ケーススタディ
その夜は、大きな布を張った簡易テントの下、五人で並んで眠った。
発熱は見られるが咳等他の風邪症状はなく、静かに眠る寿明が真ん中、その隣に真希、久道、反対側に新右衛門、耕造の順に並んだ。
夜の森で獣に襲われることを危惧しての並びだ。
寝心地は非常に悪い。
仰向けになれば背中に地面のでこぼこが当たるし、左側からは緊張が伝わってくるし。
耕造も新右衛門も、寝相が非常に悪いと互いに証言している。おなごの横で寝るなど、と拒否する姿勢を見せていた久道も、怪我をしたら厄介か、と渋々真希の横に転がったのだ。
どれだけ悪いのだ、と他人のことを言えない真希も気になってしまった。彼らが病人にトドメを刺さないことを祈りつつ眠るしかない。
一日中歩いて疲れてはいたが、熟睡はできなかった。久道が獣除けの焚火に枝を足すために起き上がるたびに目が覚めてしまう。
久道はそれに気づいたようだが何も言わず、黙って枝をくべるとすぐ元通り横になる。
同じことを三度ほど繰り返すと、彼は耐え切れなくなったように溜め息をついた。火を見ながらマントを脱ぐと、テントから少し離れた場所にばさりと広げ、ぽんぽんと叩く。
「ここで横になるがよい。拙者はもう充分寝んだゆえ、朝までこうしておる。五人で固まっておらずとも獣くらいは追い払ってやる」
これは彼の優しい嘘か、単に超ショートスリーパーなだけか。どちらにせよ久道は、充分寝んだ、の自己申告が嘘に見えないくらいには元気な様子だった。
「……お言葉に甘えます」
「そうするがよい。明日も歩かねばならんからな」
真希はあまり神経質なほうではないが、親しくもない男ばかりとの雑魚寝はさすがに落ち着けない。屋根がなくなっても、寝返りをうっても他人にぶつからない場所でなら、多少は眠れる気がした。
ごろんと横になって目をつむる前に、焚き火に照らされる久道の横顔が視界に入った。最初は月代の形が面白いと失礼なことを考えていたが、だいぶ見慣れてきた。パチパチと小さな音を立てる火を無表情で見る彼は、努めて真希が横たわる姿を見ないようにしているようだった。
このカタブツ武士はきっと、信頼してもいいひとだ。少なくとも、男だからという理由で警戒すべき相手ではない。
「……虫除けの薬、効き目あるんだね」
城で持たされたもののなかに、火に焚べると虫除けになるというものがあったのだ。日中は気になった虫の気配がない。おそらく蚊取り線香のような成分が入っているのだろう。
「……ああ。確かに気にならんな。便利なものだ」
「ね」
「…………」
「ねえ」
「寝ろ。明日も歩くと言うておろう」
「……はーい」
翌朝真希が目覚めると、焚火の跡を片付ける久道と、荷物をまとめる耕造の姿があった。
「おう。起きたか」
「……おう。おはよー……」
「寝惚けてやがるな。川で顔洗って来いよ。寿明と新の字も行ったところだ。急げば追い着く」
真希だけが最後まで寝ていたらしい。これは彼らの気遣いなのだろうが、ひとり転がっているのを見られるくらいなら、起こして欲しかったとぼんやり思う。
「ぅい」
よろよろと立ち上がると、遠目に寿明の後姿が見えた。普通に歩いている。復活したのか。よかった。
そんなドン引きしてやるなよ、女の寝起きなんかあんなもんだって。などと言っている耕造の声は聞こえなかったことにすることにした。
「おはよう」
「おはよう、北村さん」
「おはよ。梶原くん、体調はどう?」
「おかげさまですっかり」
「嘘だよね。寿明も学習しないね」
「ごめんなさい。だいぶよくなったけど、もう一日休みたい感じです」
「医者の卵の診断?」
「人間歴二十二年の自己判断」
「なるほど」
「今日はこの後すぐ出発して、街に入ったら宿を取ってゆっくりしよう」
討伐すべき魔王の居城まで、徒歩一ヶ月という話だった。旅慣れない土地勘ない体力ない者の足では、その倍は掛かってしまいそうだ。
二ヶ月無断欠勤か。馘首決定だな。
川でざぶざぶ顔を洗うと、顔と頭がいくらかスッキリとした。そういえば、昨夜風呂に入らなかったことを考えれば不快感が少ない。日本とは気候が違うのかもしれない。
湿気が多い日本とは違い、昔の欧米に近い文化を持っているように見えるここは空気が乾燥しているのだろう。
二番目の街に到着したのは、太陽が真上に来るよりも早い頃だった。
スマホは充電切れ、そもそも通信機器にはならず時計も当てにならないのだ。仕方なく太陽の位置でなんとなくな時刻を推測するしかない。影のできる向きは変わらず、でもだいぶ小さい。つまり正午近くと考えればいいのだろう。
小学校で習った理科の知識だ。役立つ日が来るとは思ってもみなかった。
午前中に到着した街の城門で、城で渡された身分証明書を提示すると、簡易化された騎士装束の男が驚いた顔になった。
「……なるほど。皆さま黒髪ですね」
黒は基本、魔族の色だというこの世界の基礎知識は教わってきた。
それでも濃い髪色は遺伝しやすく、淡い髪色の両親から褐色の髪の子どもが生まれることもそう珍しいことではない。
黒と見紛う髪色を持つ子は、両親が揃って城に届出ると、証明書が発行される。言うなれば人間の血統証明書だ。
濃い髪色が問答無用で差別されるというわけではない、というわけだ。文化水準を鑑みると、ずいぶん理性的な制度な気がする。
真希たち五人は勇者証明書(実際の名前は不明)を発行され、肌身離さず持っているようにときつく言われている。
身分を証明できない黒髪は、迫害の対象になるとのことだ。
そんな恐ろしい話を聞いているから、街に近づいてからのジャパレンジャーは全員、フードを目深にしている。
真希は身分証を見た門番のつぶやきから畏敬の念ともいうべき感情を読み取り、フードを少し上げて視線を合わせた。
五人のように褐色を通り越した真っ黒、な髪はここに至るまで一度も見ていない。彼にとってはこれが人生初の黒髪との遭遇になるのだろうか。
畏敬、に畏怖、が混ざる瞬間を正面から見ながら、そんなことを考えてみる。
「勇者様。歓迎いたします」
「ありがとう。では宿を紹介してもらえるかな」
使用人に対する口調で訊ねたのは新右衛門だ。上から目線があまりにも自然なせいで、感じ悪さがないのがすごい。
「もちろんです。こちらで少々お待ちください」
勇者様、の伝説は民間にも広がっているらしい。伝説というには、人々は現実として受け入れるのが早い。
勇者が街にやってきた、わあ本当に黒髪だ、でも怖くないね、魔王を倒してくれるって。
最初に応対してくれた門番から話が広まったのだろう。好意的な視線とヒソヒソ話を浴びながら、真希たちは丁重に宿まで案内された。
「ああ、部屋はみっつあれば……」
「ふたつでいい。こっちの夫婦と、俺ら三人のぶんだ」
「私は」
「妻子持ちは黙っておれ」
チヤホヤされて、あわよくばとでも考えたのだろう新右衛門を、耕造と久道が押し除ける。
本調子でない寿明はぼんやりと、真希は冷めた目でそのやりとりを眺めていただけだ。
こういう人種って本当に存在するんだ。現代のチャラ男とはちょっと違うタイプの女好きだ。
「……まあ、相手の将来を考えてあげるなら、止めるべきだよな」
「だね」
勇者様との一夜の夢、で終わらない可能性がある。
新右衛門が去った後に子を産むことになってしまったら。その子は高い確率で、黒髪だ。両親が揃って届出ることが出来ない子どもはどうなるのだろう。
抜け道は存在するのだろうか。黒髪の子の父だと偽ってくれる男はそう簡単に現れるのだろうか。
未知の世界のことだ。慎重になるに越したことはない。
(てか一、二ヶ月程度女断ちすることもできないもの? このひとヤバくない?)
ケーススタディ 実際の事例をもとに課題や成功要因を分析し、学びを得る手法




