人生の退職代行会社と最後の晩餐(4)
日本社会は想像以上に人手不足らしい。配送センターなどは履歴書も不要だったし、警備は簡単な面談だけで入社ができた。他、宿泊、小売、飲食、介護なども簡単に入社ができた。さすがに面接で「退職代行会社の会員ランクをあげたいので入社したいです」とはいえなかったが。
こうして正規は簡単に入手可能の非正規職に入り、数日から数週間で退職代行を使って辞める事を繰り返していた。人手不足で履歴書不問の企業に応募するのがコツだ。ブランクや短期退職を繰り返し、ぼろぼろ履歴書も表に出ず、簡単に入社が成功し、その度に出エジプト社の退職代行サービスを使って辞めた。
もう十九回目になる。会員ランクはどんどん上がり、トップのプラチナ会員にも近いかもしれない。
退職代行サービスも簡単だった。公式トークアプリを登録し、数回のやり取りと銀行振込みで終了し、確かにこの手軽さは癖になる。
担当の社員は過越安息という変な名前の男だ。退職代行サービスを使いながら、過越安息に問い合わせは繰り返していたが、答えはない。終活サービスの案内などされ絶妙にはぐらかされていた。ノベルティにエンディングノートやボールペン、クリアファイルなどを送られる事もあったが、推し活らしく画像を撮り、SNSで自慢すると、一橋達からいいね!がついた。
プラチナ会員になる為に入社と退職を繰り返す正親。一橋はじめ、ネットの友人達は呆れていたが、これも推し活の一環かもしれない。あの蜘蛛の糸はどうしても掴みたい。その為だったら、苦手な面接や新しい職場に入る事も厭わない。
そして小売のスーパーの品出しスタッフの面接も通過し、内定をもらった。このスーパーは履歴書を持ってこいというので、ぼろぼろ経歴も書き、一応持っていったが、その場で即採用。面接もろくに質問されず、ブラック企業の悪寒はしたものだが、どうせ退職代行を使って辞める予定だ。
実際の仕事も大変だった。ワンオペでお菓子コーナーなどを任され、お局上司からは怒られ、店長からは鈍臭いと殴られた。給料も最低賃金で有給もない待遇だったが、どうせ数日で辞める予定だった。店長に殴られたり、お局にいじめられても、正規は気にしない。正規には目標があった。出エジプト社のプラチナ会員になれるのなら、どんな苦行でも受けてたとう。
お経を唱え、写経をし、断食もして、滝に打たれるような修行僧の気分だった。この苦行を乗り越えれば必ず極楽浄土へ転生出来る。信じて疑わない。推しへの信仰心が正規を厳しい苦行へと駆り立てていた。障害者雇用で働いていた時と全く違い、正規の目はキラキラと輝くほどだった。顔つきの子供っぽさは薄くなってきた。
そしてこのスーパーの仕事も三日で退職代行を使って辞めた。トークアプリで担当の過越安息に連絡をし、数分で退職が完了。出エジプト社様式の退職届けなども書き、会社へ発送したら、無事に手続きも終わる。
「お、過越さんからメールが来た? やった! プラチナ会員の案内だ!」
すぐに会員ランクアップのメールも来た。最高ランクのプラチナ会員となったので、後日、特典を発送するという。
もしかしたら、この特典で自殺幇助のようなサービスを受けられるかもしれない。ようやくこの苦行と人生から解放されると思うと、多幸感で胸がいっぱいだ。ついに極楽浄土へ転生出来るかもしれない。短期離職と退職代行費用で貯金もカスカスだったが、ようやく蜘蛛の糸で地獄を抜け出せる。
「は?」
しかし、自宅に届いた特典は正規を困惑させるものだった。ノベルティのエンディングノート、ペン、付箋、シールが入っているのは予想通りだったが。
「は?」
中には出エジプト社の本社見学ツアーのチケットとチラシが入っていた。広報の百瀬亜論と直接会って弁当も食べられるらしい。出エジプト社・聖地巡礼イベントとし、熱心なファン向けの御礼感謝祭企画ともあったが。
「聖地巡礼ってどういう事か?」
どうやら正規の希望通りには行かなかったらしいが、もしかしたら自殺幇助サービスを受けられるチャンスになるかもしれない。広報の百瀬亜論に頼も込めば、行けるかもしれない。こんな苦行もしたのだから。
まだ蜘蛛の糸は切れていないはず。極楽浄土に行けると信じ、聖地巡礼もしようではないか。




