第三話 イルカが攻めてきたぞ!? (1)
第三話 イルカが攻めてきたぞ!?
1
モノレールのドアとホームドアが連動し、一斉に開いた。
車両から溢れ出す人で、瞬く間にホームがカラフルなモザイク柄に彩られる。
美咲たちは混雑を避けるため、降車を少し遅らせていた。こうすることで人口密度が低下したホームを他の乗客に惑わされることなく、まっすぐ歩ける。都会慣れしていないツレと共に行動するには、必要な措置と言えよう。
そして、ついに到着したのである。
「ここ?」
ユピが言った。目の前に存在する光景が信じられないといった感じの声だった。カブアは”開いた口が塞がらない”そのままの顔を作っている。それらのリアクションを受け、美咲は満足そうに頷いた。
「はい! ここが本日の目的地『東京ディザスターランド』です!!」
東京ディザスターランドとは、東京湾に面した広大な敷地に、人間が想像しうるあらゆる人類滅亡パターンをアトラクション化して詰め込んだ超巨大エンターテインメント施設のことである。パークアイコンとして有名な魔王城を中心に十三のエリアが設置されており、それぞれ異なるシチュエーションの脅威を体験することができるのだ。
その内容は、古くから映画やドラマの題材となってきた『異星人による地球侵略』や『AIロボットの反乱』、もはやフィクションではないとされる『自然災害の脅威』。日本ならではのエンタメと認識されるアニメやゲームとのコラボエリアもあり、充実度、満足度はすべてのエリアを駆け足で回るのが勿体なく感じるほど。もはや日本を代表する遊園地と言っても過言ではない。海外からの来場者も年々増加傾向にあるという。
また、施設では自然災害を遊び尽くすだけでなく、実際に災害に遭遇した際の訓練にもなるのが施設の特徴だった。地震や火山噴火、台風による被害に悩まされている国は世界中どこにでもある。最悪の事態を体験することで多くの学びや気づきを習得できると評判も上々なのだ。
来場者で混雑するメインゲートを通過すると、そこはもうダークファンタジーの世界である。
まず目に飛び込むのは、地球に激突する隕石をモチーフとした有名なモニュメント。そして、その奥に佇む漆黒の魔王城だ。この二つが重なる構図はポスターやCMでよく採用されるアングルなため、人気の撮影スポットになっていた。順番待ちの行列を横目に大通りを闊歩する三人。大通りの両側に軒を連ねるのは公式グッズを取り扱うショップや限定メニューが売りの飲食店である。しかし、その外観はどれも瓦礫の山にしか見えない。そのこだわりようはもはや狂気の沙汰と言えるレベルだ。
「どこから回ろっか。ユピちゃんの身長ならジェットコースターにも乗れるけど、無難にライド系から攻めてく?」
美咲はアトラクションの場所を記したパークマップを二人に差し出した。
「オレはこの異星人襲来ってのが気になる。レインボーからのナゴヤ撃ち? というのをやってみたい」
「あっしはこれ。シューティングスター・ライド。最後の海に落ちるとこ面白そう!」
「あー水かぶるやつかぁ。じゃあ、どっかでカッパを買ってかないと」
日本語学習の成果を得意げに見せつける二人だったが、あまりにも自然な受け答えだったため美咲は気づかずスルーする。
顔を見合わせ、苦笑いするユピとカブア。
こうして、楽しい一日が始まった。
はずだった。
試練は早くも訪れる。
美咲が脳裏に思い描いていた”三人が足並み揃えてランランラン”な光景は、しょせん幻想に過ぎないのだとすぐに思い知らされることとなった。大通り脇に設置されたシューティングスター・ライドの看板を見つけるや否や、有無を言わさず全力で駆け出すユピ。それを制止するかに見せかけて、興奮を隠しきれない笑顔で追従するカブア。もちろん美咲はそれらを追いかけねばならない。履き慣れない靴に苦戦しながらも、カブアの背中を見失わないよう懸命に走る。頭の中に流れるBGMは昭和を代表する刑事ドラマのあの曲だ。気分はもう完全に犯人を追いかける新米刑事である。
さいわいカブアの水色パーカーは良い目印になってくれた。あれさえ見失わなければ確保は時間の問題だ。
それに、三人のパークチケットは美咲が所持している。行列に並んだとしてもチケットがなければアトラクションは利用できない。そのため、ユピが頬を河豚のように大きく膨らませ、地団駄を踏む前に合流する必要があった。
ふいに美咲の口元が緩む。
診療所で目にしてきたユピの愛らしい表情と仕草が総集編となって頭の中に浮かんできたのだ。十九歳という年齢を前慮すれば、あまりにも痛々しくて共感性羞恥に陥るところだが、ユピの場合、不思議とそれがないのである。
油断すれば漏れそうになる笑い声を必死に飲み込みながら、美咲は足を繰り出し続けた。依然として目の前には水色がある。いや、目の前だけでない。視界を横切る存在も、すれ違う物体も、すべて水色の上着なのだ。驚きで足が止まる。すると目の前にあった水色の背中も停止した。そして、ゆっくりと振り返る。
美咲の視線の先にあったもの、それは彼女の顔を静かに見下ろすイルカの頭だった。
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