人生の退職代行会社と最後の晩餐(5)
出エジプト社の本社は、雑居ビル群にある。駅前は商業施設が多く、賑やかだったが、少し離れた場所は雑居ビルも多く、ごちゃごちゃとした雰囲気。
ビルにはコンビニや美容院、派遣会社などもあり、本当に聖地かと問われたら、多くの人は首を傾げるだろう。ガッカリするかもしれないが、リアル聖地のように戦争などは起こる気配はない。日常に溶け込み、平和そのものに見える。
「こんにちは! 石井正規さんですよね? 出エジプト社の社員の高野マナです」
正規はそんな出エジプト社のビルにつくと、さっそく社員に迎えられた。名前だけは知っていた。広報の百瀬亜論のSNSにたびたび登場し「部下の高野マナは社畜でなんでも屋」と言われていた事を記憶している。
目の前にいる高野マナは、おそらくZ世代。もしかしたら二十代前半かもしれないが、黒髪で優等生タイプの雰囲気だ。Z世代というと、あんまり仕事に熱心でない先入観もあったが、高野マナは例外らしい。
「本当は正規さんの担当の過越安息がご案内する予定だったんですが、急に仕事が入り、だったら、私が是非と立候補しました!」
「へえ」
「根っからの社畜なんですよ。でも、あんまりスーツは似合っていないでしょ?」
「そうですかね。似合ってると思いますが」
「とあるクライアントがスーツが喪服とか言っていたんですよー。大学時代のモラトリアムが死ぬからですって。そう思うと、スーツなんて似合いたくないというか」
「へえ……」
そんな会話をしつつ、エレベーターは出エジプト社がある七階にたどりつき、さっそくイベントが始まった。正規がチケットを渡すと、社員証のレプリカを渡され、首にかけても良いという。
「こんなレプリカ渡されるのなら、スーツ着て聖地巡礼すればよかったな」
「そんな事ないですよ、正規さん。パーカー姿もよくお似合いです!」
高野マナに褒められても全く嬉しくないが、最初は第一カウンセリングルームに案内された。見た目は就労移行のカウンセリングルームとそっくりだったが、一つだけ違う点があった。変なポスターが貼ってあってある。
「出エジプト社の十戒? なんですか、これは?」
「うちって宗教くさい会社ですし」
「確かにそうか。旧約聖書の出エジプト記の十戒からとっているのか」
「そうです、よくわかりましたね」
「俺はこの会社のファンだしな。細かいところまでよく世界観作ってると好きだね」
「細かいディテールって大事ですし。そうだ、正規さん。写真撮りましょ!」
高野マナに勧められ、このポスターの前で写真も撮った。なんだか本当に聖地巡礼みたいだった。正規の緊張も解け、他のカウンセリングルームや事務室なども見せてもらう。事務室は机やパソコン、電話などがあり、普通のオフィスとそっくりだったが、他の社員はいない。
「うちは基本的にリモートワークも多いですから、本社の事務所にはあんまり人がいないんですよね」
高野マナが説明しながら、ホワイトボートにある予定表も見せてくれた。こちらはリモートワークの社員の予定も書かれ、スケジュールはびっしりだった。遺品整理など現地へ出向く社員も多いらしい。正規の担当社員の過越安息は、北海道まで出掛けていた。また、安息年という休暇システムがあり、柴田箱男という社員は一年まるまる休みで驚く。安息年のシステムは知っていたが、こうして比較してみると、かなりの好待遇に見えて仕方ない。
「そう。柴田さんはお休みなんですよね。まあ、柴田さんは炎上系社員ですから、少し休んでもらった方がいいかも」
「炎上系?」
高野マナは言いにくそうだが、答えてくれた。
「ええ。実は自殺幇助みたいなサービス考えたのもあの人で」
「嘘だ。広報の亜論さんではないのか?」
これには驚いたが、この流れだったら、あのサービスのついて質問しやすい。正規は手に汗を握りつつ、自殺幇助サービスについて聞いた。
「ちょ、待ってください。それはおいおい説明しますから、まずは本社見学ですよ!」
「そ、そうだが……」
「最後に亜論さんとも会食がありますから。大丈夫。亜論さん達が素敵なプレゼントを用意しているらしいです」
「本当か?」
「ええ」
という事で正規は押し切られてしまい、本社ツアーを続けた。次は事務室を出ると、社長室の前まで案内されたが。
「あ、でも社長は口下手ですから、会えません」
「口下手?」
「昔は可愛かったみたいですが」
「隣にある監修者の部屋っていうのは何だ?」
正規はそれも気になったが、高野マナも監修者には会ったことが無いという。
「誰も監修者について教えてくれないんですよ」
「そんな事あるかな?」
「まあまあ、次は会議室へ行きましょう。亜論さんもいます。一緒にお弁当食べながら、仲良く話しましょ!」
社長や監修者の話題をはぐらかされ、何となく消化不良だったが、また高野マナに押し切られる形で会議室へ。
会議室も一般的だ。長テーブルと、椅子、ホワイトボードがある。観葉植物も置いてあり、ますます一般的な会議室に見えたが、そこにいる人物は全く違う。
百瀬亜論がいた。動画サイトで歌って踊る広報だったが、想像以上に背も高く、手足も長い。ダンス動画で映えていたのも納得の体型だったが、笑顔で正規に挨拶していた。
「正規さん、ようこそ、我が社へ。素晴らしい贈り物もあるから、心ゆくまで楽しんでくれたまえ」
堂々とした語り口だ。動画サイトでは一発屋芸人のような雰囲気もあったが、目の前にいる百瀬亜論はそんなオーラはなく、会社の広報としてのプロ意識のようなものが透けて見える。障害者雇用や非正規雇用で転々としてきた正規にとっては、そのプロ意識は眩しい。怖気づき、後ずさってしまう程だったが。
これは蜘蛛の糸かもしれない。しかも最後の蜘蛛の糸の可能性がある。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
正規は逃げない事に決めた。百瀬亜論に負けないぐらい背筋を伸ばし、はっきりと大きな声で挨拶していた。




