デビル・ヴァインvsギガ・シャーク
“信じられない……。海岸沿いの高層ホテルが見えるか?あの壁はもともと緑色だったんじゃない。植物の蔓みたいなものが、てっぺんまで覆い尽くしてるんだ”
“奴には火炎放射も除草剤も通用しない。ヘタに刺激したって襲われるだけだ。あんた達も逃げたほうがいいよ”
“崩れるぞー!!こっちに倒れる!!”
“ホテルが倒れる!!ヤバいヤバいヤバい!!マジにヤバいって!!”
「……視聴者からの情報でした。この現象に関連する、のかどうかは分かりませんが、州当局は先ほど、市街全域に緊急避難指示を発令しました。サンセットシティにお住まいの方は、お隣同士声を掛け合って、警察の誘導に従い、ただちに安全な場所まで避難してください。繰り返します。州当局は先ほど、サンセットシティ全域の住民に緊急避難指示を発令しました。警察の誘導に従って……」
夏の観光シーズンともなればビーチ目当ての客でごったがえすサンセットシティだが、今日は市道もハイウェイも、街から逃げ出す車でぎゅうぎゅう詰めだ。妻と子供達を連れて運転席に座るグレッグも、せっかくの家族サービスを台無しにされてしまった。
「ママぁ、この渋滞いつ動くのー?ノドかわいたー」
「我慢しなさいボビー。お兄ちゃんでしょ!」
「ゆうえんちはー?」
「エイミーったら、遊園地じゃないのよ。おうちへ帰るのよ」
「前のほうで事故でも起きたのかもしれないな」
クラクションを鳴らすが、車列の動く気配はない。カーラジオのチャンネルを変えると、ノイズに混じって大統領の声が聞こえてきた。冒頭まではハリケーンや地震のときと同じ調子だったが、そのあとに続く言葉は……まるで戦争。武力攻撃を受けた際の原稿を読み上げている。政府を挙げて国民の安全確保に努めるが、謎の植物を一掃するため反応兵器を使うことにしたので、逃げきれない場合は命の覚悟をしてくれ、と促す内容だった。グレッグは背筋が凍った。災害の原因に心当たりがあったからだ。
身動きの取れない車列に苛立たしいクラクションが飛び交い、荷物を抱えて車から降りる人もいる。歩く人達や走る人達の数が増え、そのかわり無人の車が放置されているせいで、渋滞が解消する見込みはますますなくなった。
「ねえあなた、私達も車を捨てて逃げましょうよ」
「そうだな」
職場に電話をかけるが、つながらない。メールもチャットもサーバーダウン。
「ジェニファー。子供達と先に帰っててくれ」
「先にって、あなたはどうするのよ?」
「研究所へ行ってくる。サンセットシティの災害、俺なら止められるかもしれない」
運転席から降り、車の後ろへ回って、サイクリング用に積んできたロードバイクを引っ張り出してから、助手席側の窓に顔を突っ込んで妻とキスをした。
「ボビー、ママと妹を頼むぞ。ジェニファー、愛してる。家で待ってろ。必ず助けるからな。必ず!!」
車列の隙間を縫って立ち漕ぎでペダルを踏み加速してゆくと、渋滞の先頭では接触事故を起こした車が燃えていた。
★
グレッグはバイオ研究所で働いている。研究目的は地球環境の保全だが、ずば抜けた生命力をもつ遺伝子改造生物というヤバい代物を開発しており、何らかのミスで野に放たれたのに違いないと直感した。だが、あの改造植物は研究なかばで凍結保存されることになったはず。トラックで移送したり冷蔵庫のロックを外したりする機会はありえない。となると事故ではなく、誰かがわざと……?
研究所の正面玄関に自転車を滑り込ませて乗り捨て、受付を素通りしてエレベータを地下三階で降りたが、研究室の前で警官に制止された。
「研究員のグレッグ・バンフィールドだ」
「IDカードを見せてください」
「……ああ、くそったれ!!」
休暇中にIDカードなんて持っているわけがなかった。
研究室から黒服の男が顔を出したとき、奥にいる同僚達がグレッグのほうを向いてくれなかったら、一旦受付まで戻って身分を照会しなければならなかったろう。黒服は連邦捜査官のベンジャミンと名乗った。グレッグは皆に自分のアイデアを話したかったが、ちょうど彼のデスクに電話がかかってきた。ベンジャミンはイヤホンを着け、部下に発信元を探知させた。電話口の相手は、元同僚、フロイド・リックマンだ。
「もしもし、こちら環境保全研究室です」
「しばらくぶりだなぁグレッグ。ニュースを見たかい?」
「お前の仕業なのか……!」
「ハッハーァ!!そうとも、あれこそ僕の研究成果の底力だよ」
「なぜ、こんなことをした。《悪魔の蔓》は貪欲で成長スピードが速すぎる。砂漠の緑化どころか、自然の植生を破壊しながら世界中を埋め尽くすぞ」
「地球環境の保護など人類を全滅させれば済むと言ったのに、君ら石頭どもは僕の意見に耳を貸さなかった。それと、グレッグ。君への復讐でもある」
「俺?」
「君がジェニファーを奪った」
「ジェニファーのこと好きだったの!?いやいや、お前、大学のときは全然……俺達、友達だったろ!!」
「最初に好きになったのは僕だ!!」
「あのなフロイド。政府は《悪魔の蔓》をやっつけるために反応弾を使うつもりだ。今日、俺は家族とサンセットシティへ行ってた。お前のせいでジェニファーも巻き込まれる。分かってるのか?」
「……!!」
フロイドは黙り、通話を切った。
グレッグは同僚達に《悪魔の蔓》を倒すアイデアについて説明した。発信元の捜査に向かおうとするベンジャミンには「我々捜査官は漫画のヒーローとは違う。化け物退治ならそちらでやりたまえ」と言われてしまったが、協力してもらいたいことがあったので引き留めた。
★
政府官邸では、大統領の前にジュラルミンのアタッシュケースが用意され、反応弾による攻撃命令が下されようとしていた。サンセットビーチ沖にて待機する潜水艦から、反応弾頭を搭載した大型ミサイルを発射するのである。
「大統領閣下、ご決断の時です」
「戦争に使うよりマシとはいえ、我が国の都市に向けて反応弾を発射し、国民の命を危険に曝さねばならぬとは、痛恨の極みだ」
大統領と国防長官がアタッシュケースの中へ鍵を差し込み、二つの鍵穴を同時に解錠することで、撤回の効かない最終指令が発動する。だがその直前、一本の電話が大統領に取り次がれた。電話はバイオ研究所にいるベンジャミン捜査官からのものだった。
「……攻撃目標を変更しろだとォ!?」
ベンジャミンを通じてグレッグが大統領に伝えた座標には、あらかじめ海中探査用の改造生物を誘導してあった。指令を受けた潜水艦からのミサイルが、一見なにもない海面に突っ込んで炸裂すると、通常弾頭の威力とは比較にならない規模の水柱が立ち、その上にキノコ雲が形成された。そして、海水を押し分ける衝撃波に乗って、巨大な影が空を飛び、《悪魔の蔓》がはびこるサンセットシティのド真ん中に落下した。改造生物は反応エネルギーによって細胞を活性化され、遠隔操作できるサメ型サイボーグというだけの生き物から、シロナガスクジラよりも大きい《ギガ・シャーク》へと変異していた。
研究員カレンとスチュアートとジリアンは、それぞれのデスクで《ギガ・シャーク》のモニター作業に就いた。
「上手く行ったわね!」
「魚でしょ?陸地で戦ったりして平気なんですか?」
「今の《ギガ・シャーク》は全身の細胞に蓄えた反応エネルギーで動く化け物だ。エラ呼吸ができなくなったぐらいでくたばりゃしないのさ」
鞭のようにしなる《悪魔の蔓》の、あっちに噛みつき、そっちに噛みつき、尻尾で叩いて《ギガ・シャーク》が奮戦する。しかし、いくらなんでも、のたうち回るばかりでは不充分なので、グレッグは輸送ヘリに乗り込み、改造生物用アタッチメントを届けるべく、研究所からサンセットシティへと戻っていた。
「パイロット、もっとサメに寄せてくれ!!」
「これ以上はヘリが蔓にやられます!ここで投下します!」
アタッチメントからワイヤーが外れ、グレッグを乗せたヘリは身軽になって上空へ退避した。グレッグが届けたアタッチメントは、サメ型サイボーグが探査活動中にシャチやダイオウイカなどと出くわしても身を守れるように開発されていた試作品だ。《ギガ・シャーク》の巨大化した頭部をレーザーセンサーが自動感知し、伸縮する四つのアームでアタッチメントを固定する。たちまち《悪魔の蔓》がアタッチメントを引き剥がそうと絡みついてくるが、サメの鼻先に突き出たパーツは単なる槍でも剣でもなく、チェーンソーだった。ブレードの縁に沿って連なる刃が回り始めた。
★
「いいぞ!!やっちまえ《ギガ・シャーク》!!」
ノコギリザメのサイボーグとなった《ギガ・シャーク》が頭を左右に振るだけで、《悪魔の蔓》がスパスパ斬れる。高層ビルに蔓を巻き付けて引っこ抜き、投げつけてきても、チェーンソーの切れ味にはかなわない。万策尽きた《悪魔の蔓》は攻撃もできないほどみじん切りになってゆき、《ギガ・シャーク》の勝利か……と思われた。ところがグレッグとモニター越しの同僚達が油断しているうちに、《ギガ・シャーク》の周りでは異変が始まっていた。生命力の強い雑草は、ほんのひとかけらの切れ端からでも根と芽を生やすことがある。しぶとい植物の遺伝子ばかりを合成して作られた究極の改造植物である《悪魔の蔓》も、みじん切りにされた程度で枯れたりはせず、むしろ、サンセットシティのあちこちに散らばった蔓の切れ端が、それぞれ別個体の《悪魔の蔓》として復活した。
さて、この戦いの様子をテレビ中継で観ていたのが大統領だ。反応弾の攻撃目標を変えることにしたとき、大統領はグレッグに条件を提示した。もしも《ギガ・シャーク》が《悪魔の蔓》を抑え込めなかったら、第二射の反応弾によってトドメを刺す。改造生物などアテにしていなかったのだ。ジュラルミンのアタッシュケースを開くところからマニュアルどおり手順を踏み、国防長官と並んで鍵穴へ鍵を突っ込んだ。
「大統領閣下、ご決断の時です」
「……結局、我が国の都市に向けて反応弾を発射し、国民の命を危険に曝さねばならぬとは、痛恨の極みだ」
誰からの電話もかかってこなかった。
ミサイル発射。
サンセットシティはその名のとおり、地上にあらわれた太陽のごとき光に包まれた。
《ギガ・シャーク》もろとも《悪魔の蔓》を滅ぼし尽くし、爆心地には何も残っていないはずだった。しかし、大統領の注視するテレビカメラや、サンセットシティ近郊に集った野次馬達が掲げる携帯型端末のカメラや、輸送ヘリに乗るグレッグのサングラス越しの目は、あるはずのないものを捉えていた。反応エネルギーによって二種類の化け物が融合を果たし、《ギガ・シャーク》と《悪魔の蔓》との特徴を併せ持つ《デス・シャーク》が誕生していたのだった。人類は化け物を滅ぼそうとして、さらなる化け物を生み出してしまった。地球最凶の超究極改造融合生物を倒す力は、もはや人類のどこにもない。
だがグレッグはあきらめなかった。
「パイロット、ヘリをサメに寄せてくれ」
「正気ですか!?」
「怖いなら途中で降ろしてくれてもいい」
グレッグはサンセットシティの近くでヘリから降りた。瓦礫を乗り越え、警察と州兵が見守る前で、携帯型端末を《デス・シャーク》にかざした。端末には《デス・シャーク》のバイタル情報が表示されている。
「おいっ、あまり近づくと危ないぞ」
「大丈夫。リモコン回路が生きてた。こいつ、おびえているだけだ」
「「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!!」」」」」
《デス・シャーク》を遠隔操作で海に還したあと、グレッグは家族に再会した。
ベンジャミン捜査官はフロイドの居場所を突き止めて逮捕したが、フロイドはスクープ取材のカメラを睨み、「覚えておけグレッグ!!今度はでっかいサボテンを作って、君を見返してやる!!」と捨て台詞を吐いた。
おわり
『デビル・カクタスvsギガ・ロブスター』coming soon.....?




