ。さすがに、三朝とかは高すぎて無理やったからな。」

「はあ? 」

「御堂筋が携帯でメールして、十分くらいで返事くれたで。ここやったら、穴場やから静かでええやろうってさ。」

「また、御堂筋さんのホモ好きの彼女からの情報なんか。」

「まあ、ええがな。当人は、ものすごく妄想の役に立ったって喜んでたで。」

「え、それ、ちょっと・・・・」

 つまり、御堂筋さんの彼女は、俺らが、部屋付きの露天風呂でえっちするとことか想像して楽しんでいるということだ。

「ええやん。想像すんのはタダや。」

「俺、絶対に会いたないわ、御堂筋さんの彼女と。」

「ああ、それは心配ないで。御堂筋も、あかんって止めてくれてるらしいから。」

 あはははは・・・・と、気楽に、花月は笑っている。いや、まあ、タダやけど、想像されるのもイヤなもんがある。別に、彼女が想像するような色っぽいもんはない。日常的にやってることだし、お互い、今更、何がどうでも、いちゃいちゃしたいとは思わないぐらいに、長いこと生活している。

「でも、貸し切り状態っていうのは、すごいな。」

「ほんまになあー百人くらい入れそうな風呂が貸し切りっていうのも、ええもんや。いっちょ、泳いどこうか? 」

「あー背泳ぎとかはやめとけ。汚いもんが丸見えで、俺の気分が悪うなる。」

「えらい言われ方やな。」

 誰もいないのを、良いことに、ふたりして、大浴場でクロールだとか平泳ぎだとか、散々に暴れて遊んだ。






 大浴場から、そのまんま食事処へ赴いた。唯一の問題点は、この食事が部屋ではないところだ。のんぴりと部屋で、食事するほうが気楽でいいのだが、さすがに料金的に、そこまでの贅沢はできなかった。


「吉本様」 と、書かれた食事処の個室には、すでに準備がされている。

「とりあえず、ビールでええか。」

「せやな。」

 ふたりとも飲むのは、さほど好きではないので、大瓶のビール一本もあれば十分だ。会席風の料理は、温かいものは後から運ばれてくる。とりあえず、予約したのは、カニとアワビの踊り食いコースなるもので、追加で、地元の牛の陶板焼きも頼んでおいた。

「これ、まだ、出てくるんか? 」

 続々と運ばれてくる料理に、水都は呆れている。メインディッシュに行く前に、すでに腹がくちくなったらしい。

「せやから全部食うたら、あかんって、俺が言うたやないか。」

 ほんまに、もう、と、俺は、水都の前の皿と、俺のを入れ替える。食の細い水都は、会席なんてものは完食できる代物ではない。だから、適当に箸を出す程度のことになる。カニの身をほじり、それを面前に差し出すと、「えー」 と、うんざりした顔になる。

「あら、まだ、これからですよ。」

 アワビを運んできた仲居が、腹を押さえている水都に苦笑している。陶板の上に載ったアワビは下からの炎で、ぐりぐりと動き出す。

「うわぁーえげつなあー」

「これ、うまいねんてっっ。」

「そうですよ、生きたままなんで新鮮ですからね。・・・ビール追加しましょうか? 」

 ようやく空になったビールに仲居は、追加を尋ねたが、酒は、それほど欲しくない。

「いや、ウーロン茶ふたつください。俺らふたりとも酒はあかんのですわ。・・・・こいつとでなかったら、ゆっくりメシも食えませんのや。」

「ああ、そうですね。だいたい、みなさん、飲まれますもんね。よかったですね、同じ酒量の方がいらっしゃって。」


・・ええ、そりゃ、もう、最高の俺の嫁ですから・・・・


 と、内心でツッコミつつ、「そうですねん。」 と、笑って誤魔化す。ゲイ夫夫なんてものだと、別に公言しても、俺は構わないと言うのだが、俺の嫁は断固反対する。それというのも、俺が公務員というお堅い職業だからだ。もし、何かで、バレたら職場に居ずらくなるだろうと、俺の嫁は心配するので、こういう時は仲良しの友人という設定で喋っている。

 焼けたアワビを切り分けてくれると、仲居は一端、部屋を下がった。すでに、俺の嫁は食う気がない。一個を箸で突き刺して、口元へ運ぶと不承不承という感じで飲み込んだ。

「もうええから、おまえが食え。これ、おまえが好きなやつやろ? 」

「もう一個食うとけよ、体力つけとかんと、明日、死ぬぞ? 」

「どあほっっ、そんなことになったら、死ぬ目に遭うのは、おまえのほうじゃ。・・・どっかのサービスエリアで土産買うて帰るからな。そのつもりで、どっかに寄れ。」

「え? 誰に? 」

「御堂筋さんと、その彼女。エプロンでも土産にするか? 」

 そういや、以前、御堂筋の彼女が、うちの嫁に、ふりふりのエプロンをくれたことがある。大いなる間違いなのだが、うちが新婚いちやいちゃだと思っていたらしい。新婚当初でも、そんなことはしたことがないし、そのエプロンを裸にあててみて、おおよそ、これは欲望を感じるものではないと実感した。

「あはははは・・・・ええな、それ。けど、サービスエリアに、そんなん売ってるかぁ? 」

「どうやろ? 」

 土産について、いろいろと考えながら、食事を続けた。さすがに、牛の陶板焼きは、俺でも腹が一杯で、ぎりぎり腹に収めた。








 食事が終わって、部屋に戻ったら、ベッドメイクされていたカバーは外されて、寝られるようになっていた。露天風呂の横にある小さな坪庭には、仄かな照明がつけられていて、なかなかいい雰囲気になっている。

「さて、露天風呂や。」

「・・・ちょお、待て。休憩させろ。」

 いつもよりは多目に食べたせいか、俺の嫁は腹を擦って、ベッドに倒れこんだ。そのまんま寝てしまいそうな勢いだが、そのとろりと融けたような瞳に、俺は安堵した気分になる。こいつが、この顔をするのは、たぶん俺の前だけだ。

「・・・ありがと・・・・」

 ゆっくりと仰向きになって、嫁は俺の頬を撫でてくれた。

「かわいいな、俺の嫁。誘うなや。」

「・・・さそてへんわ・・・・いや、さそてるか・・・くくくくく・・・・ストリップしたろか? 」

「ん? おまえ、酔うてるな? おうおう、嫁、ストリップしてくれや。」

「あははは・・・・鶏がらのストリップなんかで・・・誘われるて・・・おまえも・・たいがいにあほやな? 」

 仰向けに寝転んだままで、ゆっくりと、浴衣の帯を解いていく。別に色っぽいとは思わないのだが、そんなことをする俺の嫁が可愛いとは思う。帯を外すと、片膝だけ立てて、「ご開帳したろかぁー」 と、笑っている。


・・・・いや、どうせ、トランクスやしなあー、その中身。ついでに鶏がらやし。・・・・


「先に、パンツ脱いでから、ご開帳してくれ。」

 ああ、なるほど、と、嫁は頷いて、起き上がると、俺に背を向けた。トランクスをぽいっと脱ぎ捨てて、そのまんま、露天風呂へ歩いていく。

「おい、何する気や? 」

「何て? ナニやないか。ほら、ご開帳。」

 露天風呂の前で、潔く浴衣を脱ぎ捨てて、ぽちゃんと風呂に飛び込んだ。


・・・色気がない、色気が・・・・・


「花月、来ぃひんのかぁー」

「おまえ、もっと色っぽく脱げや。」

「俺に、そんなもん求めるほうが無理やろ。」


 いや、まあ、そうやねんけど・・・・まあ、ええか。俺も、たったと脱いで、嫁のとなりへぼちゃんと飛び込んだ。









 目が覚めたら、誰も居なかった。この間ほどの無茶はされなかったものの、やっぱり腰がだるい。起きないことはわかっていただろうから、散歩に行ったか、朝メシに出たと思われる。


 で、とても気配りができる旦那やと感心するのは、俺の枕元に、ペットボトルのお茶が、ちゃんと置かれているところだ。それを、半分ほど飲むと、俺はぐたぐだと、また寝る。昼メシの時間まで、部屋を借りてあるので、慌てて起きる必要はない。ピチピチという鳥の囀りなんてものが聞こえるのは、静かな温泉旅館らしい音だと思う。


・・・・・ていうか、せっかくの旅館やねんから、空が白むまでやるこたぁーないっちゅーねんっっ・・・・・・


 途中、何度か露天風呂に入ったり、休憩したりはしたものの、空が白むまで、なんだかんだとやっていた。もう、そろそろ落ち着けよ、と、思うのだが、やり始めたら、やっぱり盛り上がってしまうので、こうなっている。

「うーーー腰だるい。」

 もそもそと寝返りをうつだけでも、一苦労せねばならないのが、非常に不愉快だ。うつらうつらとしていたら、ガラっと障子が開いて、足音が近づいてきた。

「起きたか? 」

「・・・腰だるい・・・・」

「それは、自業自得やろ? あんだけ腰を使おうて、なんともなかったら、俺がビビるで。」

「・・・そうか?・・・振らしてんは、おまえやないか。」

「まあ、そうやけどな。・・・メシ食うか? 」

「いらん。」

「風呂で温めるか?」

「せやな。」

 とは言ったものの、さすがに担いでいくだけの体力は、花月にもなかったので、支えて貰って露天風呂まで歩いた。

「確かに、これはええわ。」

 すぐ傍に、風呂があるというのは、なかなか有難い。それも温泉だから、なお、身体にもいい。じんわりと温まって、畳の上に転がった。

「水都、土産やけどな。」

 その横に転がった花月は、あまり奇をてらったものではなくて、普通の土産を買った、と、教えてくれた。きびだんごと、白桃ゼリーだと言う。

「笑いものを贈ると、なんか仲良くなりそうやろ? せやから、普通のやつな。」

「ああ、そんでええんちゃうか。職場のは? 」

「内緒やから、なし。」

「さよか。」

「おまえんとこのおっさんらには、ええんか? 」

「いらん。なんで買わなあかんねん。」

「せやなあ。」

「なあ、花月。」

「ん? 」

「木曜日に出社というか、なんというかやねん。」

「うん、いらんかったら、おっさん、蹴飛ばして逃げて来い。」

「はははは・・・メチャメチャ凹ってくるわ。」

 自然の音しかない世界は、柔らかで心地よいものだ。そこで、ぽつりぽつりと会話して、俺は、また、うとうととしていた。こんな時間があるのは、ふたりでいるからだ。ひとりではできないことだから、ふたりでいたいと思う。


 この時間を製造した責任は、花月にあるから、責任はとってもらうつもりだ。



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