人生の退職代行会社と遺品整理(5)
紀子は人生の退職代行会社に連絡し、遺品整理を依頼した。簡単だった。まずは公式トークアプリに登録し、担当者へ要望や予算、日時などを調整し、クレジットカードで振り込みをし、予定の日付けまで待つだけだった。
一応、この会社を使った客の口コミやレビューなどを見てみたが、退職代行サービスも終活サービスも概ね評判らしい。ネットで炎上した事もあったが、仕事ぶりは丁寧。
そして当日。予定の十時ぴったりに人生の退職代行会社の社員がやってきた。
驚いた事に広報の百瀬亜論という社会も来ていた。会社の動画サイトチャンネルでで歌ったり踊っている広報社員で、紀子も見覚えがある顔だ。四十歳ぐらいで、黒髪、眼鏡。百瀬亜論はよく話し、テキパキと動いていた。
他は若い社員が二人来ていた。高野マナという女性社員と、杉下荒野という男性社員だった。百瀬亜論とどことなく雰囲気が似てる。テキパキとし、よく話をしている所は共通点だろうか。また胸元に「出エジプト社」とワッペンが貼られて作業服も板についている。三人とも、今時の若者という雰囲気は薄い。
という事で紀子は安心し、作業を三人に全て任せていた。
依頼内容は、夫の遺品を全てゴミとして片付けて欲しいとの事だったが、紀子の要望も全部汲んでくれた。
家具は業者が引き取ってくれる予定で、トラックに積み込まれるまで人生の退職代行の三人が全部やってくれた。
初夏とはいえ、太陽の日差しは眩しい。終わったら、三人に冷たいお茶でも出そう。それに紀子はお金を払っている立場だが、こうして遺品整理を代行してもらった事は、嬉しかった。一人では、決して解決できなかっただろうから。
そうして約二時間少しで遺品整理は終了し、紀子は三人にお茶をご馳走した。
ソファのあるリビングに呼び、三人が座る。汗もかいている模様で、冷たいお茶をうまそうに飲んでいた。
「ところで、なんで広報さんが、こういう現場の仕事を?」
紀子は気になっていた事を質問していた。
「実はですね、うちの会社は安息年というお休み制度がありまして、ちょうど色々とスタッフがお休みだったんですよ」
百瀬亜論はペラペラと早口に説明していた。
「百瀬さん、早すぎっす」
一方、杉下荒野はクールにツッコミ。たぶん、年齢は二十五歳ぐらいだが、この点は若者らしい自由さが滲む。黙っていたらイケメンに見えなくもないが、口を開くと三枚目という雰囲気だった。一人黙っていた高野マナは、お茶を飲み干すと、紀子に向き合った。
高野マナも若い女だったが、その視線は真剣だった。思わず紀子は後退りそうになったが、マナはこう言って、何かを渡してきた。
「これ、紀子さんに渡した方がいいと思って。おせっかいかもしれないですけど」
「え?」
高野マナから渡された手紙は、夫が書いたものだった。間違いない。筆跡に見覚えがある。
日付けを見ると、死ぬ一週間前ぐらいに書いたらしい。夫は虫の知らせのようなものを感じ、筆をとったと綴っていた。
今までの不倫の謝罪が綴られていた。
「一体どういう風の吹き回し?」
紀子の疑問には誰も答えないが、手紙を渡してくれたマナは、目を潤ませていた。
「ありがとう。これは捨てないでくれて」
夫の謝罪の意味はわからないが、この手紙を読めて良かったとは思う。夫は根っからの悪人ではなかったらしい。
紀子は深く頷き、手紙を見つめる。
「さあ、紀子さん。大丈夫です。見た目はとてもお若いですし、まだまだです!」
杉下荒野のチャラチャラとした軽い声が響く。まるでウクレレのような響き。死んだ夫も時々ウクレレを弾いていた。
「そうですよ!」
高野マナの明るい声。
「ええ、紀子さん、新しい人生へようこそ」
百瀬亜論の声も重なり、紀子は笑ってしまう。もう二階には、何も無い。肩の荷がおりた。今だけは空の鳥のよう。自由な気分だ。
「ありがとう……。残りの人生、前を向いて歩いてもいいかしらね?」
三人は深く頷いていた。