TPO
最初の街で聞いたとおり、次の街まで何日も歩く羽目になった。
分かりやすい位置にある村に寄って食糧を補充しつつ休憩も取りつつ、少しずつ少しずつ魔王城に近づいていく。
日本人の身体を作ってきた米を入手してから、食事の中心は白米になった。暗くなる前に大量に炊いておにぎりを作り、翌日もそれを食べる。村に寄れば他の栄養素を摂取できるから、誰からも不満は出なかった。
だがしかし。
「おっ風呂〜おっ風呂〜」
毎日湯舟に浸かる習慣のある日本人としては、数日ごとのシャワーだけではストレスが溜まる。
シャワーは各家各宿にあるが、浴槽は城以外で見たことがなかった。
街壁に囲われた都市部に到着した。そこで浴槽のある宿はないかと訊いてみると、高級ホテルに案内されたのだ。これまで見た建物のなかで、城の次に立派だった。
城と同じような頑丈な石造り、サイズが小さいだけでほぼお城だ。中世感の強い外観を裏切るように、中は近世的な絨毯敷き、装飾を施された漆喰の壁、ロココとかバロックとかよく分からないが、そっち系のにおいがする。
大丈夫。金は無尽蔵にある。なんと言っても国家予算から引き出しているのである。銀行に行ってお金をもらってくればいいだけだ。最高だ。
問題は、長旅になりつつある徒歩移動続きで、全員の見た目がくたびれていて恥ずかしいことだ。
客はパニエを着けているほどではないが裾が膨らんだ長いドレスの女性、首のあれなんていうんだっけ、スカーフ的なものを巻いて長い上着を着た男性。
この世界の時代感がなかなか掴めない。
中世の城を出てからこっち、少しずつ時代が進んでいる気がしてきた。
いつもどおり、部屋はふたつ。そのうちひとつの浴槽を真希が使い、もうひとつの部屋を四人で順番に使うと決まった。
恨めしそうな顔をしつつではあったが、さすがに四人とも文句は言わなかった。
「風呂の後はご飯にしようか。久しぶりの街だし、また飲みたいな」
「賛成。真希は遅かったら置いていこうぜ」
「さすがに四人より遅いわけ」
あった。
水は豊富にあるという話だから、遠慮せず贅沢にシャワーを使い、シャンプーとトリートメントらしきものでしっかり頭を洗って猫脚のバスタブ泡風呂で少しうとうとしてしまった。
多分数分程度のことだったはずだが、身支度を整えて男部屋をノックすると、さっぱりした顔に呆れを見せる四人が待っていた。
「大変お待たせいたしました」
真希が大人しく頭を下げると、全員やれやれと腰を上げた。
うやうやしい仕草で男性陣に先を譲る真希の横を通りすぎかけた耕造がふと鼻を鳴らす。
「真希、珍しくいい匂いするな」
「お風呂いただきましたので」
フローラル系の甘ったるいシャンプーだった。少ししつこくて好きではないが、我儘を言う気はない。
他人がいい匂いと言うなら悪くないのだろう。
「こっちのと違う石鹸か」
部屋に漂う香りはミント系か。
フロントで風呂の話をした。先回りして男性用女性用と石鹸を変えてくれたのかもしれない。さすが高級ホテル。
「みたいだね。さっきまで全員臭かったのが改善されてよかったね」
「おまえは言うほど臭わないだろ」
「うそだあ」
まさか耕造は女は臭くない、なんて幻想を持っているのか。風呂に入らなければ普通に悪臭がしてくる。
「そうだよ。私たちと比べたら全然いい匂い」
「新さんが言うとほんとなんでもセクハラになるよね」
「あははは」
言われ慣れてきた新右衛門が笑って終わらせる。
「北村さん、新さんは本当のこと言っただけ。比べたら、って正直に」
「体臭の話はおしまいにしましょう」
部屋は二階だったため、一階のレストランに行こうと階段に向かった。その途中で、まず新右衛門が足を止めた。
彼の視線の先を見て、真希も理解して止まった。
高級ホテルは、紳士淑女が利用する場所であった。
くたびれた旅装のジャパレンジャーはあの中に入れない。恥ずかしい。
ここでも勇者御一行様として丁重な扱いは受けている。だからこそ、この格好でも部屋を用意してもらえたのだ。
「部屋に食事を運んでもらうよう頼もうか」
「そうしましょう」
回れ右したところに、ホテルの従業員が現れた。
「勇者様、もしよろしければお召替えのお手伝いをと思いまして」
服装問題が解決した。
「気が利かず申し訳ございません。旅の途中なのですから、御衣装はございませんよね」
言いながら、ふたりの女性がドレスを抱えて部屋に入ってくる。
(わーお)
城でもローマ風のドレスらしきものを着た。そのときは布が薄くて心許ないなと思っていた。
今はコルセットを絞められている。着慣れてないのでお手柔らかに、とお願いはしたが、それなりの締め付け感だ。
胸を強調まではいいが谷間丸出しは拒否して、首からデコルテまでレースで覆われたドレスを選んだ。スカート部分は布を何枚も重ねてふんわりさせた若草色。
(やっぱり近世? 十八とか九世紀あたり?)
城は中世盛期かなという印象だった。建築も世界史も服飾の歴史も専門外だ。勉強不足が悔やまれる。
なんだろう、この変な感じ。知識が足りないからか、ぼんやりとした違和感、としか言えない。お約束、でスルーしていいのかな。
セミロングの髪は簡単にアップにして、化粧も少しだけ。メイク道具は真希が知るものと大差ないブラシやチップ。重たさが気にはなるものの無難と感じる色のファンデーションにリップ。
真希の仕上がりは、披露宴でお色直しをしてきた花嫁のようなものになった。
「おや、おまきちゃん綺麗にしてもらったね。素敵だ」
さすがの新右衛門がすかさず褒める。
そういう彼は、首にスカーフ、思い出した、クラバットだ、を巻いた貴族風衣装を着こなしている。上着は派手すぎない爽やかな色、裾は膝丈、下はスーツと同じ形だ。
男性陣はみな同じような格好で、新右衛門以外は着心地が悪い、と顔に書いている。
「孫にも衣装」
「耕造、今絶対漢字間違えたでしょ」
「七五さ」
気持ちは分かる。現代日本の庶民がこういう格好をするのは、結婚式か七五三の主役になるときだけだ。
「あたしが七歳なら梶原くんは五歳だよ」
女児は三歳と七歳、男児は三歳と五歳でする伝統行事だ。間違っていない。
「ブーメラン」
「とうっ」
「うっ」
真希が投げる仕草をすると、真顔のまま寿明が喰らったフリをする。
「無駄な時間だった。早う食べて寝るぞ。明日も歩く」
頭に月代隠しのバンダナを巻いたままの久道が全員を促す。
一番健脚の彼は、歩みの遅さに苛立っているのだ。口には出さないが、自分だけなら半分の時間で進めるのに、と思っている。
高級ホテルのレストランでは、これまで食べたものよりも凝った見た目の料理が出てきた。
フランス料理に近いだろうか。親戚の結婚披露宴で出されたフルコースに似ている。
ナイフとフォークを並べられたが、みなで持参した箸を使った。
日本のレストランでは珍しい光景ではないが、奇異の目で見られるのは面倒臭い。
我々は全員黒髪が目立つがじろじろ見られたくない、食文化もマナーも違うから、他人の視線を避けられる席を用意して欲しい、と頼んでおいた。
希望通りの席は、扉のない壁の向こう側に用意されてた。
「おぬしらはないふもふぉーくも使えるのであろう。そう気を使わずともよいぞ」
「あたし箸のが好き」
「俺も」
「洋食でも、やっぱり箸のほうが使いやすいよねえ」
ひとりで異世界転移とばされていたら、現地に馴染もうと努力したかもしれない。
だが心強いことに、ジャパレンジャーは日本人五人なのだ。それだけの集団になれば、堂々と箸を使っても平気だ。
「こっちの習慣に合わせる義理はないよね。どうせすぐ帰る予定だし」
寿明の言葉は、多分全員が自分に言い聞かせていることだ。すぐ帰る。すぐ元の場所に帰れる。
「ひーちゃん、ステーキちょっと食べてみる? あたし切るよ」
人の皿を取って自分の前に置くことも平気だ。他人の視線はない。
「かたじけない」
久道は包丁は使えても皿の上でナイフを使ったことがないのだ。
「いいえ。いつもご飯作ってくれてるもんね」
真希と寿明は炊飯器でしかご飯を炊けない。耕造も電気釜という名の炊飯器を使っている。新右衛門はお坊ちゃんのため炊飯経験なし。
手に入れた米は、久道ひとりの炊飯技術に頼って食べているのだ。
「肉もいいけど、やっぱり白米を食べると元気になるよね」
「日本人はねえ」
「久道様のおかげです」
四人で久道を拝むことにする。
「うむ。苦しゅうない」
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