紅絹と白蚕
初投稿です。
地元の河川を擬人化してなんか色々とオトナな関係を書いてます。
自分なりの解釈・・・?
*実際の団体や人物とは関係ありません*
紅絹と白蚕
栃木県東部から茨城県西部にかけて、二つの川が平行に流れている。
ひとつは鬼怒川、もうひとつは小貝川。かつては本流と支流で、合流と分流を繰り返しながら、やがて一つの流れになって香取海(現在の茨城県・千葉県に存在していた内海)に注いでいた。
その流れのごとく、鬼怒川の龍神・鬼塚恕彦と小貝川の龍神・小貝山美姫は、深く愛し合う夫婦だった。
永遠と思われた絆――しかし、一六二九年。すべては一瞬で切れた。
江戸開発のため、利根川の東遷工事が行われ、かつて一つだった鬼怒川と小貝川は分かれた。これとは違う理由だが、二人も川の流れが変わったように、関係も断ち切られたのだ。小貝川側からの一方的な離婚宣言。理解も理由もないまま、愛は消えた。
四〇〇年年後――
近代化が進み、利根川水系は首都圏を守る組織として縦社会を築いた。
頂点に立つ利根川の龍神・利根野太郎の下、一次・二次と階級が定められる。
その中で、二人は利根野の右腕「三龍神」として初と弐と、再び隣り合うことになる。
地理的距離は近く、しかし心は遠い――それが運命というものか。
鬼塚恕彦の視点
俺は鬼怒川の龍神・鬼塚恕彦。利根川水系「三龍神・初番手」だ。
今日は月に一度の利根川水系上層部会議。群馬のみなかみ町、利根野さんの屋敷の一室だ。政治家の仕事以外でここに来るのは久しぶりだな。席に座り、ぼんやりそんなことを考えていた。 すると、隣に誰かが腰を下ろす。
「鬼塚さん、おはようございます!」
「おお、おはよう、瀬次郎君」
参番手の渡良瀬川の龍神・渡辺瀬次郎君だ。軽く会釈した彼は、手元の資料に目を落とし、読み始めた。少し間抜けな笑顔が、場を和ませる。
今日の資料、確か流域の水害対策に関する重要な議題だったな。
栃木県にも関わるから、後で県大精霊様に報告しないと…。
そういえば明日はまた早朝から県議会の会議だったよな。
・・・・全く、政治家と両立させようとすると本当に身が持たない。
そう心の中で呟いていると、離れた席から椅子の引きずる音。
瀬次郎君が「こんにちは」と会釈する声。
・・・・美姫だ。 俺は資料に目を落とすふりをするが、意識は彼女に引き寄せられる。小貝山美姫。三龍神・弐番手。かつての妻。
いや、もう違う。 その名前を思うたび、胸に鈍い痛みが走る。
一六二九年のあの言葉が蘇る。
「もう貴方とは一緒にいられません。出ていきます」
それが最後の会話だ。あれから四〇〇年、彼女とは一言も話していない。
わからない。なぜこうなったのか。俺が何を間違えたのか。
あの夜、彼女の寝巻の隙間から見えた無数の痣と切り傷。気のせいだったのだろうか?
色々美姫には疑問が多く問い詰めたいが、彼女は冷たく無視するだけだ。
・・・・きっと、知らない内に俺は取り返しのつかない過ちを犯したんだろう。
だから俺にできるのは、遠くから彼女を眺めることだけ。
資料に目を落とす彼女の横顔。青い瞳が、痛いほど美しい。
あの目をもう一度こちらに向けたい。それが身勝手な願いだとわかっていても。 ふと、美姫が「瀬次郎君」と声をかけ、顔を上げる。一瞬、青い視線が俺とぶつかる。
「・・・・・!」
その目は鋭く、氷のように冷たかった。はっきりと拒絶の意思。
胸が締め付けられる。俺は臆病にも視線を逸らした。
「はい?」
瀬次郎の呑気な声が、なぜか耳に痛く響く。
二人の愛は永遠のものだったはずなのに。美姫もそうだと思っていたのに。
そう思っていたのは、俺だけか。・・・・・いや違う。
あの優しかった美姫を、俺はここまで変えてしまったのだろうか・・・・・。
小貝山美姫の視点
私は小貝山美姫。小貝川の龍神。
今日は利根野さんの屋敷で、月に一度の最高幹部会議。
はぁ、憂鬱だ。だってあの人が来るから。 会場に着くと、案の定。
鬼塚恕彦こと恕彦さんがいた。三龍神・初番手。かつての夫。
何事もないふりで席に近づく。
幸い、瀬次郎君が隣にいたから、最悪の状況は避けられた。
「こんにちは」と会釈してくれる瀬次郎君。
ありがとう、瀬次郎君。こういう瞬間に、密かに感謝しているわ。
資料を手に取り、読み始める。ページをめくるたび、指先に力が入る。
何度も読み込むふりをするのは、彼を視界に入れたくないからだ。
かつて流域も関係も密接だった。だけど、一六二九年を境にすべてを絶った。
それでも運命は意地悪だ。「三龍神」の立場で、同じ場に立たせるなんて。
紅い髪、端正な顔。数えきれない女性たちを魅了してきたのが、ひと目でわかる。
・・・あぁ、見るだけで腹の底から怒りが湧く。
あの男の腹黒さを知っているのは、私だけだ。
私は信じていたのに、あの男は私の身体と心を平気で踏みにじる様な奴だ。
自分の手は汚さず、周りの使える存在を操作して精神を蝕んだ・・・!
思い出すだけで体中に刻まれた切り傷と剝がされた鱗の跡が疼く。
私がどれだけ傷ついたか…。
許せない。こんな男が初番手だなんて。
いつか必ず抜いてやる。実力で初番手の座を奪い、彼を見下ろしてやる。
この屈辱を、絶対にわからせる・・・・・・!
ふと、嫌な視線を感じる。瀬次郎君に話しかける口実で顔を上げる。
予感通り、恕彦の金色の目と視線が交錯した。
高貴な貴族の出身特有の、優しく気品ある目__でも、すぐに彼は慌てて顔をそむけた。
その瞬間、胸がざわついた。
いや、違う。これは私を貶める演技だ。
そう言い聞かせ、氷のような目で彼を睨み、拒絶の意思を叩きつける。
あの時から今まで、彼への不信感は変わらない。
あの男が囁いた言葉、周りを操る甘い笑顔。私は今でも覚えている。
幼いころは夢を見ていた愛も永遠も、すべて幻だった。
きっと彼は私の怒りにすら気づいていないだろう。
むしろ、自分の自惚れの為のトロフィーの一つとでも思っているんだろう。
そういう男だ。
・・・・・・なのに、なぜ?
憎いはずなのに、時折胸が締め付けられ、涙が溢れそうになる。
嫌いなはずなのに、彼を見るたび惨めな思いがこみ上げる。
私があの人をまだ好きなんて、そんな事ありえないのに・・・・。
____でも、もっと私が深く愛していれば、こうはならなかったのかな。




