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ローンチ

異世界転移のお話は初なので緊張しています。


しばらくは週一投稿の予定です。最後までよろしくお付き合いくださいませ。


 真希(まき)、なんかおっさん臭がするよ。

 つい最近、友人にそんなことを言われたことを思い出した。

 その言葉に、二十二歳の北村(きたむら)真希は反論できなかったのだ。

 だって確かにおっさんくさいもん。


「うむ。しかしだな、武士たるものそこで逃げるというのは」

 世間では売り手市場といわれているが、三流大卒予定者に世間の風は冷たかった。大学四年の秋にやっと内定が出て、今年の春に入社した職場にはおっさんしかいなかった。

「ブシがなんだ。死にたいなら独りで死ね」

 いや、少し誇張した。だが似たようなものだ。

「ふたりともやめなって。いい歳してみっともない」

 あたし七月から産休に入るから、北村ちゃん、それまでに頑張って仕事覚えてねっ。

 事務所内にふたりしかいない女性の先輩のうちのひとりに、入社早々そう告げられた。ちなみにもうひとりは、午後早い時刻に帰ってしまうパートさんだ。

 わーそうなんですねっおめでとうございますう。

 しか言うことができなかった。

「でも他に方法、ないですよね。逃げずに死ぬか、死なないために逃げるか」

 生きるか死ぬか。

 仕事を辞めるか辞めないか。それが問題だ。

「馬鹿野郎。それどっちも詰むだろうが。逃げても行くとこないだろ」

 内定を取るのにどれだけ苦労したか考えると、はなから答えは出ているようなものだ。


「逃げても無駄なら、やるしかないでしょ」

 賢そう、だし実際成績優秀な高校生時代を送り現在医学部生である寿明(としあき)は眼鏡を指で押し上げて結論を出した。

 そう。

 答えは最初からそれしか用意されていないのだ。




「なるはやでよろしく」


 国王(多分)の口からそんな言葉が出たときには、真希は怪訝な顔をするしかできなかった。

 ファンタジー映画で見たような豪華な椅子、多分玉座というやつだ、にどっかりと座った恰幅のよいおじさん、もしくはおじいさん、に似合う言葉遣いではない。

 だが彼の側に立つ白髪のおじさんも、少し離れた隣の椅子に座る王妃的なおばさんも、真希たちの左右にずらりと並んだ騎士的なひとたちも、誰ひとりとして笑わない。

 せめておまえは疑問に思えよ、とチラ見した元同級生ですら、難しい表情を崩していなかった。

 つまりこの場で、場違いな台詞に怪訝な顔をしたのは真希だけということだ。

 あれっあたしの感覚がおかしいの? と不安になってきた彼女は、日本人らしい思考から神妙な顔を取り繕った。

「お引き受け兼ねます」

 即答、だがやんわりと明治男が王様の要求を跳ね除ける。

 素晴らしい。

 真希は心の中で拍手した。

「俺もだ。わけ分かんねえ」

 はっきりした断り文句は、昭和男も同様だ。

 懐メロ動画でしか見ない長髪はダサイが、きっぱりと言い切る姿が昔の少女漫画のヒーローに見えてくる。

「あ、君らに拒否権はないから。とにかくさっと行ってさくっと片付けてきてくれよ。一丁目一番地ね。全員野球で頼むよ」

 しかつめらしい表情に似合わない言葉選びをする王様(多分)の髪は少し白が混ざっているが、八割以上が明るい茶色だ。距離があるから瞳の色まではよく見えないが、黒ではなさそう。ふさっとした髭が似合っているところもそうだし、どこから見ても日本人の顔ではない。

 そんなひとが真希の職場の上司のような日本語を使っている。違和感がすごい。

「お国の一大事とお見受けした」

 その場にもうひとりいた武士がひとり納得したかのような発言をする。

 武士だ。何度見ても武士だ。テレビでしか観たことがない丁髷(ちょんまげ)に着物、袴、大小の刀。武士としか言いようがない。

「ちょ、待ってくださいよ。こんな話簡単に」

 よし、いいぞ。梶原(かじわら)くん。さすが秀才。さすが医学部。冷静だ。

「準備はどうするとか、補償とか、先に確認しないと」

 そうでもなかった。錯乱している。なぜ引き受ける方向で考えている。

(ちっ)

 これだから学生は。

 ここはひとつ、現代日本でバリバリ社会人をやっている真希がしっかりするしかない。

「弊社としましても、寝耳に水のお話で困惑しております。いったん持ち帰らせていただきます!!」

 必殺、先延ばしの術。



 つい数時間前は、こんな場所にいる自分を想像もしていなかった。

 真希は残業仕事を半べそで終わらせ、帰途についていた。

 秋が深まった二十一時の空気は冷たく、まだちょっと早いかな、と思いながら着てきた薄手のコートの前をきっちり閉めてから会社を出た。

(ちくしょー。昭和脳のオッサンどもめ。定時前に書類出すなってあれほど)

 あれほど、というほど言っていない。

 入社一年目の真希は、当然社内で一番発言権がない。仕事を教わっている身で文句は言いにくい。

 まだ力不足で、慌てて作成した書類に不備がないか心配で……。なんて言い方くらいで、時代に取り残された中年親爺たちに通じるわけがなかった。

 いつも通り、と言っても過言ではない。飲み会の予定がある日だけ素早く仕事を切り上げる彼らは、いつも通り定時数分前に資料を寄越してきた。

 これね、なるはやでよろしく。

 奴らのなるはや、はちょっぱや、と区別されていない。

 期限は、と無表情で確認する真希に、明日の十一時にアポあるからそれまででいいよ。

 それまで、を真に受けたら叱責確定だ。

 十一時のアポの場所は自社でない。渡された資料に記された企業は二十分はかかる場所にあり、しかもその先輩はボードに九時半からの予定を書き込んでいる。

 なるはや、ではなくちょっぱや、もっと言えば明日朝イチで完成された資料を寄越せ、である。

 営業事務として入社して半年程度である真希が任される仕事は難しいものではない。

 彼女が今求められていることは、二度同じ質問をしないこと、与えられた初歩的な仕事でミスをしないこと。

 それが難しいのである。

 確かに、育児休業中の先輩が残してくれたマニュアルは完璧だ。それの通り資料作成すればいいのだから、丁寧にやればミスする心配は少ない。

 どの取引先でも、資料の内容は数字以外ほぼ同じだ。毎日やっていればスピードも上がる。

 そう思っていたし、そう言われている。

 だがしかし。

 人間とは間違える生き物なのである。

 数字を打ち込む際に、桁を間違える、隣のテンキーを押してしまう。一文字違いの取引先名をコピペしてしまう。例外、の赤字を見逃してしまう。

 最後にあり得ない数字が出てきたら普通気づくだろう、と言われるが、新人はそこに気づけない。

 ミスを繰り返し、叱責を重ねられた真希は、ベテランの何倍もの時間をかけて仕事をしている。

 定時前に渡されて、はあ、と溜め息をついて三十分残業してから営業の机の上に資料を叩きつけ、お疲れさまです〜とにっこり笑っていた先輩のようにはなれない。

 朝イチでさっと作成してしまうのも無理だから、過剰なくらいの残業をするしかないのだ。


 シゴデキ先輩は、マニュアルとは別に、表紙に『自宅で読むこと、北村ちゃん以外閲覧禁止』とでかでかと書いた営業の取扱いまで残してくれている。

 曰く、誰々さんの頼みは期限を絶対確認すること。なるはや、は信じない。

 曰く、誰々さんの頼みはなるべく聞いとけ。見返りが大きい。好きなお菓子は普段からアピールすべき。

 曰く、部長の飲みに行くぞ、は気分で断っても問題無し、課長のはもっともらしい理由を添えること。お酒が好きなら行くのもよし。全部奢り。その代わりセクハラは断固拒否すること。これくらい、は厳禁。それセクハラです。と指摘することが大事。

 そんな個人別の注意事項とは別に、用語集まで残してくれた。


 なるはや なるべくはやく、の意味。社内ではちょっぱや(超速)と区別されていない

 一丁目一番地 最優先

 ガラガラポン 仕切り直し


 その他様々な意味不明な用語が記されていた。

 専門用語難しい……。

 マニュアルをもらった翌日に、早速泣き言を言ってみたら、先輩に笑われた。

 違う違う。専門用語じゃなくて、ただの死語。むかーしむかしの言葉だよ。わたしらが生まれる前にできたビジネス用語らしいよ。よく知らんけど。もう国内ではうちでしか使ってないんじゃない? すぐ転職するとかじゃなきゃ覚えたほうが社内コミュニケーションが円滑になるけど、取引先で使っちゃ駄目だよ。

 死語。昔流行った言葉なのか。この日本語のフリをした難解な単語たちは。

 聞いたことがない。絶滅危惧種を社内でこっそり育てているということか。それもう独自の進化を遂げてやいないか。

 頭に疑問符を浮かべつつ、素直な新卒の真希は少しずつ社風に染まっていった。

ローンチ 新しい商品やサービスを世に送り出すこと


作者は横文字のビジネス用語を撲滅したい派です。

誤用やこっちのほうが良くない?等のご指摘ご意見いただけましたら非常に嬉しいです。

多分軽率に修正、採用させていただきます。

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