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どうしても赤ちゃんがほしかったので神様におねがいしに行ったら・・・たいへんなことになりました  作者: ナナダイク


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第三話 今、魔法にできること (3)

 3



 パークスタッフによってカブアは冷房の効いた救護室に搬送された。もちろん、同伴者としてユピも一緒だ。救護室には医師や看護師、専門スタッフにより編成された救護班が常時待機しており、来園者の病気や怪我に対応できるようになっている。この日は熱中症の患者が多いらしく、ベッドと手荷物入れのバスケット、それに二脚のパイプ椅子で構成された小さな個室はすべて白いカーテンで閉じられ、中が見えないようになっていた。そんな個室の一つに二人はいた。


 ベッドに寝かされたカブアは小さく寝息を立てていた。腕には点滴の針が刺され、薬液が体内に送られている。


 よって、ユピはやることがない。


 だが、他の子供のように退屈に嫌気がさして泣き喚いたり、無駄に走り回ったり、間仕切りのカーテンを片っ端から開いたりすることはなかった。こう見えて、田舎の小さな診療所での勤務経験(?)もあるのだ。病院での振る舞い方は弁えている。退屈が極まった時、いかにしてやり過ごすかという方法も知っていた。


 ユピは物音を立てぬようパイプ椅子から立ち上がると、カーテンの仕切りをくぐり抜け、救護室入り口に設けられた待合室へと向かう。そこにはテレビがあり、本があり、キッズスペースがある。スタッフに折に触れてカブアの様子を見てくれるよう頼むため、受付カウンターに向かおうとした時、その声は聞こえた。


『我々は海洋生物愛護団体”タコあし世界”であ〜る! 海に棲むすべての生き物を愛〜し〜、また愛され〜る我々はディザスター・シーの建設と開園を阻止するた〜め〜、ここに行動を起こすものであ〜る!』


 変声機でいじったらしい濁った声色にクセ強めの語尾。

 一度聞いたら忘れられない奇妙な声明はイルカの頭から発せられていた。


 待合室のテレビに映るイルカ頭の集団。

 彼らは連綿たる波を模したフロートに搭乗していた。


 フロートとはパレードに使用される派手な装飾でお馴染みの、あの乗り物のことだ。人気キャラクターが来園者に愛嬌を振り撒くその舞台に、首から上はイルカ、首から下は水色のTシャツに黒のワークパンツ姿のイルカ人間が複数人乗り込んでいるのだ。イルカ人間の手には銃のような物体が握られていた。拳銃やサブマシンガン、ショットガンにライフル銃と形状は統一されていない。


 救護室の外に見える大型デジタルサイネージにも同じ映像が映し出されている。園内のサイネージ映像をコントロールしている制御室が占拠されたのだろう。ふざけた見た目とは裏腹に緻密な計画に基づく大掛かりなテロであるらしい。


「あっ、あれ知ってる! イルカ星人だよ!」

 テレビを指さして男の子が得意げな声を上げる。

「海を汚す人間に怒ってイルカが攻めてくるんだ。ほんとは人間よりもずっと頭がいいんだって!」


 無邪気な子供の声に大人たちは困惑の色を隠せない。

 はたして、これはサプライズイベントなのかガチなトラブルなのか判断しかねているようだった。


 東京ディザスターランドでは更なるコンテンツの充実を目指して、海をテーマとしたディザスター・シーの開園を発表している。


 東京湾や東京海底谷に生息する生物の展示がメインとなるが、ガイドを伴った磯遊び・干潟遊びなどの体験イベントも企画されているという。中でも展示の目玉とされているのが、やはりと言うべきか、イルカのショーであった。

 水面を空中をダイナミックに躍動するイルカたちに子供たちは歓声を上げ、大人たちを童心にかえす。そして、ディザスター・シーならではの演出がこのイルカショーには付随するのではないか、と噂されているのが、ディザスターイベント『イルカが攻めてきたぞ!』なのである。


 すでにSNSや動画投稿サイトなどでは自称関係者や事情通が匂わせ投稿を発信しており、計画になかったとしてもやらざるを得ない空気を醸し出していた。気の早いネット通販や量販店ではリアルなイルカ頭のヘッドマスクが並び、ネットミームすら知らない世代にも侵略イルカは浸透しつつあった。


 よって、来園者はイルカ頭の群れの登場に驚きはなかった。

 またテレビ局が開園に合わせた特集番組のためにやっているのだろう、くらいの感覚でそれらを眺めていたのだ。


『破壊と汚染のみに生きる愚かな民ど〜もよ。ただちに我らの要求を受け入れたま〜え。さもなく〜ば〜、ここにいるワレカラにも満たぬ瑣末な命を派手に散らして見せよう〜ぞ。我々は本気であ〜る!』


 独特な節回しは控えめに言って緊迫感に欠けていた。

 テレビに映る来園者の中には笑顔を浮かべた者さえいる。

 だが、いくばくもせぬうちにその表情は凍りつくこととなる。


 フロート上に連れ出されたのは警備員とおぼしき中年男性。おそらくイルカ人間たちがフロートに乗り込むのを見咎め、彼らに捕まったのだろう。両手を後ろ手に縛られているのか、抵抗のそぶりも見えない。警備員は背後に立つイルカ人間に脅されているらしく、ちょこちょこと細かな移動を強いられていた。


 動きが止まった。


 そこは大きな波の装飾が連なる隙間であり、キャラクターの全身が露出するアピールポイントだ。高さは約三メートル。さぞ見栄えがすることだろう。その場所に警備員は立たされ、群衆の眼前に晒されていた。後ろのイルカ人間は警備員をどうするつもりなのか。突き落とすのだろうか。あの高さである。頭から落ちればただでは済まないだろう。様々な憶測を胸に、観衆は固唾を飲んで見守っている。


 パン、という乾いた破裂音がした。

 誰もがタイヤのパンク音だと思った。

 地面へと下げた視線の端に黒い影が降ってくる。


 重い砂袋のような音を立てて落ちてきたのは警備員の身体であった。

 地面にうずくまる身体はもうピクリとも動かない。


 一瞬の静寂の後、悲鳴と絶叫と啼泣と叫喚が渾然一体となってその場を埋め尽くした。

 

 蜘蛛の子を散らすがごとくフロートを背に走り出す人々。イルカ人間の手に握られている物体がおもちゃなどではないと気づかされたのだ。


『逃げても無駄であ〜る。すべての入出口はもちろんのこ〜と〜、関係者専用口、搬出入口、ゴミ回収口までも我らの同志によって封鎖済みな〜のだ。度胸があるなら〜ば〜、銃弾の雨を掻い潜って突破を試みても構わ〜ぬ。ゲートの外にはもうパトカーや無数の機動隊員、救急車で溢れかえってお〜る。運さえ良ければ、生きて病院に辿り着けるやもしれ〜ぬぞ。ギャッギャッギャッ』

 

 イルカの歯軋りにも似た笑い声が轟く。


 その声を阻止せんとばかりに、ヘリコプターと思われるブレードスラップ音がパーク内に響き渡った。

 どうやら警視庁が誇る特殊急襲部隊のお出ましらしい。だが、ここは千葉県内でもある。おそらくは千葉県警刑事部に所属する突入救助班との合同チームであろう。


 パーク上空に飛来したヘリは三機。それぞれが別の地点へと散会し、作戦開始の合図を待っている。三点を同時襲撃することで、敵の指揮系統や連携を乱すことを目的とした作戦なのだろうか。イルカ人間たちの様子にも突如出現した空からの来訪者に動揺が見られる。


 飛来したヘリに過酷な訓練に熾烈な訓練を重ねた完全武装の隊員たちが搭乗していることを思えば、人質となった来園者にとっては、まさにお釈迦様より地獄にもたらされた一筋の蜘蛛の糸に見えたことだろう。糸はより丈夫なエクストラクションロープに姿を変え、やがてホバリング中のヘリから外へと投げ出された。


 気の早い来園者が思わずロープに手を伸ばす。


 だが、ロープは垂直に落ちなかった。

 小さな円運動を描いていたロープは瞬く間に弧の幅を大きく広げ、空へと伸びた樹木の枝葉を薙ぎ払っていく。急速に傾いた機体が制御不能に陥っているのは素人目にも明らかだ。こうなっては機内に残された屈強な戦士にもなす術はない。幼子のようにシートやフレームにしがみつき、ただ己の無事を願うだけである。


 急な機体の傾き、その原因は整備不良でも操縦ミスでもない。

 パイロットが狙撃されたのだ。それも三機同時に。


 つい数分前までゼロだった死者数が警備員の死によって”1”と刻まれた後、とてつもない速度で数字を重ねはじめた。


 同時に、園内各所で立ち昇る黒煙が澄んだ青空を汚していく。


 遊園地とは無縁であるはずの悲痛な叫び声。そして、非現実感も甚だしい銃の連射音。

 それらが絶え間なく救護室に設置されたテレビから聞こえてくるのだ。


 ユピは無意識のうちに腰に巻いたチェーンベルトのクリスタルを強く握っていた。

 あの騒乱に美咲が巻き込まれているのかと思うと、じっとなどしていられなかった。


「あのっ!」

 受付カウンター内で硬直している女性スタッフにユピは声をかける。

「知り合いがあの中にいるみたいなんです。捜しに行きたいのでカブ⋯⋯じゃなかった兄をお願いします!」

 返事を待たずに駆け出すユピ。当然スタッフは止めようと声を張る。

「あ、兄は一番奥の並びで左端の成羽田です!」

 緊急時でも変わらぬ速さで開く自動ドア。開き切るのが待ち切れないのか、ユピは隙間に体を捩じ込み、外へ飛び出した。


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