アテンド
米に執着する久道が可愛い。一見したところ堅苦しい態度のままだが、感情が分かりやすく顔に出るようになってきた。
長身の新右衛門に肩を叩かれている様子が、兄弟のように見える。
「新さんが長男かな」
唯一の妻子持ちだからか、一番大人の貫禄がある。
「急になんの話だい。確かに長男だけど」
「兄弟みたいだなと思って。四人兄弟設定を勝手に考えてました。新さん、梶原くん、ひーちゃん、耕造の順番がしっくりくるかな」
全員同い年だが。
「俺が末っ子かよ」
「万年反抗期だからね」
「この野郎。てめえはどの立ち位置なんだ」
耕造はやっぱり罵りながらも話に付き合ってくれる。
「家の前を犬の散歩しながら兄弟喧嘩を微笑ましく聞いてる通行人A」
「そこは隣に住む幼馴染あたりが定番じゃない?」
「梶原くん、そういう漫画読むひと? 逆ハー願望が湧いてこないメンバーだなあと思ってさ」
「北村さん、さらっと他人下げするとこ良くないと思うよ」
下げたつもりはないのだが。恋愛の相手にする気はない、というのは男性からすれば悪口になるのだろうか。面倒臭。
「ぎゃくはーってなんだ」
「長生きしたら分かる日が来るよ」
「いつだよそれ」
真希たちのやりとりを、ディーマとターラ母娘と村長は半分以上理解できなかっただろうが、それでも笑いながら見ていた。
近くを通り、興味を引かれたように見てくるひとは、村長と一緒にいる余所者が気になったのだろう。
それは分かる。
真希も会社に知らない人がいたら、あれは誰だ客ならお茶出しすべきだろうか別の支店の人なら放置で問題ないけど、と色々考えながらこっそり観察する。それと同じだ。
だが、あれはどういう反応なのだろうか。
別の村人が通りかかる。中年男性だ。毎日の農作業で鍛えた太い腕を持つ、いかにもな農夫。
彼は村長に挨拶をする。真希たちを見る。一瞬止まる。村長を見る。一瞬止まる。元の方向に向かって再び歩き出す。
目は合った。だが、その目はぎょっとするほど無表情だった。
寿明のポーカーフェイスは無表情なんかじゃないと、そのとき初めて気づいた。
無、とは今の農夫に相応しい言葉だ。感情が何も無い表情。
生理的な恐怖を感じた真希は、思わず後ずさった。
腕がターラの肩にぶつかった。
「あっごめん、ターラ。ふらついちゃった」
「大丈夫だよ。マキ疲れちゃった?」
「お腹空いてるんじゃない?」
「ああ。勇者様方にお食事の支度を。お仲間の方も合流されたので、急がれませんよね?」
村人は全部で四十三人いるらしい。
全員で同じ田畑の手入れをしているという。村全体がひとつの会社のようなものということだ。
村長の家で食事と泊まる部屋を用意してもらった。男二人の部屋だ。真希と寿明、久道の三人は、ディーマ親子の家に泊まることになった。
急なことなのでいつも通りの食事になりますが、といわれた食卓には、ジャパレンジャーの他に村長夫妻とディーマ家族、もうひと組の若い夫妻が同席した。
ジャパレンジャーは国を救う勇者という触れ込みだ。会食扱いになるならおじさん連中が集まるのかと思っていたが、年齢の近い村民を呼んでくれたということだろうか。
夕食に提供された白米を食べた久道は、目に見えて元気になった。肉には目もくれず、漬物代わりなのかピクルスをおかずにひたすら米ばかり食べている。
他の四人も白米を食べられることを喜んだが、持参した箸を肉やスープにもつける。
真希はブランド米のほうが美味しい、なんて贅沢はもちろん口にできないから、美味しいと思えるおかずのほうに気が向きがちだ。
「ひーちゃん、鶏肉ひと口でも食べて慣らしなよ」
「うむ。かたじけない」
「マキたちが持ってるそれ何?」
「お箸だよ。あたしたちの国で使う、トングみたいなものかな」
久道以外はフォークでも問題ないのだが、箸のほうが楽なのは共通している。ひとりだけ浮かせるのもどうかと思い、全員で使うことにしたのだ。
「ターラも使ってみたい!」
「ダメだ」
小さな子が初めて見るものに興味を持つのは自然なことだ。
だが中年の村長は、幼いターラの言葉を親よりも早く咎めた。
「えーなんで?」
「使えないでしょう。箸は扱いが難しいのよ」
ディーマに言われて、ターラはしぶしぶうなずいた。
ちょっと使ってみるくらい別にいいじゃん、とは思ったが、他人の育児に口出しする度胸はない。
「うちに泊まるならベッドはひとつしかないわよ。本当にいいの? 他の家に泊まってもいいのに」
村には宿がないから、他人の家にお邪魔するしかない。ターラはいつもひとりで寝ているが、今夜は真希に寝台を貸してくれるという。両親と一緒に寝られるとかえって嬉しそうだ。
「お気遣いありがとう。こちらの世界は素晴らしいとは思うが、未知のことも多々あるのが心配でね。なるべくひとりにならないようにと決めているんだ」
あなたたちを警戒している、と言ったも同然の言葉だが、新右衛門がにこやかにはっきり告げると、それはそうかという空気になった。
「そうですね。ご不安は同然です。若い方ばかり、ましてやこんなお嬢さんもいらっしゃるのだから。勇者様方には、我が国のためにまことにありがとう存じます」
「魔王という存在のことは、みんな知っているの? どんな奴なのかよく分からなくて」
魔法が使える、髪が黒い。それ以外のことは分からないと聞いている。
「存在自体は子どもでも知っています。帝国の端まで行けば、魔王城が見えるものですから」
最短でひと月後にその城を見ることになるのか。
「髪、ということは、姿形は人間と同じようなものと思っていいのでしょうか?」
「そう聞いていますね。黒い髪が魔族の証とされていますので。あなた方も魔法を使えるのでは?」
「使えないねえ」
「はあ……」
魔王城を見ることはできても、誰も魔族の姿を見たことはない。
「あのう。魔王って、なんで倒さなきゃなんでしょうか」
真希の口から疑問がこぼれ落ちた。
皇帝も街の人もこの場にいる村人も、勇者が魔王討伐するのは自然なことだと思っている。
何日もかけて歩かなければならない場所に住んでいるのだ。反りが合わなくても別々に暮らせばいいではないか。それでは駄目なのだろうか。
世界が滅亡するなんて、きっとただの迷信だ。いついつ地球は滅亡する、なんて予言が何度も流布しながらも存続しているのと同じように。
真希の言葉に、みなきょとんとした。何を言われたのか分からない、といったふうに。
彼女がもう一度口を開く前に、寿明が割って入った。
「魔王討伐の参考に、って話だよね。僕も知りたいです。どう危ないのか、どんな魔法が飛んでくるのか。城でも聞いてきましたが、皆さんの意見も取り入れて具体的な作戦を立てたい」
「おお。さすが勇者様」
魔族は人間の国を侵略しようとしているのです。それはご存知ですよね。
どう危ないか、ですか。そうですね。魔王城の近くまで行けばすぐに分かります。
奴らは天候を操るのです。魔王城の周囲は劣悪な環境で、奴らにとってはそれが心地良いので、人間の国も同じようにしてしまいたいのです。
あるときは灼熱、あるときは極寒、ローマは人間が住めるところではありません。国境近くは影響を受けてひどい有様です。
奴らに国を侵略されたら、植物は枯れ、動物は住処を失ってしまいます。
人間は弱い者から倒れていくでしょう。酷暑に身体が慣れたかと思えば、今度は寒さに凍えることになるのですから。
それを乗り越えて生き延びても、食べる物がないのですから、そこでおしまいです。
我々人間は滅んでしまうでしょう。
どうか勇者様、魔王を倒し、この世界を救ってください。
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