第四話 追放されなかった元魔法使いは日本でのんびり暮らします! (1)
第四話 追放されなかった元魔法使いは日本でのんびり暮らします!
1
「敵⋯⋯ですか」
カトーはやっとの思いで声を絞り出した。
「ХӀаъ. Ткъа иза могӀарерчу адаман болх бацара. Полицино сацам бина хир бу, могӀарерчу гӀирсаца вай толам баккха йиш яц аьлла, цундела цхьана тешаме доцчу акхаройца вай дӀадаха дагахь бу уьш. Цара ловзаршкахь а, кинош чохь а бен ца гуш долу акхарой араяьккхина! 《ああ。しかも、あれは普通の人間の仕業じゃない。並の装備じゃ勝てないと判断した警察は、とんでもないモンスターで俺たちを処分するつもりなのだろう。ゲームや映画でしか見ないような怪物を持ち出してきやがった!》」
「はあ」
力説するグラグにカトーは呆れ混じりの嘆息で応じる。
「Цо дельфинан корта а, дегӀ а схьа а лаьцна, дӀаьвше хьаькхна санна, дӀаса а дерзийна, шен букъ тӀеман меженаш а схьаяьхна. Суна хетарехь, иза инзаре дахаран кеп яра, Кодиак Ӏаьржачу берзан санна дӀахӀоттам а болуш, гориллан лацаран ницкъ а болуш, адаман говзалла а йолуш! Амма Япони гӀараяьлла ю шен лакхарчу технологица, дерриг а дича а. Иштта робот хила тарло... 《奴はイルカ頭と胴体を掴んで、雑巾を絞るかのように捩じ切り、脊髄ごと臓物を引き摺り出したんだ。俺の見立てでは、コディアックヒグマと同等の体格にゴリラ並みの握力を持ち、なおかつ人間の器用さを併せ持つ脅威の生命体だ! いや、日本はハイテクで有名だからな。ロボットの可能性もあるか⋯⋯》」
グラグの真剣な面持ちを見るに、本気でそう推測しているらしい。
平和な日常の中であれば ”痛々しくも微笑ましい厨二病” としてスルーすることもできようが、今は非常事態である。数々の戦場を渡り歩き、生き抜いてきた本物の戦士グラグ。この期に及んで、空想の世界に逃避するとは考えにくい。理解を超えた事象を目にすると、すぐに聖書に記されていそうな怪物を想起してしまうのは、母国の文化や洗脳にも等しい宗教観によるものだろう。日本に生まれ、日本で育ち、宗教とは時節や人生の節目、親族の付き合いのみで接してきたカトーにとって、西洋人特有の宗教依存型思想はいささか理解し難いものだった。
「じゃあ、三メートルの巨人がうろついてないか、園内の監視カメラをチェックしてみましょう」
カトーは肌身離さず持ち歩いているタブレットのカバーを開く。
表示された画面は、グラグに声をかけられた時まで見ていたものだ。十枚ほどの映像がタイル状に並べられ、一秒ごとに切り替わっている。中にはパーク内とは思えない映像もあった。
「иза ду? 《それは?》」
「セキュリティの施されてないインターネットカメラを覗き見るのが僕の趣味なもので。これは個人宅のペット見守りカメラですね。ほら、ネコちゃんが遊んでますよ」
悪びれる様子もなくカトーが応える。
「⋯⋯⋯⋯ 《⋯⋯⋯⋯》」
「どうかしました?」
「ХӀан-хӀа, хӀумма а дац. Суна кхузахь кхерамазаллин кадраш оьшу. 《いや、なんでもない。ここの監視カメラ映像を頼む》」
「了解です」
カトーの白い指がタブレット画面を叩く。
すぐに映像が切り替わった。
「Кхузахь а кхерамазалла яцара? 《ここの監視カメラもセキュリティがなかったのか?》」
「いえいえ、ちゃんと英数八桁のパスワードでロックされてましたよ。危機感の足りない役所や企業がよく使ってる『123456OK』で開いたんで、ロックしてないのも同然でしたけど」
「...Японхойн компанеш кхин дика яц. 《⋯⋯日本企業はもうダメだな》」
「まったくです。でも、 ”自分たちは大丈夫! そんなレベルの大企業じゃないし” というイミフな正常性バイアスのおかげで暗号資産をガッポリ稼げてますし、ウチら的には ”鴨が金の延べ棒を背負って来る” 状態なので大歓迎ではありますけどね」
園内に数えきれないほど設置された監視カメラ。
それらが映し出す映像をつぶさに観察していたグラグは、ふと違和感を覚える。
「...ХӀей, кхузахь дукха нах бац? 《⋯⋯なあ、やけに人が少なくないか?》」
「言われてみれば、たしかに⋯⋯ですね」
ふたりは呼吸を合わせたわけでもないのに、同じタイミングで顔を見交わした。
——人質が逃げてる!
「一般人にできることじゃない! どこからかSAT隊員が侵入したんだ!」
「Тийна хила, Като. 《おちつけ、カトー》」
「こうしちゃいられない! 幹部連中を早く逃さないと! 人質に紛れてのんびり脱出する予定だったのに⋯⋯ちくしょう!」
「Дерриг дика ду. ХӀинца а хан ю. 《大丈夫だ。まだ時間はある》」
「Hey, pis bir şey oldu! 《おい、大変だ!》」
心強いグラグの言葉を蹴散らすかのように、ガゼボから男がふたり走ってきた。
「¡Los rehenes escapan! ¡Se está transmitiendo en vivo por televisión ahora mismo! 《人質が逃げ出してる! 今、テレビで生中継してるぞ!》」
男が手にしたスマホ画面を見るや否や、再度グラグとカトーは顔を見交わした。
「ДӀадовла вай кхузара! Сих ца делча, вай массо а цхьана тохарца лаьцна хир ду! 《ここを脱出する! 急がないと一網打尽だ!》」
*
屋上庭園は騒然となった。
狙撃手たちは武器を置いて軽装に着替え始め、ガゼボに集った一同も急ぎ帰り支度を整える。
「Ткъа герзах лаьцна хӀун эр дара ахь? Уьш кхузахь дита йиш яц вайн, нийса дуй? 《武器はどうする? ここに置いていくわけにもいかないだろう?》」
「A Yakuza front company is subcontracting to a contractor who comes to the Disaster Sea construction site, and we've made an agreement with them. They're going to buy all the weapons, ammunition, body armor, etc. They'll collect them later along with the scrap materials, so we'd like you to leave them in a designated location. 《ディザスター・シーの建設現場に出入りする業者の下請けにヤクザのフロント企業が入ってまして、そこと話がついています。武器、弾薬、ボディアーマー等すべて買い取るそうです。あとで廃材と一緒に回収するので、指定する場所に置いていって欲しい、と》」
「ХӀан-хӀа, дисинарг ас хьуна дуьтур ду. 《わかった。あとの段取りはまかせる》」
「yes. 《はい》」
グラグは厳しい表情でひとつ頷くと幹部連中に向き直った。
「Цу тӀехь чекхйолу Японехь сан мисси. Дехар ду, сихха гӀишло чуьра ара а ваьлла, гӀийла турист санна лела. Диц ма де хьайн сувенирийн тӀоьрмиг дикачу хӀуманех буьзна! 《これで日本での作戦は終わりだ。速やかに建物から出ていってくれ。か弱い観光客のフリをしてくれよ。グッズの詰まった土産袋も忘れないように!》」
異論の声は上がらない。
と思われたその時、可憐な声が轟いた。
「Dis-moi, tu rentres déjà à la maison ? Passons un peu de temps ensemble. C'est un endroit privé ? 《えーっ、もう帰るのぉ? 遊んでいこうよ。貸切なんでしょう?》」
慌てた様子で取り巻きがなだめる。
「Non è così! 《それどころじゃないんです!》」
「이대로 잡혀 버립니다! 《このままだと捕まっちゃいますよ!》」
「Sjáumst næst! Já, við skulum halda aðdáendaklúbbsfund fljótlega og leigja þennan stað út fyrir tilefnið! 《また今度! そうだ、近くファンクラブミーティングを開催して、その時ここを貸し切りましょう!》」
「Mais nous sommes étrangers, donc on ne nous accusera pas de toute façon, n'est-ce pas ? Pourquoi devrions-nous craindre de nous faire prendre ? 《でも、私たち外国人だから、どうせ不起訴だよ? 捕まるのを気にする必要ある?》」
「¡Por si acaso! ¡Por si acaso! 《そこはそれ、念の為! 念の為です!》」
ジャンヌの背中に手をかけ、ガゼボから押し出す一行。
メンバーから謝罪のジェスチャーが示され、グラグが苦笑で応じる。
こうして、ガゼボにはグラグとカトーだけが残された。
「Хьо хӀун деш ву? Хьо церан талмаж ву . 《なにをしてる? あいつらの通訳だろう》」
グラグの呼びかけにも動じず、カトーはタブレットに目を落としている。
「Като, хьо ладоьгӀуш вуй? 《カトー、聞いてるのか?》」
「⋯⋯見つけたかもしれませんよ」
「ХӀун? 《何を?》」
カトーが顔を上げ、ニヤリと笑う。
「三メートルの巨人を、です」




