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ユーティリティ

 お湯を飲んでから、久道は少し寝む、と目を閉じた。

 そうすると、真希と耕造はやることがない。暇潰しの道具はないし、同室で話をしていれば久道が起きてしまう。

「……話をするくらい構わんぞ。拙者は勝手に寝む」

「……はあい」

「……あいつやっぱすげえよな。鬼つええみたいだし、短時間睡眠でも平気だし、寝ると決めたら寝られるのか」

「あれが日本のサムライなんだね」

「かっけえ。サムライかっけえ」

「やかましい。普通に眠るだけだ」

「うるさいってさ」

「なんだ。やっぱうるさいと寝れねえのか」

 久道は目をつむったままくくっと笑ってから、健やかな寝息をたてはじめた。本当に寝てしまったらしい。

「……ひーちゃん、ちょっと休んだら出発しようって。なんかこのひと、ほんとにすぐ回復しちゃいそうだよね」

「まあただのハライタだしな。本人が大丈夫ってんなら出発しようぜ」

 真希も生理痛を押して出勤することはある。頑丈な武士が治ったと言ったら、信じてもいいのかもしれない。

 生理。そういえば予定日が近い。あれ。来ちゃったらどうすればいいんだろう。カバンの中にナプキンはあるが、緊急用だから二つだけだ。全然足りない。

 この世界の文化水準は、近世に入るかどうか程度に見える。使い捨ての生理用品の存在を期待するだけ無駄だろう。やっぱり布を当てておくしかないのか。

 そんなことに使えそうな布の用意はない。街道ではじまったら詰む。宿の女将さんに相談してこよう。

「耕造、あたしちょっと出てくるから、ひーちゃんのことお願い」

 念のためにとフードを被ると、耕造が制止の声をあげる。

「何しに行くんだ。俺が代わりに」

「外には行かないよ。女将さんに用があるだけ」

「だからなんの」

「耕造くん」

「なんだよ」

「君、同棲経験あるんでしょ。女の事情くらい察しろ。男は話の邪魔だ」

「…………」

「いってきます」

「…………いってらっしゃい」



「あらあらあらあら」

 四十代くらいに見える宿の女将は、目を丸くして真希の相談に乗ってくれた。

「困ってます。てかこれから困ることになりそうです」

「そりゃそうよ。そうですよ!」

「そうよ、で大丈夫です。勇者とか言われても、まだ何もしてないんで」

「あら、そうお?」

 女将さんは客不在の食堂のテーブルを拭きながら、すごい勢いで喋った。

「あ。お手伝いします」

「あらあら、そんな」

 言いながらも布巾を渡されたから、端のテーブルから拭いていった。




 あらあ。若いのにしっかりしてるわと昨日から思ってたけど、あなた几帳面なのねえ。仕事が丁寧だわ。うちで働いてもらいたいくらい。

 でもそんなわけにはいかないわよね。魔王を倒しに来てくださった勇者様だもの。

 こんな若いお嬢さんが。他の方も若いけど、女の子にそんなことをさせるなんて、魔法具様も酷なことをなさるわ。

 男連中と一緒に歩くだけでも大変でしょう。酒場の男どもはジロジロ見てくるしね。大丈夫よ。昨夜は近くの席は近所のおばさんたちを呼んで座らせておいたから。

 ほら、昨夜飲んでるとき近くにうるさいおばさんがいたでしょう。

 うちは夜はおっさんかじいさんしか来ないからね。あなたみたいなお嬢さんがいたら目立つのよ。だからバカなことする奴が出てくる前におばさん連中で周りを固めておいたの。

 大丈夫大丈夫。みんな勇者様の近くで飲めて喜んでたから。

 ええ? 黒髪ったってそりゃそんな目で見る奴もいるけど、そんなの本気で言ってるのは迷信深いバカだけよ。黒っぽい髪なんか別にそこまで珍しくなんかないわよ。

 ただねえ。やっぱりこんなに綺麗な黒は初めて見たかしら。それでみんなちょっとビクついてるところはあるかもね。ごめんねえ。昨夜もなんか聞こえちゃったんでしょ。

 お嬢さんはこんなにいい子なのにねえ。ありがとう、手伝ってくれて。

 それでえっと、アレねアレアレ。分けてあげるわ。使い方も教えてあげる。

 ……え、でもあなた、始まっても歩かなきゃいけないの? 無理よそんなの、無理無理無理。

 他の勇者様たちも若い男なんだから、どうせなあんにもしてくれないわよ絶対!




「……おっせえなと思ったら」

 部屋から出てきた耕造がぼそりとつぶやいた声は、真希にまでは届かなかった。

「あっ耕造! ごめんごめん、遅くなって」

「何やってんだおまえ」

「えー? 何って言われても」

「ねえ?」

「ねー」

「………………」

 真希とお茶をしていた宿の近所のおねーさま方は、楽しそうにけらけら笑った。

 対照的に無言になる耕造に女性が怯むのを見て、真希は声を高くした。

「あっごめんなさい、このひとまだ反抗期終わってないから攻撃的で」

「あんだとてめえ」

 耕造は反射的に青筋を立てるが、反抗期、の単語を聞いたおばさま方は余裕の表情だ。

「ほらあ、すぐそうやって凄む。やめてよね」

「おまえ何やってんだ」

「お茶いただいてたの。耕造もおいでよ」

「ぜってえやだ」

「まああ。そうよねえ、おばさんたちのおしゃべりなんて付き合ってらんないわよねええ」

「そりゃそうよ。大人しくお茶に付き合ってくれる男の子なんかこの世に存在しないって」

「勇者様もおんなじなのねえ」

「お嬢ちゃんも苦労するわねえ」

「そうなんですよう!」

 拳を握った耕造は、なんとかそれを振りかざすことなく会釈らしき仕草を見せた。

「……久道のとこ戻る」

「あっ待って待って。耕造もこれちょっと飲んでみてよ」

「あんだよ」

「威嚇しないでってば。これ、身体を温めるお茶なんだって。腹痛にも効くって話。味見してみたけど、ひーちゃんも飲めそうじゃない?」

「…………」

 失礼だから言えないが、味見というより毒味のつもりだ。元気な真希の毒にはならなそうだった。久道も問題なく飲めたら、漢方くらいのつもりで茶葉を分けてもらったらどうかと思ったのだ。

 耕造にもその意図は伝わったはずだ。

 彼はぐい、とひと口飲んでから、その場に五人ほどいる女性陣を見回した。

「…………ありがとうございます。飲ませてみます」



 午過ぎに街を出ても、目指す村にはその日のうちに着けるという話だ。

 来たときとは反対側にある関所を通って、てくてく歩いていく。そろそろ歩くことにも飽きてきた。

「「「じゃんけん、ぽん!」」」

 だから定番の遊びをはじめてみた。

 耕造も久道も違う掛け声を使おうとしたが、真希に合わせてくれた。ディーマとターラもすぐにやり方を覚えた。

「っしゃあ!」

 拳を掲げたのは耕造だ。

「「「じゃんけん、ぽん! あいこで、しょっ」」」

 勝敗がついてしまった。

「ふむ。負けは負けだ。ターラも頑張れるか」

「がんばるよ!」

「あたしは頑張れない……」

「おら、真希もしっかり押せよ」

「ディーマさん、ターラ、揺らしちゃえ」

「えーい」

 きゃあきゃあとはしゃぐ甲高い声が響く。

「おまき、やめろ。馬が驚く」

 宿の女将が近所の女性に声を掛けてお茶会を開いてくれた。

 そこに出席したひとりが提案してくれたのだ。

 男のなかに女の子ひとりだと大変でしょ。そこの村から母子で野菜を売りに来てたから、途中まで一緒に行きなよ。

 紹介してもらったのが、三十代くらいの明るい金髪のディーマと娘のターラだ。

 旦那が怪我しちゃったから、ふたりで荷車を引いて来たんだよ、とのことだった。

 最初は黒髪に腰が引けていたディーマだったが、八歳のターラがはしゃいでくれたおかげで明るい道中となっている。

「女三人に押させた俥に男ふたりが乗るっておかしいでしょ!」

「乗りたいなら勝てよ。それにほとんど馬が引いてるじゃねえか」

 安定感のない手押し車の引き手を馬に繋いで、後ろから真希と母子の三人で押しているのだ。

 時折わざと揺らされる車にしがみつきながら、久道が提案する。

「拙者は次ぐーを出すぞ。ターラは何を出せばいいか分かるな」

 と言う奴は絶対チョキを出すのだ。間違いない。

「うん! ひーちゃんありがとう!」

「ひーちゃん言うな。おまき、おぬしのせいだぞ」

「「「じゃんけんぽんっ」」」

「ぎゃっ」

「疑り深いと人生損するぞ」

「くっそー。もーいいよ。ディーマさんもターラも乗っちゃって。ひーちゃん一緒に頑張ろ」

「うむ」

 おなごに俥を引かせるなど、と抵抗していた久道は、勝ってもすぐに権利を手放してしまう。

 耕造は遠慮なく荷車に寝そべったままだ。その隣に、短時間で久道の人柄を見抜いていたらしい母子が笑いながら乗り込む。

「お父さんと来るときはね、帰りはいつもこうやって乗せてくれるんだよ」

「お母さんだけじゃ無理だって言ってるのに、この子聞かないから。助かったわ」

「いえいえ。こちらこそ。道分からなくて不安だったからよかった」

 ふたりは街から一番近い村から来たと言っている。寿明たちが目指して行った村で間違いないだろう。曲がる場所を間違えて入れ違ってしまう心配がないならと、三人も街を出ることにしたのだ。

ユーティリティ 効用・便利なもの

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