人生の退職代行会社と最後の晩餐(6)
「うまい。実にうまいな」
百瀬亜論はSNSでは炎上していたが、実際、目の前で会うと物腰は柔らかい。それに惣菜屋の安い弁当も実にうまそうに食べていた。
「このちくわ天が絶品だね。あぁ、サクサクとしてうまい。鮭の油も最高だ。絶対コラーゲンたっぷり。高野くんも、お肌プルプルになるぞ」
「やだ、亜論さん。セクハラですか。訴えますよ」
「ははは」
百瀬亜論と高野マナは弁当を食べながら、冗談を言うぐらいだった。
一方、正規は困惑しながら惣菜屋の弁当を食べていた。単純なのり弁だ。焼き鮭、ちくわ天、コロッケ、プチトマト、ポテトサラダ、海苔付きおかかごはんで構成される弁当は、決して高級ではないはずだ。実際、正規が食べてもそれほど美味しいとは思えない。不味くはないが、普通の味。それでも百瀬亜論は実にうまそうに食べ、笑顔を作り、時には食レポもし、時々高級弁当を食べているかのように錯覚してしまう。
高野マナも明るく雑談をし、こちらも笑顔でもぐもぐと食べている。二人とも食事を美味しそうに食べるというスキルを持っているらしく、正規もつられてパクパクと食べてしまった。
正直、食にこだわってはない。コンビニでもファストフードの食事でも食べられれば何でもいいというタイプの正規。それに母親は料理下手で食材を腐らせていた。腐りかけた肉豆腐が堂々と食卓に並ぶ事もあり、現在、父は母の発達障害を疑っているらしいが、両親の世代ではそういった発想もなく、見過ごされてきた精神疾患も多いらしい。
そんなマイナスな事も考えていたのに、百瀬亜論が美味しそうに食事していた為、どうもつられてしまう。普通ののり弁も、綺麗に完食してしまった。
「みんなで食事をするのっていいよね。最後の晩餐会と言った感じか」
食後のコーヒーを啜りつつ、百瀬亜論はしみじみと呟く。
「最後の晩餐の絵画ってあるだろう。あれって牛丼屋ぽいよな」
「やだ、亜論さん。宗教ブラックジョークがきついですって」
「本当のイエス・キリストの最後の晩餐ってみんなで輪になって食べていたらしいが」
百瀬亜論はそんな豆知識を披露すると、ずっと黙っていた正規に向き直す。その表情はいつになく真面目で正規は緊張してきた。
「君の事は知っているよ。いや、推し活ありがとう」
そこまでバレていたらしく、正規は口籠る。百瀬亜論のメガネの奥の目は、何もかも見透かしているよう。
「そこでお礼として君に素晴らしいプレゼントがある。実は我が社の監修者が最新AIを駆使して作ったもので。さあ、高野くん、ノートパソコンとプロジェクターの準備を」
「はい、亜論さん!」
正規が何も言えず戸惑っているうちに、高野マナは着々と準備をした。電気も消し、あっという間にプロジェクターで映像が始まってしまうが。
「は? 俺の人生の死後の世界? なんだ、この動画は? え? なんだ?」
その動画のタイトルに変な声が出る正規。「石井正規の死後の世界」というタイトルだったが、どういう意味だ?
百瀬亜論も高野マナも何も言わない。YouTubeっぽいフリーミュージックとともに、映像が進み始めた。
「は? なんでうちの両親が!?」
その動画は明らかにAIのアニメ動画だったが、両親そっくりのキャラクターが登場。しかも正規の葬式をあげていたが。
「あの子は引きこもりで苦労させられた。正直、自殺してくれてホッとしてる」
「そうね、お父さん。5080問題になるところだったわ」
両親はそう言い、葬儀会場で寿司を食べていた。その表情は笑顔。心底すっきりとした様子だった。
AIアニメと頭では理解しているが、これは何なのか。悪趣味すぎて言葉を失っていると、次は森内そっくりの女が登場。森内はSNSで利用者の正規が自殺したとお涙頂戴ポエムをしたため、フォロワーから同情され、実に気分が良さそうだった。ハーゲンダッツのアイスを食べ、ニヤニヤしながらSNSのフォロワー数をチェックしていた。
「な、なんだよ。これは」
もう正規の声は弱々しかったが、AIアニメの映像は容赦ない。
主治医の精神科医も正規の自殺を知っても「あ、そう」だけ言い、膨大な患者の数を捌き、仕事が終わったらうまそうにビールを飲んでいた。
同じ会社でよくしてくれた高瀬川優香もそう。正規の自殺を知っても、特に表情を変えず、ハンバーガーを貪っていた。同じく夏目光輝もそう。仕事が終わると、チョコレートパフェを実にうまそうに食べている。
その他、過去の上司や同僚もそう。だれ一人、正規の自殺を悲しまず、気にも留めず、寿司、ピザ、焼肉、ステーキ、ハンバーガー、パフェを貪っていた。
同じ推し仲間達も例外でない。仲間だと思っていた一橋も、ニコニコ笑顔でフルーツサンドを食べていた。
最後に、百瀬亜論の映像も流れて、ファミレスのフルーツパフェを実にうまそうに頬張り、食レポまでしていた。そして高野マナ達、社員もこの会議室で「イエーイ!」と騒ぎながら、ビールも飲んでいた。この最後のパートはAIアニメではなく、実写で、さらに正規の言葉が失われていた。
悪ふざけがすぎる。AIアニメはフィクションだろう。台本もあると思われるが、急に馬鹿馬鹿しくなってきた。
自殺したら、自分を苦しめた連中がさらに罪悪感で縛られるだろうと予想していたが、現実は全く違うのかもしれない。むしろ逆。自分が死んでもさらに幸せそうな連中の映像を見ていたら、考えが変わってきた。死ぬよりも、しぶとく生きている方が彼らへの復讐になるかもしれない。
「高野くん、食後のデザートを」
「はい、亜論さん!」
高野マナは早歩きでアイスクリームを持ってきた。コンビニのアイスクリームで、百瀬亜論はジャリジャリと実にうまそうに食べていた。たしか一番安いラインのシャーベットタイプのアイスだが、そうは見えないほど美味しそうだ。
「正規くんも、アイス食べてごらん。美味しいよ。どうせ死ぬんだったら、その前に世界中の美味しいものを堪能したらどうかね? 俺と最後の晩餐を楽しもうではないか?」
ニコニコ笑顔でアイスを食べている百瀬亜論。子供みたいだ。そんな百瀬亜論の側にいるだけで気が抜けてきた。
「そうだ、正規さん。最後の晩餐の様子をSNSにあげたら良いんじゃない? バズるかもよ?」
高野マナの明るい声も響き、正規の肩の力は完全に抜けていた。馬鹿馬鹿しい話だ。悪趣味な死後の映像を見せられ、自分を苦しめてきた人間への執着が薄まってきてしまうなんて。
「それは良いね。ゴキブリぐらいしぶとくSNSをやってたらいつかバズる。お、アイスの棒、当たってるな?」
百瀬亜論は「当たり」と書かれたアイスの棒をペンライトのように振っていた。
その後、正規は貯金がつきるまで美食三昧の生活を送る事にした。
ネットで話題になっていた海辺の町のアジフライも食べに行った。衣はサクサクで中はふっくらしていた。
「これ、うまいじゃん?」
百瀬亜論ほどの食レポはできなかったが、SNSにアジフライの写真をあげると、意外といいねもつく。中には「無職の子供部屋おじさんが美味しい飯くうな!」なんてコメントもついたが。いわゆるアンチだろうが、無視。きっとアンチは自分が自殺しても、罪の意識なんて持たない。翌日にはケロッと美味しい寿司でも食っていると思うと、アンチなんかに傷つく方が馬鹿馬鹿しい。
こうしてアンチや否定的な意見も無視し続け、毎日のように美食三昧し、SNSに写真をあげていた。そろそろ貯金もつき、最後の晩餐になりそうだったが、なぜかパフェの画像が拡散され、たくさんのいいねと投げ銭も入ってきてしまった。
おかげであと一年ぐらいは余裕で美食三昧できそう。正規はため息をつく。全く自分の思い通りにならない。最後の晩餐はまだまだ遠いらしい。




