マター
「ひーちゃん、本当にすぐ元気になったね」
「言うたであろう。気合いで治すと」
武士怖。
「お茶飲んだんでしょ。あれ本当によく効くのよ。クセがないから子どもも嫌がらないし、女は普段から飲むといいっていわれているわ」
女将もそんなことを言っていた。多めに持って行きな、と茶葉をたくさん包んでくれたのだ。
整腸作用があるとかホルモンバランスを整えるとか身体を温めるとか、そういう効果があるのだろう。多分。ハーブティーだと思えば、過剰に警戒するものでもない気がする。
(梶原くんに確認したら、飲んでから言うなって怒られそうだけど)
「茶畑みたいな場所が近くにあるの?」
祖母宅の近所にあった畑を思い出して訊いてみる。あるならちょっと見てきたい。
「あるけどここからは遠いし、あの茶葉は専門店じゃないと買えないわよ。お城の薬師様がブレンドしたものだから」
「薬扱いなんだ」
茶葉の成分だけではないということか。ますます怒られそうだ。
「それに近いわね。茶畑はもっと先の村で見せてもらうといいわ。うちの村は今、米と夏野菜担当なの」
「担当」
「? 不思議?」
「……よく分からない。村ごとに作る野菜を決めてるってこと?」
「そうしないと大変でしょ」
村全体で同じ種類の野菜を育てるなら、肥料や農器具の貸し借りも楽だという話だろうか。効率がいいとは思うが。
「ふうん?」
国が決めたのだろうか。ずいぶん細やかに統治されているものだ。
「村に着いたら、田んぼ見せてあげようか」
「うん。ありがとう」
「主人が怪我をしておるなら大変であろう。拙者も手入れを手伝おうぞ」
「あらありがとう。嬉しい」
先行した寿明と新右衛門とは、村の手前で会えた。
ぱんぱんの巨大な麻袋を馬の背に乗せて、ふたりで歩いていたのだ。
街に戻ろうとしていたふたりと馬を回れ右させて、村に向かうことにした。
久道の具合を訊ねる寿明に、真希は事の経緯を説明した。
「お茶」
真顔で見下ろされた。
「ハーブティー。みたい、なもの、かなって。思って」
「薬代わり」
「漢方、的な?」
「北村さんさあ」
「ごめんなさい。医学部生様の言い付けに背きました。でも女将さんたちも飲んでたし、自分でちゃんと毒味もしたから」
「弱ってるひーちゃんもだけど、北村さんが毒味したら駄目でしょ」
「過保護か。俺も飲んだ。久道は茶が効いたのかは不明だけどすぐ回復した。別にいいじゃねえか」
「……危険な役は体の強い人間から順にやらないと」
「正論だね。でも気にしすぎもよくないよ。すでにみんな色々食べたり飲んだりしてるんだし。ここの人間に合うものは大体私たちにも合うだろうって言ってたじゃないか」
「甘いな。北村さんは新商品は試してみないと気が済まないひとだぞ」
「よく憶えてるね。てかなんで知ってるの」
「教室で納豆クリームぜんざい食べてる北村さんを思い出したんだよ」
「あー。あれは失敗だった。納豆クリームパスタ好きだからイケると思ったんだけど」
「聞いただけで不味い」
「そうかな? 私はちょっと気になる」
「新さん、さては仲間だな。帰ったら試してみなよ。ぜんざいに生クリームと納豆載せるだけだから」
「話を逸らすな。反省しろ」
自分がはじめた話なのに。医学部生しつこい。
「してますー」
「……北村さんの先祖、人類で初めて海鼠食べた人だよね」
「何それ。悪口のつもり?」
「こっちの勇者様はマキのことが大事なのねえ」
にこにこするディーマを、寿明は無表情のまま見下ろした。
表情は変わっていないのに、初対面の人間に対する警戒心が見えてしまう。
「自分、夫なんで」
「その設定もう終わったよね」
「そうだった。じゃあ、えっと……大事なひとですから。でいいや」
「演技するフリくらいしろや」
村、の名から想像したとおり、街のように長大な壁に囲まれてはいなかった。壁の代わりに樹木がぐるりに生い茂っている。
街のような集合住宅ではなく、戸建てばかりが密集している。おそらく森の木でできた家。
畑や田んぼのようなものは見えない。
真希が住宅地と農地を分けているのだろうかと考えていると、ターラが手を引っ張ってきた。
「マキ、こっち」
「待って。まずは村長に挨拶に行きましょう」
「村長さんなら、先ほどお会いしましたよ」
「米を分けていただきました」
ジャパレンジャー長身組に見下ろされて、ディーマは半歩後ずさった。
「マキたちが小さいから、見下ろされたらびっくりしちゃうわ。大きい勇者様もいるのねえ」
黒髪イコール魔族の証を持つ大きな男は怖いだろう。
それでもその気持ちを隠そうとするディーマは賢いひとだと真希は思う。文化水準が現代日本より劣っているから知性も期待できないだろうと、無意識のうちに下に見てしまっていた自分に気づいて、密かに恥じた。
短身組の男ふたりが嫌な顔をする。
「チビで悪かったな」
「拙者は背が高いと言われて育ったのだが」
江戸時代の人々は食料事情が違う。真希と同じくらいの身長の久道でも大きいほうなのだろう。
「ひーちゃんはこっちにいる間に少しずつ肉を食べるといいよ。年齢的に、もう少し伸びる可能性がなくもない」
「む」
米を切望していた久道が、寿明の言葉に肉食に興味を示した。
「ちょっとずつにしようね。鶏肉で雑炊とか作ろうか」
「鍋にしようぜ。で、〆に雑炊な」
「賛成」
農村の長は中年の男だった。彼は表向きジャパレンジャーを歓迎し、田んぼの見学も快諾してくれた。
田んぼを見るのに許可? と首を傾げていた真希だが、目の当たりにしたものに思考停止してしまった。
「なにこれ」
「なんだろうね」
「……巨大なビニールハウス?」
「ビニールどこ」
「どこだろ」
村に入ってすぐ農地が見当たらなかった理由が判明した。
住宅地の向こう側に、その巨大な田んぼは広がっていた。
「米だ……」
久道は嬉しそうだ。まだ緑色をした稲穂に目を輝かせている。
「……米って屋内で作るんだっけ?」
「なわけあるか。おまえ都会っ子か」
「都会育ちの若旦那でございます。田んぼを見たことくらいはもちろんあるけど」
それは、街と同じような壁に囲まれていた。
現在の気候は秋、もしくは春のもの。数日前まで真希がいた日本と同じような気温だ。
ここオスマン帝国は常春の国だと聞いている。
なのに、壁の内側は暑かった。これは真夏の空気だ。
緑色の稲穂が目立つ田んぼの他に、畑もある。そこにもやはり、鮮やかな緑の葉や、夏らしい濃い色の野菜が生っている。
視線を上げると、空が見えた。と思ったが、よく見ればそれは、透明な天井だった。
「えええ……」
ビニールハウスではないが、これは巨大な温室だ。
森の中、壁と透明な何かで囲われた巨大な温室があった。
外は快適に過ごせる気温なのに、温室で農作業をする人々は、滝のような汗をかいている。
広大な農地にぽつぽつと見える人々は、薄い色なのであろう髪を日除けの麦藁帽子で隠し働いている。
「……これ、魔法?」
真希が恐る恐る訊ねると、ディーマが首を傾げた。
「これ? 農場のこと?」
「うん。なんで暑いの?」
「魔法具の力よ。村長が管理しているの」
「はあ……」
魔法。
異世界から人間を召喚し、未知の言語を自動翻訳し、食物を育てるため巨大空間の空調管理をする。
なんと便利な力だろうか。そんなになんでもできるなら、ついでに特殊能力を授けて欲しかった。
「あの太陽もフェイクだよね。外の太陽と位置が違う」
「えっあれ空じゃなくて映像?」
透明な天井から外が見えているのだと思っていた。
「多分」
「ぎょええ……」
「二十代女子の感嘆表現」
「きゃあ」
寿明につられているのか、無表情で内容が無いやりとりをする癖がついてきた。真顔で内容が無いよう、までうっかり言ってしまいそう。
「稲刈りはまだのようだな」
「大丈夫よ。新米ではないけど、お米はちゃんとあるわ」
ディーマが慰めるように言うと、新右衛門が馬を指差す。
「ほら、もう分けてもらったってば。そんな肩落とさないで」
「うむ」
マター 担当、管轄




