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コンティンジェンシー 二度目

 ジャパレンジャーの酒は明るかった。

 耕造もその後は笑いながら飲み、食べながら喋り、宴会のような場になってしまったことを楽しんだ。

「あー。明日仕事行かなくていいの最高……」

「だよなー。俺も医者と結婚して仕事辞めたい」

「駄目だよ。梶原くんはあたしと結婚するの!」

 すっかり出来上がった真希は、寿明の左腕に腕を絡ませながら部屋に向かう。

「……えーっと、北村さん?」

 対する寿明は少し嫌そうだ。掴まれた腕を引き抜こうとするが、うまくいかない。

「なあにー?」

「……これはヤバいかも」

「すげえ酔ってんもんな。女でコレはまずいだろ」

「女のくせには禁句って言ったでしょ!」

「耕造、ひーちゃんでもどっちでもいいんだけど」

「私は?」

「新さん以外で。どっちかこっちの部屋で寝てくれない?」

「なにゆえ」

 頼まれた久道が不可解な顔になる。カップルと同室は誰だって嫌だろう。

「間違いが起きたら困るから」

 間違いってなんだ。そういうことはできそうにないと言っていたくせに。

「今更何言ってんだよ。式挙げてないだけで実質夫婦なんだろ」

「それウソだから」

「あ?」

「ごめん。北村さんと僕はただの同級生。君らがどういう人物か分からなかったから、なるべくふたり一緒にいられるようにと思って嘘ついてた」

 寿明の告白に、新右衛門がケラケラ笑う。

「気づいてたよ! 君ら全っ然夫婦らしくないからね」

「む。さすが妻帯者は鋭いな」

 久道は驚いている。彼の感覚では、夫婦でもないのに男女が親しく同席するのはありえないのだろう。

「……いや、まあ、なんとなくそんな気はしてたけど。マジかあ」

「えー? じゃあ夫婦設定終わりな感じ?」

 真希が寿明の腕から離れると、彼はほっとした顔になった。

「夫婦設定なのに苗字呼びって、やる気なさすぎでしょ」

「それな。もちっと真面目に隠せよって話」

「はあ。ごめんなさい。そういうわけなんで」

「じゃあ新の字と真希が部屋交換すればいいだろ。こっちならベッド三つある」

「……それは」

 寿明が渋い顔になる。新右衛門がにやっとして彼の肩を抱いた。

「そうしよう。寿明、仲良く寝ようか」

「ひーちゃん代わって」

 新右衛門の手を払いのけながら、寿明は久道に向かう。

「なにゆえ」

「ゆえなけれども」

「はっきり言え」

「もー。どっちでもいいよ。梶原くんも男の子だもんね。楽しいところに面倒なのがひとりいて悪かったね!」

 男ばかりのところに女ひとり交ざったら揉めてしまうことは想定済みだ。真希にはどうしようもないところで責められているようで、楽しかった気持ちが萎んでしまった。

「理解はあるけど鈍いのか。面白がって悪かったよ。ごめんごめん」

「久道と新の字がふたり部屋使えよ。俺がこいつらと寝る。真希が寿明襲っても、久道じゃ対応できないだろ」

「あれっそっち?」

「ありがとう。これで僕の貞操は守られそうだ」

「そっちの心配? ねえ、おかしくない?」

「おやすみ〜」



 夫婦設定は思ったより早くなくなった。つまり気のいいジャパレンジャーに対する嘘はなくなったということだ。

 朝起きて、ベッドで眠る寿明と床に落ちている耕造を見て、真希は清々しい気持ちになった。

「おはよ」

 隣の部屋のふたりと合流すると、青い顔の久道が低い声で応えた。

「……おまきは酒が残ってないのか」

「うん。ひーちゃんは具合悪そうだね」

「頭? 二日酔いかな」

 寿明が医学部生らしく診察の真似事をはじめる。

「……頭もだが、わいんというたか、飲み慣れんものを飲んだせいか、腹具合が悪い」

「トイレ行っといれ」

 真顔で言うのが寿明ズム。

「ひーちゃん的には厠は川や、のほうが」

「さすが社会人。川じゃなく下水道に流すみたいだけど」

「よかったよね。街の臭いとか覚悟してたけどそうでもない」

「……厠は外だったか」

 いつも姿勢のよい久道がよたよたと階段を降りていく背中を見送ってから、四人は顔を見合わせた。

「あれ絶対、ワインのせいだけじゃないよね」

「生まれたときから米メインの食生活の人が、スパイスがっつりな肉料理食べたら胃がびっくりするか」

「今日移動させるの可哀想だな」

「米農家はこの先の村にあるんだったよね」

 久道トイレ不在の間に協議した結果、今日も二手に分かれることになった。

 寿明と新右衛門が馬一頭を連れて、米を調達しに行く。

 真希と耕造は久道の付き添いだ。

 朝一で出発する予定だったが、もう一日二日この宿に滞在することになってしまった。

 その旨宿の主人に伝えると、怪訝な顔をされてしまった。昨日は風邪っぴき、今日は腹下し、こいつら大丈夫かよ、と思っているのが伝わってくる。

 なんか文句あんのか、と無言で威嚇する耕造がいなくて真希だけだったら、無駄に謝ってしまうところだった。寿明がいても多分同じだ。こういう事態を想定してのチーム分けなのだ。


 耕造は真希に鍵掛けとけよ、と言って久道の様子を見に行った。

(黒髪差別、か)

 気づかない振りをしようと思えば出来る程度の忌避を思い出して、真希は自分のセミロングの毛先をつまんだ。

 門番、宿の主人や他の宿泊客からの視線の記憶だ。

 勇者、という言葉が耳に届いた。それと同時に、魔族、という単語も聞こえてきた。

 黒髪の者であれば、魔王城に近づいても攻撃されない。だから黒髪でないオスマン帝国民の兵は出せない。

 地理に詳しい案内役とか、世間馴れした世話係とか、戦闘を手伝ってくれる兵士とか。そういうひとたちがいないと無理です、と頑張っても、城からはひとりも付けてもらえなかった。

 ふざけんなよとキレたり、他人任せかと呆れたり、まあそんな信用ならん人間を付けられるよりはと達観したり、反応はそれぞれだったが、オスマン帝国の対応に嫌悪感を覚えたのは五人共通の思いだ。

 ジャパレンジャーは誰ひとりとして、この世界のためになんて考えていない。

 表向きは丁重に歓迎しながらも、黒髪に対する忌避感を隠せない連中だ。知らない世界を旅する五人を助けるために共に行動してもよいという人間がひとりもいなかった。

 歓待する振りをしながらも、連泊を申し込むと嫌な顔を隠せない。

 魔王城に転移装置があるという希望がなければ、こんな馬鹿げた依頼は無視しているところだ。

 帰らなくてもいいかも、なんて半分以上本気で考えているらしい耕造も、こんな場所には置いて行けない。


 静かな部屋に独りでいると、これまで騒いで誤魔化していた不安が襲ってくる。

 魔王ってなんだよ。魔族なんて知らない。オスマンとかローマとかふざけた名前の国の存亡なんか、真希には関係ない。

 嫌になる仕事をする必要があっても、令和の日本に戻りたい。日本にいれば、少なくとも身体的特徴で差別されることはない。

 泣きそうになる前に、ノック音と耕造の声が聞こえた。飛び付くように鍵を開けて、ふたりを室内に迎え入れる。

「ひーちゃん大丈夫? 横になってなよ」

 先ほどよりは顔色がよくなった久道がベッドに横たわると、真希は毛布を掛けてやった。もう一枚別の毛布を畳んで腹周りをくるむ。

「かたじけない」

「あったかいもの飲みたいよね。日本茶はないだろうから、白湯でももらってこようか」

 真希が立ち上がろうとするのを、耕造が制した。

「おまえは待ってろ。俺が行く」

 みんな周囲の視線には気づいているのだ。真希は耕造の言葉に甘えることにした。

「すまんな。すぐに発てればよかったのだが」

「ううん。昨日は考え無しに色々勧めてごめんね。ひーちゃんはああいうご飯慣れないよね」

「なんの。美味かったからうっかり食べ過ぎてしもうた。自業自得だ」

 うっかり食べ過ぎちゃったか。可愛いな。

 見慣れてしまえば、頭頂部がツルツルなのも可愛い。もう少し経って短い毛が生えてきたら撫でさせてもらおう。

「梶原くんたちが一足先にお米探しに行ってくれてるからさ。明日朝追いかけようね。合流したらお粥が食べられるよ」

 寿明が成分の分からない薬は怖いから飲むなと言っていた。だから寿明の風邪も身体を休ませて自然治癒を待つしかなかったし、久道も横にならせるしかすべがない。

 真希の靴擦れに実験的に塗ってみた傷薬は、悪いものではなさそう、という一応の結論は出してみた。他の薬についてはまだ分からないのだ。

「なんと。少し休んだらすぐに追いかけよう」

「無理しないの」

「無理ではない。子どもではないのだから、腹痛くらい気合いで治す」

「おいサムライ、腹痛に根性論出すな」

 口調を変えると、久道が固まった。

 真希はきっと、彼の中のおなごたるもの、像からかけ離れている。

「……面目無い」

 もらってきたぞ、の声とノック音が同時に聞こえてきたから、真希は鍵を開けるために立った。

 耕造が室内に入るとすぐに鍵をかけ直す。

 勇者様、と好意的であるのと同時に黒髪への差別意識も向けられているのだ。防犯意識は、ないよりあったほうがいい。

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