第四話 追放されなかった元魔法使いは日本でのんびり暮らします! (4)
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寝ぼけ眼に白い天井が映る。
タキロンシートが貼られた冷たく薄暗い踊り場が、いつの間にやらフカフカのベッドに取って代わっていた。
驚愕によって意識は完全に覚醒する。即座に上体を跳ね起こし、慌てた様子で周囲を見回した。
消毒液の匂い漂う清潔感のある部屋、陽光が差し込む両開き窓、ベッド脇には床頭台も設置されている。
それら見覚えのある景色に、美咲はホッと胸をなでおろす。
ここは黒石原の診療所だった。
先ほどまでの衝撃体験と凄惨な状況がドッキリに思えるほど静かで穏やかな空間。
美咲は再びベッドに横たわる。ふと、疑問が生じた。自分は屋上庭園からどうやって戻ってきたのだろうか。その間の記憶がまったくないのだ。記憶がない、という事実は恐怖を生む。通常であれば、あれやこれやネガティブな想像ばかりが脳裏を駆け巡り、陰鬱な気分に心が支配されてしまってもおかしくはない。
だが、不思議と美咲の心は安らいでいた。
学問を学ぶ上で重要な多角的視点を扱い慣れている美咲が分析するに、ベッドの上から見る病室の景色が心の波立ちを抑えているかのように思えるのだ。
世間の喧騒から隔離されたこの場所では時が緩やかに流れていた。
どこからか吹き込む隙間風が塵や埃や花粉を舞い上げ、日差しの下でキラキラ輝く様は幻想的ですらある。この光景を写真に撮れば、軽やかなダンスを繰り広げるコティングリーの妖精たちが写っているに違いない。そんな牧歌的景色を見ながら刻を過ごせば、心に波立つ余地など生じるはずもなかった。
「おはよう。よう寝ちようたね」
強烈な訛り言葉が耳を打つ。
首を捻り、声のする方へ顔を向けると、病室の入り口に立つ黒石原真紀の姿が見えた。仏頂面なのは疲労の蓄積によるものだろう。真紀の姿を認めた美咲が身を起こそうと慌てふためく。
「いいよ、いいよ、そのまま寝ちょきんさい」
もはや成羽田弁ですらない謎の方言を口にしながらベッドに歩み寄った真紀は、近くにあったパイプ椅子を引き寄せると雑に腰掛けた。
「⋯⋯ご心配おかけしました。すみません」
「なんの、謝るこたなかっちゃよ。心配はしたけんどね」
大口を開けて真紀が笑う。
真紀の声や人柄や物腰から醸し出される空気感が診療所の雰囲気を作り出しているのだろう、と美咲は思う。
孤独でありながらも孤独を感じない。大自然に抱かれているかのような心地よさがここにはあった。
「それで、あのカブアくんとユピちゃんは無事ですか?」
保護責任者として二人を預かったことに責務を感じているらしい。
申し訳なさそうに視線を落とす美咲を見て、真紀はニッと口角を大きく吊り上げた。
「無事も無事! カブアくんには今朝から診療所の手伝いをしてもらっちょるくらいやけんね。ぜんぜん無事」
「⋯⋯よかったぁ」
「あの子、フィジカルがバケモノやん? 一昨日の事件の時も」
「え?」
「ん?」
「おととい?」
「そう、おととい」
「あたし二日も寝てたんですか!?」
美咲の顔から音を立てて血の気が引いていく。
「大丈夫やって! 今、日本はそれどころじゃないんやから」
「え、どういうことです?」
「あー⋯⋯ほなら私が知ってる範囲を掻い摘んで話そか」
リムレスメガネをキラリと光らせながら、真紀は事件当日から今までのことを話し始めた。
新聞もテレビも休止中なため、インターネット上の伝聞や噂、憶測の類が主となる。
*
目の前にいた人が突然消えた! テレビ観てたら『しばらくお待ちください』が表示されて、そのままクロージングになった! 道路が事故を起こした車で溢れてる! 警察に通報したけど繋がらない! てか、もう電話が繋がらない!
東京ディザスターランド占拠事件の第一報が報じられて以来、日本中はパニックに陥っていた。
いつもの日常、変わり映えしない毎日のはずが、突然、「平穏な日々はここまで!」とばかりにテレビもラジオも一切の説明もなしに終了しまったのだ。「続きはウェブで!」と言われるならまだしも、投げっぱなしの打ち切りエンドは、無責任すぎる仕打ちと言わざるをえない。
テレビやインターネットで第二報の到着を今か今かと待ち侘びていた者たちは、獰猛な情報捕食者となり、代わりのメディアを模索した。ダークウェブにアマチュア無線、陸上自衛隊の新野外無線システム傍受を試みる猛者まで現れたが、これといった収穫は得られなかった。SNSでは現場に向かった人が現在の道路状況を伝え、海外のインターネット掲示板では日本を旅行中の家族や友人と連絡が取れないことを嘆く人で溢れている。時間の経過とともに情報は蓄積され、拡散されていった。玉石混合、デマと憶測と真実がマーブル模様を描き出すインターネット本来の姿に立ち返った情報集積場は、バーゲンセールに殺到する主婦の勢いで荒らされていく。
与野党混成臨時政府による発表は未だないが、一億人以上いた日本の総人口は半減し、現在約六千万人。事態を察知し、支援物資と捜索隊を載せた友好国による船団が殺到するも、船内に日本に対して良からぬ思惑を抱く者がいたのか、すべての船が結界に弾かれ入国不可になっていた。しかたがないので彼らは海面に漂う観光客や活動家の救助にあたる。この迅速な行動が世界から称賛され、大統領が渇望してやまないノーベル平和賞受賞へと繋がるのは皮肉な話である。
それはともかく。
結界の存在は世界の知るところとなり、大いに注目を集めるようになる。
結界発生から二十四時間以内に飛来した航空機、艦船は数知れず、関心の高さが伺えた。北方より飛来した某国の偵察爆撃機などは左翼先端がEEZに接してしまい、手裏剣のごとく機体を横回転させながら日本海へ落下。その際、苦し紛れに機銃を乱射したものの、撃ち出した弾がすべて跳ね返ってしまい機体に穴が空いたという報告を上層部に上げている。そして、別の国から結界解析にやってきた高高度飛行が自慢の某偵察機も、やはり高い壁に阻まれ失敗に終わったらしい。
結界は世界が欲してやまない完全無欠の絶対防衛システムだったのだ。
真紀は第一報を聞くや否や軽自動車をカッ飛ばし、東京ディザスターランドへ向かっていた。
高速や幹線道路は使い物にならない、との情報を得ていたので、それ以外の道路を選択する。そのため、想像以上の時間がかかってしまった。夕刻近くになって、広大すぎるディザスターランドの駐車場に到着する。ここの光景もまた真紀の想像を大きく裏切ってくれた。
平日ということを考慮しても、駐車場の車と人の少なさは異常に思えた。
大事件発生の当日だとは、とうてい思えないのである。
ぽつんぽつんと見える救急車と警察車両の赤い回転灯。テレビ局の中継車も見当たらなければ、駆けずり回るカメラマンとリポーターの姿もない。 ”事件は解決し、事件の顛末は消費済み。新鮮さはとうに失われ、もはや冷蔵庫の隅に転がる萎びたニンジンほどの価値もない” と、状況は雄弁に物語っているかのようだ。
それでも通信事業者のエリア対策用車載型基地局は空高くアンテナを伸ばしたままになっている。まだ業務を続けているのかわからないが、真紀はダメ元でスマホを取り出し、美咲の連絡先をプッシュした。
* *
「⋯⋯それでまぁ、カブアくんと連絡をとって二人を車に運び込んで連れ帰ったわけさ。パークと駐車場を二往復もさせてカブアくんには悪いと思ったけど、仕方ないやね」
真紀の話は終わったが、美咲の表情はなぜか浮かない。
美咲は考えていた。
話は一見、荒唐無稽な与太話に思える。事情を知らない相手に話を盛ったとしても、盛り過ぎて嘘くさすぎる。真紀の為人を考慮に入れても、あからさまな嘘を盛り込んでくるとは考えにくい。では、話の内容が真実だとしよう。そうすると、国家機密に分類されるべき内容が含まれているとわかる。田舎の町医者風情が手に入れていい話ではない。
しかし、と、美咲は真紀の顔を見つめる。
視線を受けて、真紀はきょとんとしている。
この人の前では固く閉じた心の扉なぞ無いも同然。ぬるま湯にも似たオーラに包まれると、つい気を許してしまい、敏腕スパイも情報将校もうっかり国家機密を話してしまうのかもしれない。時おり所長室から聞こえる外国語を話す声。英語だったりフランス語だったりドイツ語だったり。なぜ田舎の診療所で医者をやっているのか謎すぎるのである。そして、何事にも動じない肝の座りよう。只者でないのは確かだろう。
つまり、真紀の話はすべて事実なのである。
そして、人生でなにより大切なことは ”人望と人脈” 。
それが美咲の下した結論だった。
「⋯⋯だいたいわかりました」
美咲が得心したように頷く。
「そらあ、えがった。ボート競技は?」
「レガッ⋯⋯タ?」
「うむ! 頭の回転も問題なし! 退院を許可する!」
「それはいいんですけど」
言い出しづらそうに声のトーンを落とす。
「ユピちゃんは無事なんでしょうか?」
「ユピちゃんか⋯⋯」
真紀の顔が曇る。
「言いにくいんだが、実は彼女⋯⋯銃で撃たれちょってな」
「えっ!?」
美咲の顔がこわばる。
「心の臓を一撃。相手も相当の手練と見受けられるんよ」
「マジで⋯⋯」
「マジもマジのマジノ線! 摘出したものがこちらに⋯⋯あれ?」
白衣のポケットを弄るも目当てのものが見つからないらしい。
「おーい山田くん! 例のアレ持ってきてちょうだい」
廊下に向かって呼びかける真紀。すると、すぐに廊下側から返事が返ってきた。
「はーい、ただいま」
パタパタと廊下を走る音がして、やってきたのは日焼けした小麦色の肌が眩しい女の子だった。
くるくるカーリーのブルネット。藍色の瞳。クラシカルなメイド服。どれも美咲の記憶にある人物と合致する。
異なる点があるとすれば、その身体だろう。
まず、なにより背が高い。
そして体の線に年齢相応の凹凸もくびれもある。
数日前まで幼児体型そのものだった体型が、こうも劇的に変化するだろうか。
美咲と目が合うと、山田と呼ばれた少女は少しはにかんだ笑顔を作った。
「これこれこれだよ美咲くん」
山田から渡された医療用ステンレストレイに乗っていたのは一粒の銃弾⋯⋯には見えなかった。
形から真っ先に思い浮かぶのはタンポであろうか。タンポとは石碑に刻まれた文字を紙に写し取る際、墨などをつけて上から軽く叩くように使う道具だ。フィールドワークの必需品である。タンポは布製だか、トレイ上のそれは金属製に見える。金属の色は薄桃色と金糸雀色のマダラ模様。ところどころに四角い生壁色の領域がブロックノイズのように乗っていた。どことなく用途不明の青銅器を思い起こさせるのは、制作意図が似ているからだろうか。形状はタンポでいうところの持ち手が長く、明確にねじれている。これだけ長ければ叩く時に指先が黒く汚れずに済みそうだ。
そして、なにより特筆すべき点なのが、金属製タンポが不思議な色の炎を纏っていることだろう。
美咲は脳裏に炎色反応を思い浮かべる。
記憶が確かなら、濃い緑は銅、薄い緑はバリウム、そして、黄色はナトリウムのはずだ。その三色が混じり合うことなく同時に揺らいでいるのだ。
「⋯⋯燃えてるように見えますけど」
「不思議と熱はないばってん、触ってもヤケドばせんごたる」
「ごたりますか」
「うん、ごたる」
その言葉を信じて、美咲が手を伸ばす。
確かに熱は感じられない。
「そこそも、これはなんなんです?」
物体をおそるおそる指で突きながら当然の疑問を口にする。
「⋯⋯あっしの身体の中に入ってたらしいんです」
応じたのは山田であった。
「ちょうど心臓のあたりに。それが銃弾を受け止めてくれたおかげで命を落とさずに済んだみたいで⋯⋯」
「ねじれちょるんは弾丸の回転によるものやろう。せやから、素材自体はもともと柔らかかったんやろね。体内に硬いもんがあったら違和感あるやろうし。それが衝撃を吸収して硬化した⋯⋯うーん、このあたりは分析してみな分からんねえ」
「へーえ⋯⋯」
美咲は感心したように呟く。
たしかに、触ってみた感覚だと鉄を思わせる硬さと冷たさがある。
「じゃあ、この炎はなんです?」
問いを受け、真紀と山田が顔を見合わせた。
真紀が山田に手を差し向け、回答を促す。
「⋯⋯推測になるんですけど」
そう前置きして山田が自身の考えを述べた。
「魔力由来だと思います。あっしがカブアに魔力を注入したあと、カブアが同じ色の炎を躰に纏って周囲を驚かせた⋯⋯みたいなことがあって、それと同じ現象ならあっしの魔力によるものなんじゃないかなーって」
「ふーん。よくわからないけど」
「私の考えはちょっとちゃうな。これはアレよ。アモンの置き土産なんよ。アモンは契約者の成長を喰う代わりに魔力を無限供給するんやろ? ユピちゃんは女の子やし、結婚もしとる。子作りという夫婦の共同作業にも熱心やったらしいやないの。それでも子供ができんかったんは、アモンに喰われとったからや。生まれてくるはずだった子供が片っ端からアモンに喰われて魔力に置き換わっていたと考えるのが当然よな? で、子供の誕生を察知して、その成長をアモンに送ってたのがその装置やろう。成長エネルギーを吸って魔力を吐き出すっちゅーわけや」
「⋯⋯なるほど。好物を運んでくる働きアリをできるだけ長く使役したいがために心臓を守っていたわけですか。わかりやすく打算的ですね。てか、やっぱりユピちゃん!」
美咲の声が弾む。
「今ごろ!?」
美咲の声かけに少なからずショックを受けた様子のユピ。だが、顔は笑っている。
「いや、だって、ねぇ。たった数日でそんなお姉さんな見た目になるとか思わないじゃん!」
言い訳しつつも笑顔を作る美咲。
「十七歳くらい⋯⋯かなぁ。カブアくんと身長差も年齢差も少なくなってよかったじゃん。前は兄妹にしか見えんかったけど、今はちゃんと夫婦に見えるよ」
「えへへ」
ユピが照れ笑いを浮かべる。
「弾丸を受け止めたあの装置が溜め込んでた成長エネルギーはユピに戻され、魔力はユピの望む ”悪人のいない平和な世界” を叶えるため結界に姿を変えたわけだ。めでたし、めでたし⋯⋯ってことで、いいんでない?」
真紀の言葉に美咲もユピも晴れやかな顔で同調する。
そんな穏やかで朗らかな空気を乱す音が廊下から聞こえてきた。
姿を現したのは顔を汗で濡らしたカブアである。
「リストに載ってるお年寄りの在宅を確認しました! みなさんご無事です! ⋯⋯って、アレ?」
三人の冷ややかな視線がカブアに突き刺さる。
「お呼びでない? お呼びでないね⋯⋯こりゃまたどうも失礼いたしました!」
額をパチンと叩きながら、軽い足取りで部屋を出ていくカブア。
病室の体感温度が三度ほど下がった気がした。
「⋯⋯いまの、なに?」
怯えた目でカブアの背中を見つめるユピ。
「あたし知ってる⋯⋯昔、お酒飲んで陽気になった祖父が連呼してたの覚えてる。有史以前のギャグよね」
ドン引きの美咲。
「うむうむ。やはりカブアくんは飲み込みが早い。さすが私の見込んだ男だ!」
ひとり反応の異なる真紀に二人が詰め寄る。
「は?」
「あんた、カブアくんになにさせてんの?」
「いやいや、これにはちゃんと理由があるんよ。ほら、ここの地区ってお年寄りばかりじゃん。二人が早く溶け込めるようにと思って、昔のテレビ番組の動画を見せたんさ。そしたらカブアくん、植木等がすごく気に入っちゃったみたいでさあ」
「あー⋯⋯たしかにお年寄りとの共通言語は大事よねぇ」
「でも、なんかイヤー!」
窓ガラスに反射する光が濃いオレンジへと移り変わる。
航空機の轟音がない静かな田園風景の中、気の早いセミたちが真夏の音色を奏で始めた。
= 数年後 =
診療所の分娩室から赤ん坊の元気な声が響く。
「生まれた!?」
待合室にいた二人の男の子が勢いよく椅子から飛び降りた。日焼けした肌に藍色の瞳をキラキラと輝かせているのは、五歳と四歳の兄弟だ。 ”抱き鷹の羽に右二つ巴” という家紋がプリントされた根岸色のTシャツに黄海松茶色のハーフパンツ。どちらも元々は別の色だったことを診療所の常連たちは知っている。ダークブラウンのくせ毛をソワソワさせながら、二人は次の指示を待っていた。
「成一と真次はパパに知らせておいで。今日も神社裏の畑じゃろ」
「咲也は寝ちようからバアバが抱っこしとくけえの」
天パでふわふわのオレンジ色の髪を撫でられながら、一歳の男の子はスヤスヤと寝息を立てている。
「わかった!」
待ってました! と、ばかりに、二人は脱兎の如き勢いで診療所を飛び出した。
「ふふ、かわいいですねぇ」
ふいに見知らぬ声がした。老人たちはギョッと身をこわばらせる。
「やだなぁ。そんなに嫌わないでくださいよぅ」
黒のスーツをきっちり着込んだバリキャリな風貌から放たれる幼い印象の口調。違和感が半端ない。
「あの子たちが件の夫婦の子供達なんですねぇ」
「⋯⋯あんた、誰や?」
老婆がキツめの口調で詰問する。
「黒石原先生の後輩ですぅ。先生に相談したいことがありましてぇ。手が空くのを待ってるんですぅ」
「ほーか。でもな、興味本位で近づくのは感心せんな」
「お気遣いなくぅ。あたしだって国外追放になるのはまっぴらごめんですのでぇ」
「ようわかっとるやないけ」
別の老人も参戦する。暇なのだ。
「あの夫婦は神様の御使なんや。あの子らの家紋を見たやろ? あれは成羽田神社の御神紋や。二枚の羽根が根元で交わってるんは、あの夫婦が生まれた世界とこの世界の結びつきを意味しとる。その羽根が囲う右二つ巴は雷紋よ。そもそも成羽田神社は雨乞いの神様でな」
「はいはい、そこまで」
品の良い老婆が話の腰を鯖折りにした。
「ごめんなさいね。この人、郷土史研究が趣味なもんだから、話し出すと止まらなくなっちゃうの」
「いえいえぇ。貴重なお話が伺えて嬉しいですぅ」
「ほんで、先生に何の相談するんか?」
「ああぁ、それはですねぇ。今、東京で大規模な再開発計画が持ち上がってるのはご存知でしょうかぁ?」
「おう、知っとるで。人口が減って、空きビルや空き家や空きマンションが増えたから全部潰そうって話やろ?」
「ですですぅ。その再開発計画で先生に風水の知見からアドバイスをいただけないかと考えましてぇ」
「⋯⋯あの先生、なんでも知ってるんやな」
どよめく待合室。
黒スーツの女はさも当然とばかりにニコニコ笑顔を浮かべていた。
路地道、あぜ道、けもの道。
診療所と神社とを繋ぐ独自のルートを二人の少年は全速力で突っ走る。
途中でカエルやサワガニ、ザリガニを発見しても今日は我慢。引かれる後ろ髪を振り切って、ひたすら走る。
薮を潜り抜ければ、そこはもう神社の建つ成羽田古墳だ。
立派な鳥居の奥には、見ただけでゲンナリできる社殿へと続く石階段。
子供には格好の遊び場だが、参拝者の多くは車で登れる裏の車道を利用している。
畑が裏側にあるのも車での移動が容易だからという理由に他ならない。
右回りと左回り。どちらから裏に至ろうかと成一が考えあぐねていると、ふいのクラクションが耳を打った。
「成一! 真次も! そんなとこで何してんだ? ママのとこへ行ったんじゃないのか」
見慣れた軽トラの運転席から顔を覗かせるのはカブアである。
頭に手拭いを巻きつけ、首にタオルを引っ掛けている。いつもの農作業スタイルだ。
「赤ちゃん!」
真次が叫ぶ。
「さっき生まれた!」
負けじと成一も続く。
「え?」
驚いた様子で運転席に引っ込むと、助手席に放り出していたスマホを手に取り確認する。
「⋯⋯ほんとだ」
気の抜けた声で呟く。
「男? それとも女?」
「ボクは妹がいいな」
「ぼくも!」
真次と成一は助手席のドアを開け、勝手に乗り込んできた。カブアはそれを咎めようとはせず、座るのに邪魔になりそうな麦わら帽子や買い物袋を隅に寄せ、ベンチシートに空きスペースを作った。
「そりゃよかった! 念願の妹だぞ、お兄ちゃんたち」
「ほんと!?」
「ああ、美咲さんからのメールにそう書いてある」
「やった!」
小さくガッツポーズをする二人をカブアは優しげな表情で見つめる。
「じゃあ、三人で妹に会いに行くか!」
「うん!」
軽トラが再び始動する。
三人の鼓動を代弁するかのように、軽快な排気音を鳴り響かせて。
了




