コンティンジェンシー
「拙者はこんなところで油を売っている場合ではない。明日は殿にお目通りを」
「殿。とはどちらの?」
おい秀才。混乱しているのか。ボケに突っ込むでもなく話を広げるな。
「拙者は福山藩お抱え。仕えるは阿部正弘公である」
「ご丁寧な説明、痛み入る」
「うつってる感染ってる」
今度は真希が突っ込む番だ。
「……私の知る阿部正弘公は何十年も昔の人物だがね。あんたいつの生まれのおひとだい?」
明治男が小馬鹿にするような口調で問えば、武士が真面目腐って答える。
「生まれは壬午だ」
「……同年の生まれだねえ」
「あっ意外と同い年? あたしたちも午年です」
バラバラな服装の四人の共通点が見つかった。異様な風体から年齢を測るのは難しいと思っていたところだ。
急に親近感が湧いてしまった四人は、一斉に残るひとりを見た。
「そちらは? 見たところ同じくらいのようだけど」
「……多分、俺も同じ。多分だけど。ひとっつくれえは違うかも知れねえ」
「おや。苦労なさったおひとなのかな」
「まあな。戦後のゴタゴタで、自分のトシも言えねえうちに親とはぐれてそれっきりだ」
「えっ……」
悪いことを聞いてしまった。手を口に持っていく真希を見て、昭和男が嫌な顔をする。
「その顔やめろ。別に珍しい話じゃねえだろ。今はフツーに生活できてる」
よく分からない状況は変わらないが、全員わりと積極的にコミュニケーションを取るタイプのようでよかった。
ぎこちなかった全員の表情が、少しずつ和らいでいくのが分かる。
知らない場所、知らない人物。
知らない人物、が同じ年齢の日本人、に変わっただけで、なんとなく安心してしまう。
なんとなくで生まれた一体感は、次に起こった出来事により、一気に強固になった。
木製の扉が、音を立てて開いた。
その場の緊張感が、一瞬にして高まる。
気づけば知らない場所にいた。それは、誰かしらが何かしらの力を行使してのことに違いない。その誰かしら、誘拐犯、に悪意がないとは考えにくい。
真希と同じことを、当然全員が考えている。
だから、武士は刀という武器を抜いて扉に向かい、明治男は懐剣の鞘を抜き払い、武器を持たない昭和男と寿明は、真希を背後に庇って扉から離れた。
「ここだったかあ。少しずれてしまったみたいですね」
扉を開けた人物は、のんびりとそんなことを言いながら、部屋に足を踏み入れた。
そして突き付けられた刀の切先に硬直した。
「なっ? ななななな⁉︎ どどどどうしました⁉︎ 落ち着いてください!」
誘拐犯のくせに弱そう。無防備。よかった、武士が倒してくれそうだ。
でもなぜ流暢な日本語。おまえ日本語喋る顔じゃないだろ。金髪碧眼系な顔の人は、無理せずアルファベットを並べた言語使いなよ。日本人を誘拐するために勉強したのか。親日家のフリした犯罪者外国人め。
「そこもとが拙者をここに連れて来たのか」
「そうですが違います! お話をさせてください!」
金髪碧眼男はなおも見事な日本語でわめいた。その語学力、もっと違うところで発揮すればよかったのに。
ズルズルしたローブを着ているところを見ると、新興宗教とかかもしれない。それやばいな。洗脳とか実験とか生贄とか、怖い想像しか出てこない。
「話も何もねえよ、誘拐犯が」
「だね。この人数をさらってくるなんて、単独犯ではなさそうだな。異国と繋がりのある組織か。どこだろう」
「おいサムライ、そいつふんじばって人質にするぞ」
「心得た」
「あっ、紐ならあるよ。カバンに社員証が」
「ネクタイがある」
やけにフォーマルな服装をしている寿明が、白いネクタイを不器用に解いて両手で持つ。
「……おのおの方、お覚悟を」
こいつを縛って人質に、で意見が一致していたはずの空気が、武士の緊迫した言葉に霧散した。
弱そうな金髪碧眼ローブの後ろから、武装した男たちが何人も姿を現したのだ。
「……討死、すべき場面ではないよねえ」
明治男は武器を懐に戻し、頼もしい武士の背中に向かってそっと声を掛けた。
武士はそれでも構えを崩そうとしなかったため、明治男が近づいて肩を引いた。
「やめておこう。私たちはよくても、婦女子がいる」
その言葉に武士はじりじりと後退し、金髪碧眼から充分な距離を取ってから納刀した。
明らかに日本人ではない武装集団が五人を取囲み、拘束はしないまでも抵抗出来ないように無言の脅しをかけた。五人は促されるまま、大人しく歩くよりほかなかった。
明治男を先頭に、昭和男が続く。彼らの左右には、誘拐犯の一味がひとりずつついた。
真希は寿明にくっついたままでいたが、無理に引き離されることはなかった。ふたりの後ろは、多分守ってくれているのだろう、武士が殺気を撒き散らしながらついて来る。
部屋の外も石壁だった。一定の間隔を空けて壁に埋め込まれた光る小石が、ぼんやりとした影をつくる。
「……ここ何? まさか日本じゃないのかな」
「……さあ。分からないけど、なるべく喋らないほうがいい。何が命取りになるか分からない」
確かに寿明の言うとおりだ。誘拐犯に自分からべらべらと情報を与えてやる必要はない。
成人男女を五人も誘拐することができる組織、どんな組織か想像もつかないが、少なくない人数がいるはずだ。
今のところ外国人ばかりに見える。最初の金髪碧眼ローブの他も、カラフルな毛髪と瞳の色だ。全員コスプレ姿。武装するなら自衛隊が着ているような迷彩服みたいな服のほうが手に入れやすく、動きやすいと思うのだが。
懐古主義の新興宗教とかか。徹底しすぎで怖い。
まさか日本の情報を得るために、ではあるまい。一般人の真希が知っていることなんか、来日旅行客でも簡単に手に入れられる情報ばかりだ。
誘拐犯の目的として一番に挙げられるであろう身代金は、もっと金持ちの子どもを狙うべきだろう。まさか最近ニュースで聞く臓器ブローカーか。それならベッドに拘束するべきだ。
この犯罪組織の目的がなんなのか、まったく分からない。
(無理矢理コスプレ仲間にしたいとか? お姫様ドレスとかなら全然嫌じゃないよ。あーでも、そういうのは自分の結婚式まで取っておきたいかな)
最初はカップルばりに真希の肩を抱いていた寿明の右手は今、彼女の左手と繋がれている。
四年半振りの再会にしては馴れ馴れしすぎるが、心強い。
同窓会でされていたらドン引きしていたであろうその行為から、高校の同級生でしかない真希を守る意志がダイレクトに伝わってくる。
少なくとも左側、心臓が護られていると考えれば、多少は冷静な目で周囲の観察ができた。
武装だかコスプレだかしている男の集団は、金髪碧眼を除いて六人。
これはアレだ。古いお城に飾ってあるやつ。甲冑と槍、盾、腰に剣を差した騎士。
武士たちに負けず劣らず徹底した懐古主義だ。だから電気も使わず、得体の知れない小石を灯りに使っているのか。
真希はコスプレに付き合うのはやぶさかではないが、電気のない生活は無理だ。コスプレするなら、絶対写真は撮りたい。
(そうだ、スマホ)
現在地が分かるはずだ。コスプレとか写真とか、どうでもいい現実逃避なんかしてないで、早く気づけばよかった。
今の雰囲気でカバンからスマホを取り出す度胸はない。
(現在地確認もそうだけど。警察呼べるじゃん)
「……梶原くん、スマホ持ってる?」
こそっとささやくと、寿明はすぐにその真意を理解してくれた。
「ポケットに入ってる」
「あたしのはカバンの中。必要があれば、勝手に取っていいから」
緊急電話なら、暗証番号が分からなくてもかけられるはずだ。
「……ああ。僕のも」
彼氏でもない男のポケットに手を突っ込むのは嫌だが仕方ない。
「了解」
密着するふたりの後ろで、武士がつぶやく。
「……若いおなごが、人前ではしたない」
なんだとこの野郎。別にイチャこいてるわけじゃないし。
思ったが、確かに距離が近すぎたかもしれない。
真希は手は繋いだまま、さりげなく寿明から身体を離して視線を彼とは反対方向、つまり右側に向けた。
視界に入ったのは、昭和男の斜め後ろを歩く騎士だ。目が合ってしまった。こちらを見ていたようだ。
目出し帽、じゃなくて兜の隙間からわずかに見える顔が少しばかり赤らんだ。なんだその反応。だからそんな恥ずかしいことなんかしていない。怖いから唯一の知り合いにくっついていただけだ。痴女を見るような目で見るな。
不本意な視線は無視することにした。羞恥心よりも身の安全のほうが大切だ。
コンティンジェンシー 不測の事態




