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どうしても赤ちゃんがほしかったので神様におねがいしに行ったら・・・たいへんなことになりました  作者: ナナダイク


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第四話 追放されなかった元魔法使いは日本でのんびり暮らします! (2)

 2



 混乱の中、屋上庭園の端にある出入口へと急ぐ一行。

 その最後尾にグラグとカトーの異質なコンビもいた。

 歩きながら頭を突き合わせ覗き込むそれはカトーのタブレットである。


「巨人の映った監視カメラの位置とイルカ人間の殺害場所をパークマップに落とし込みますと⋯⋯このように、ほぼ一致しています。こいつが犯人で間違いないでしょう」

「⋯⋯ 《⋯⋯》」

「どうしました?」

「Жима дац иза? 《小さくないか?》」

「そうですねぇ。周囲の構造物から推測するに身長は一五〇センチ前後⋯⋯小学校高学年、いや中学生くらいでしょうか。しかも、この格好! 女の子ですよ!」

「...ХӀунда хьаьжира хьо сел ирсе? 《⋯⋯なんで嬉しそうなんだ?》」

「そんなことより、ここ! 記録された時の時間を見てください。ほら、こう移動してますよね」

「ХӀаъ. 《ああ》」

「⋯⋯気づきませんか?」

「? 《?》」

「この子、今こっちに向かってますよ。もしかしたら、もう」


 ドン! 

 

 カトーの言葉を遮るかのように庭園を大きな音が覆った。

 庭園に響いたその音は乾いた銃声でも勢いよくドアを開け放つ音でもない。グラグの脳裏にある記憶図書館。そこに収蔵された音コレクションの中に完全一致するものは見つからなかった。近い音として上げられたのは、ジェット戦闘機のソニックブームと大気圏に突入した隕石の破裂音である。どちらも衝撃波を伴う厄介な音だ。

 

 衝撃波の襲来に備え、とっさに身構えるグラグ。

 だが、その時はついぞ訪れなかった。


 低空飛行の戦闘機と火球の代わりに見えたもの、それは血飛沫の尾を引いて飛ぶ人間の頭部だった。

 断末魔の悲鳴を発する形に開いた口。驚愕に見開かれた双眼。首から連なる幾多もの臓器。

 美容師がヘアカット練習に使うマネキン頭がいくつも宙を舞う光景を目の当たりにして、カトーとグラグはものの見事に言葉を失った。

 

「ペナンガラン、いや、ガスーだったかな⋯⋯」

 最初に復活したのは意外にもカトーの方だ。


「東南アジアで仕事をした時に聞いた話なんですがね。首の下に胃袋と内臓をぶら下げて空を飛び回る生首の女妖怪がいるらしいんですよ。その妖怪がガスーとかペナンガランと呼ばれてるそうで」

 ゴトッと鈍い音を立てて足元に落ちてきたそれを無表情で眺めるカトー。

「彼らもコレを目撃したんでしょうかねぇ」

 血染めの金髪を顔に纏わり付かせてもなお美貌であり続ける顔立ち。一分前まで組織の広告塔であったあの女性だ。


 脳も心臓もまだ顔に繋がっているせいか、眼球が小刻みに動き、口もパクパクと動いている。

「自分が殺されたってことに気づいてないんですかね」

 カトーは頭のそばにしゃがみ込むと、そばにあったスーパーべナの植え込みから花付きの良い枝を二本手折った。

 そして、枝を箸のように使い、女性の腸を摘み上げると、それを彼女の口へと運んだのだ。

「ほ〜ら、お食べ。新鮮なホルモンだよぅ、おいしいかい? 自分の内臓が最後の晩餐になるとはね⋯⋯こんな死に方はし」


 シャンパンの栓が抜ける勢いでカトーの首が飛んだ。

 首から続く臓器の群れが口から万国旗を生み出す手品師の秘術を見ているようで不思議な爽快感さえ覚える。

 だが、勢いはすぐに萎えてしまった。それが姿勢のせいなのかは不明だが、飛び出そうとする背骨に鎖骨や胸骨、肩甲骨が絡まって、発射口を塞いでしまっているのだ。その間も首元から絶え間なく霧状の血液が吹き出し、カトーの顔や髪を濡らし続けている。

 

 それでもまだ意識や痛覚があるのだろう。

 女性の生首とは異なって、作る表情に生命の残滓が感じられる。


 苦悶に歪むその顔をグラグは直視できなかった。


 グラグはヒップホルスターから愛用のグロック42を抜くと素早く構えた。

 銃口の向く先はカトーの側頭部。グラグの苦悩が滲む目とカトーの微笑を纏わせる皮肉屋めいた目が交錯する。


 トリガーが引かれセーフティが解除された。同時に銃口から一筋の白煙がたなびく。

 着弾の勢いに押され、身を横たえるカトー。その口元は笑っているかのように歪んでいた。


 親友の最後を看取ってもなお、グラグから緊張感と警戒心が消えることはなかった。いや、さらに強く鋭さを増したと言うべきか。それは意図して強めているのではない。長年の勘と経験がそうさせるのだ。


 ここの屋上庭園はさほど広くはない。


 従業員にのみ解放された小規模なものだ。目立つ建物といえばガゼボだけ。あとは出入り口とガゼボを繋ぐ歩道の脇に設えたベンチくらいだろう。花壇と低木で構成された庭は季節がら色とりどりの花で満たされてはいるが、身を隠す場所は皆無と言っていい。問題があるとすれば、出入り口を覆い隠すように並び立つオリーブの木々だろうか。


 精神的にも体力的にも疲弊した従業員が安らぎを求め屋上にやってくる。扉を開け放つと、目の前には風に踊る豊かな緑葉が——みたいな狙いが明け透けな庭園レイアウトである。辛い現実との間仕切りという役目を負わされたオリーブには同情を禁じ得ないが、身を隠しつつ攻撃する場所としては最適解だろう。不利になればすぐ脱出することもできるのだから。

 

 今グラグのいる場所はオリーブの間仕切りを正面に据えた歩道の上だ。オリーブに実はなっていないが、代わりに様々な表情のマネキン首が枝の隙間に挟まっている。害鳥を寄せ付けないための対策グッズに見えなくもない。


「Хьо цигахь вуй? 《そこにいるんだろう?》」

 グラグが見えざる敵に声をかける。


「Хьо гайта мегар дуй? 《姿を見せてくれないか?》」

 反応はない。


「Ас блеф ца йо, хаьий хьуна? 《ハッタリじゃないぜ?》」

 マズルフラッシュが光る。


 手応えがあった。


 小枝が揺れ、葉の擦れる音がした。

 

 木の影から姿を現したのは一人の少女だった。


 鳥の巣を思わせる濃いブルネットのカーリーヘアは長く、腰にまで達しようとしている。気の強そうな眉に勝ち気に輝く藍色の瞳。小麦色の肌はシャツをより白く発色させ、少しの風で波打つ様は見る者に体感以上の爽快感を与えていた。顔立ちはやや幼いものの、身長から推測するに十五歳前後であろうか。血が滲む頬の擦過傷は、かすめた銃弾によって作られたものだろう。全体的にカトーのタブレットに映った少女よりも年上に見える。敵が姉妹である可能性をグラグは考慮した。


「Хьо цхьаъ вуй? 《ひとりか?》」


 少女は小さく首を傾げた。

 そこでようやくグラグは気づいたのだ。相手が翻訳機を装着していないことに。

 

 ボックスステップの足捌きで数歩移動すると、地面に転がる女性の頭部を左足で蹴り飛ばす。頭は歩道を転がり、少女の足元で停止した。少女から悲鳴も動揺もない。ただ困った様子でグラグに視線を送っている。グラグが自分の右耳を叩く。そこにあるのはイヤホンとマイクが一体となったリアルタイムAI翻訳機だった。

 

 転がる首が装着している翻訳機を使え、という指示なのだろうが、少女は躊躇うそぶりを見せる。


 グラグの胸中に違和感が広がった。

 死体を見て顔色ひとつ変えなかった少女が今さら躊躇う不自然さ。死者の所持品を奪う行為を嫌悪するのは、倫理的なものだろうか。宗教的なものだろうか。様々な憶測が思考リソースを埋めていく。


 一方、少女の思惑は少し違っていた。


 少女は迷っていたのだ。

 実はグラグの言葉を翻訳機を介さずとも理解することができていた。彼の言葉は少女の故郷でオコモロ語と呼ばれ、少数民族の使用するマイナーなローカル言語と認識されていたのだ。たまたま少女が師事した恩師に言語収集癖があり、遊びの一環として身につけた最初の他国語がオコモロ語であった。まさか活用する日がやってくるとは本人もびっくりである。

 

 しかし、と彼女は考える。

 

 自身の母国語もこちらの世界では日本語として、ごく当たり前に使われていた。オコモロ語を話す相手だったとしても、同じ異世界からの来訪者とは断定できないのだ。ここは日本人のフリをするべきだろう。そう判断したのか、少女は首から翻訳機を外すと躊躇なく自分の耳に取り付けた。

 

「хаттаран жоп лахьар ахь. 《質問に答えてもらおう》」

 銃口の狙いを少女の心臓に定めたまま、グラグが口を開く。


「Сан накъостий байина герз.ХӀун ду иза лаьтта тӀехь? 《仲間を殺した武器。あれはいったいなんだ?》」


 少女が即答で応じる。


「魔法よ」

「Магийна? 《魔法?》」


 グラグはプッと吹き出したかと思うとゲラゲラと笑い出した。


「Магийна! Иза инзаре йоккха бӀаьрзе меттиг ю! Суна цкъа а ца моьттура Японехь бозбунчаш бу! 《魔法か! こいつはとんだ盲点だ! 日本に魔女がいるなんて考えもしなかった!》」

「あなたの国にはいないの?」

「...Схьагарехь, хьалха заманахь хилла бозбунчаш. Суна хезнера, сан ненан ненан ненан нана бозбунчалла лелош ю бохуш. 《⋯⋯昔はいたらしいな。聞いた話じゃ、俺のばあさんのばあさんのばあさんのばあさんが魔女だったらしいがね》」

「ふうん。なのに信じないのね?」

「Иза схьа а лаьцна, йийна. Иза баккъалла а бозбунчалла лелош яцара. Иза еккъа цхьа хӀусамнана яра. 《捕まって殺されたからな。実際は魔女じゃなかった。ただの主婦だったんだ》」

「ひどい話⋯⋯」

「Шеко йоццуш. Амма ас бехк ца буьллу Салемехь болчу кхелахошна. 《まったくだ。だが、セイラムの判事を責める気にはならない》」

「なぜ?」

「ХӀунда аьлча Ас а дийр ду изза. Ведьма, хьо вен йийр ю! 《俺も同じことをするからだ。魔女よ、汝を死罪とする!》」


 乾いた発砲音が空に響く。

 銃弾を正面からまともに受けた少女はいとも簡単に吹き飛ばされ、出入り口のドアに激しく叩きつけられた。


「Цундела хӀинца суна гарантии ю ялсамане ваха, сайн динан дай санна. Дерриге а дича а, сан аьтто белира бозбунчашна тӀаьхьакхиа. Иза доккха тамашийна хӀума ду. ХӀаьта со святой санна канонизаци йина хилча...хӀа? 《これで俺も善良な司祭と同じく天国行き確定か。なんたって魔女狩りを成功させたんだ。これはもう立派な奇跡だろ。聖人のひとりに列聖されても⋯⋯うん?》」


 靄にも似た白い光がぼんやりと灯った気がした。

 いや、気のせいではない。たしかにそこに光はあった。

 少女の身体を包み込むように発せられた光はやがて強さを増し、大きく膨らんでいく。


 世界は白で満たされた。


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