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ペンディング

「北村さん、発言には気をつけようね」

 ターラの寝台に座る真希に向かって、腕組みプラス呆れ顔の寿明が説教モードになる。

「発言」

 何か余計なことを言っただろうか。心当たりがない。

 答えを求めて久道を見るも、彼も首をかしげるだけだ。

「魔王を倒さないといけないのか、って」

「ああ」

 言った覚えはあるが。それの何が問題なのだ。

「北村さん、本当に令和のひと?」

「梶原くんがそうなら、同級生のあたしもそうだと思いますが」

「新参者が集団の常識を疑ったらどうなるか考えてみようか」

「?」

 新入社員が、会社の常識、例えば死語を連発する慣習を変じゃないすか、と言ったら。

 育休中の先輩はどうするかな。

 変だけどね。頑張って慣れよ。おじさんは今更変われないから、そういうものだと飲み込むしかないの。

 共感してくれるだろうけど、宥める、諭す、そんなところだろうか。

 営業の先輩なら。

 ああ? 新人が余計なこと考えてる暇あったらさっさと仕事覚えろ。

 言いそう。あの言動、パワハラで訴えてやりたい。

 課長は。

 ………………。

 舌打ちと共に無視されるか。これもパワハラじゃん。

 その他のおじさんたちも、小娘が面倒臭えこと言い出したぞ、と知らんふりしそうだ。

「……スルーされる?」

「そうだ。北村さん平和な世界に生きてるひとだった」

「梶原くんと同じ世界の住人のつもりだった」

「子どもの頃にイジメを目撃したことくらいあるだろ。誰々を無視しよう、イタズラしてやろう、って空気に異を唱えた子の末路は?」

「イジメの標的に」

 強い子なら問題ない。強者の言葉は大きい。

 自分を守るすべを持たない子の正義感は、その子自身を守ってはくれない。

 そんなの間違っている、という話ではない。寿明は、それが現実だと言っている。

「小学校も高校も、大人も同じ。ましてや魔王なんて絶対悪を倒そうって言ってるところに水を差したら、殺されてもおかしくない」

「……ははあ」

「異端。分かるだろ。僕たちの考えは、この世界ではきっと異端視される」

 そんな大袈裟な、なんて言っても無意味だ。多分寿明が正しい。

 真希だけの問題ではない。

 ジャパレンジャーは五人一組の扱いだ。真希がヘマをすれば、彼ら全員も巻き込んでしまうのだ。

「……ごめんなさい。気をつけます」

 部屋の隅でふたりのやりとりを聞いていた久道が手を挙げる。

 この武士はいまだに真希との距離を測りかねて、可能な限り離れているのだ。そんな野生動物と見せかけて、真希たちの真似をして手を挙げるノリの良さが可愛い。

「はい、久道くん」

 真希と同じ感想を持ったのか、いくぶんか柔らかい口調になった寿明が掌を久道に向ける。

「これまで考えてもみなんだが、おまきの言うことも一理ある。何者かも分からんモノを斬れと言われて斬れるものでもない。迂闊な発言には気をつけろという寿明の考えも分かった。その上で問う。これからどう動くのだ」

「久道はどう思う?」

「分からん」

「きっぱり言ったな」

「分からんが、拙者は義なき剣を振るう腕は持ち合わせておらん。これはいくさでも仇討ちでもない。ゆかりのない者のために、いわれなき罪に問われる者を斬ることはできん」

 久道は、分からん、と言い切る姿にすら迷いがない。武士の心身には太い一本の芯が通っている。

 いにしえの武士に憧れの目を向けた現代っ子のふたりは、こうべを垂れることにした。

「トイレットペーパーの芯でごめんなさい……」

「あたしはラップの芯です」

 芯の中は空っぽだから、人間としての筋を通すことなんてできない。

 この村の人々や、幼いターラのために魔王討伐頑張ろう、なんて気概は持てない。

 久道の剣の腕はただの戦闘力ではない。彼はきっと、正義が見つかりさえすれば迷いなく魔王を斬るのだ。

 真希も寿明も、自分たちが無傷で帰ることを最優先事項としている。

「そっちのほうが硬いな」

「社会人だからね」

「何の話をしておる」

「ひーちゃん大好きって話」

「む」

 あ、照れた。やっぱり可愛い。

「予定通り、可能な限り早く魔王城に向かおう。その道すがら魔族の情報を集めればいい」

「近くまで行けば、知ってる人もいるかもだしね」

「では今後のことはそれから考えるということか」

「だね。じゃあ寝よっか」

「おいサイコ眼鏡。おまえは床だ」

「僕病み上がり。同じく病み上がりのひーちゃんとふたりでベッドで使うから、北村さんは床で寝て」

 寝る前にいちいち小ボケを挟まないで欲しい。最終的には真希にベッドを譲るつもりのくせに。

「拙者は、」

 狭い高いベッドで男とふたり寝は嫌だ。だが床で寝るためには真希(おなご)の隣で眠らねばならぬのか。

 分かりやすく葛藤した久道は、しばしの逡巡の後に黙って寿明を引き摺り下ろした。

「ひーちゃんありがと。おやすみ」

「うむ。おまきもゆっくり寝め」

「ちっ」

「梶原くんは寝物語にひーちゃんに武士道語ってもらいな」

「やっぱり武士が一番いいかなあ……」



 寝る前に寿明が意味深につぶやいてみせた言葉は、多分初日の夜に言っていた話だ。

 万一ジャパレンジャーが決裂するような事態になったら、武闘派ひとりに仲間に入ってもらいたい。

 五人で仲良くやれていると思っていた。

 立て続けに出た体調不良者のためにみんなで協力した。腕に自信のある者は弱い者を庇うように動いて、庇われるだけの真希はせめてもと思い、警戒されにくい性別を活かして現地住民に友好的感情を持ってもらえるよう振る舞ってきた。

 寿明もそうだと思っていた。

 だけど彼はまだ、仲間を信じきれていないのだ。

「今日はここらで野宿かな」

 ざっくりと見せかけて意外と縮尺が正確な地図と周囲の地形を見ながら寿明が提案する。

 川に近過ぎず遠過ぎず、野外炊飯に適していそうな隙間が木々の間に見える。

 太陽が傾きはじめてからの時間を計算しても、野宿の準備をはじめる頃合いだ。

「そうだね」

 新右衛門はすぐに賛成し、馬を街道の端に寄せる。

「俺はテント張る」

「久道にはご飯を頼みたいから、私が馬を連れて川に行ってくるよ」

「じゃあ僕らは枝拾いしてこようか」

 野外活動に不慣れな寿明が真希を誘う。

「水汲みのが人手必要でしょ。あたし行くよ」

 馬に水を飲ませるだけでなく、全員分の飲み水と調理に必要な水とを運ぶのだ。重労働である。

「……確かに。じゃあ僕がそっち行くから」

「あたしは芝刈りね」

「洗濯はしないけど。川に行ってきますよ、おじいさん」

「おばあさんや、桃を楽しみにしてますよ」

 これが適材適所というものだ。それぞれが自分のできることをやって助け合う。

 焚き木を拾うことには慣れつつある。乾いた枝を選べばいいだけだ。

 残った三人はそれぞれ目視できる距離で作業に当たっていた三人だが、途中で久道が立ち上がった。

「やはり拙者も川で米を研いでくる」

 確かにそのほうが効率がよさそうだ。

「お願いします」

 久道はしゃがんだまま送り出す真希を見て、作業中の耕造を見て、少し考えてから鍋を地面に降ろした。

「おまき」

 彼は腰に差した二本の刀のうち短いほうを帯から外すと、真希に差し出した。

「えっなんで? 要らないよ。使えないもん」

 両手をぶんぶん振るも、久道はぐい、とそれを押し付けて寄越した。

「御守り代わりだ。無事帰れるまで持っておけ」

「真希だけかよ」

 少し離れたところから耕造が文句を投げてくる。

「おぬしは、というか男は駄目だ。無駄に抜きたがるであろう」

「否定はできねえ」

「今は危ないことはなさそうだが、今後それが必要な場面になったら、耕造にでも寿明にでも渡して戦わせろ」

「なら最初から俺が持っててもよくね?」

「ふむ」

 久道は納得した顔になり、真希が両手で持て余し気味に持っていた脇差しを掴み、耕造のほうに向けた。

「いいのか」

 嬉しそうな顔になった耕造は作業を放り出して小走りで近づいてきた。

 彼は右手で柄を掴み、左手で鞘を、

「無駄に抜くなと言うたであろう」

 払おうとしたが叶わず久道にひったくられた。

「なるほど」

 普段刀を手に取る機会のない男子は、久道の日本刀に興味津々なのだ。

 拗ねる耕造に背を向けて再び久道が差し出した脇差しを、今度は真希は躊躇なく受け取った。

「素人が振り回すものではない。万一のときのみこの男に渡せばよいのだ。それ以外のときは絶っっ対に貸すな」

 武士の魂云々以前に、多分お高い刀なのだ。下手に扱って刃こぼれでもしたら、彼は静かに泣くかもしれない。

「承知しました」

「うむ。では行って参る」

「いってらっしゃいませ」

 お勤めにではなく川で米を研ぎに。

ペンディング 先送りすること、保留にすること

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