人生の退職代行会社と遺品整理(4)
コンビニから帰ってきた娘は、ご機嫌だった。なんでもコンビニで引いたクジが当たり、ペットボトルのコーヒーが貰えたという。
娘は四十五歳だが、こうして無邪気に喜ぶ姿は、子供時代を彷彿とさせ、紀子の気分も落ち着いてきた。
改めてお湯を沸かし、ダイニングテーブルで親子揃ってケーキを食べた。
コンビニの苺のショートケーキだったが、不味くない。むしろ美味しい。紀子は食べながら、街のケーキ屋が消えていく理由を察してしまったが、美味しいものは美味しく、あっという間に皿が空になってしまった。
「で、良子。今日は何しに来たのよ」
「うん、お父さんのレコードで貴重なの探しに来たんだけど」
「へえ」
娘は音楽関連のライターをしていた。十五年以上もそれで食っている。結婚相手も仕事で知り合ったギタリスト。子供の頃は「お父さんみたいにならない!」と言っていたものだが、その通りになっていた。もっとも結婚相手はかなりのスキルがあるらしく、女遊びよりもギターの練習に明け暮れるようなオタクタイプらしいが。
「とりあえず、お父さんのレコードやCD、全部私が貰って行っていい?」
「え、いいけど……」
「やっぱり、こうした方が良かったかもね」
娘の言いたい事がよく分からないが、相手も何か察しているのだろう。今は急に真顔になっていた。
「もう、いい加減、お父さんの部屋を片付けていいんじゃない?」
やはり、娘は紀子の現状を察しているらしい。
「もう自由になりなよ。もうお父さんの妻はやめていい時期だよ」
「そうかしら……」
「みんなもっと自分勝手に生きてるでしょ。いいんだよ、お父さんのもの全部捨てたって」
娘は呆れているようにも見えた。窓の外からカラスの鳴き声も響くが、人間をバカにしたような雰囲気。
「でもねぇ。一人で片付けるのもしんどくて。音楽関係だけじゃなくて、愛人の手紙とかもあるのよ……」
「そっか」
「でも、一人で片付けないとね……」
結局、死んでからも夫の後始末は妻の役目だと思うと気が重い。
今さならながら、退職代行を使って辞めた鈴木の私物整理も、なんで自分がやったのだろうと思う。なぜか、そういった役割を押し付けられているようで、紀子は唇を噛んでしまう。
「だったら、人に頼めばいいじゃない。とりあえず、CDとレコードは私が処理する」
「それはいいけど……」
問題は愛人関連のものだ。これは、娘も見たいものでは無いだろう。
「やっぱり一人で片付けないとダメかしら」
「いや、だったら人生の退職代行会社を頼めば?」
「え?」
それは聞いた事がある。職場の一子から聞いた。普通の退職代行サービスをしていた会社だが、今は終活ビジネスにも手を出し、成功している事は知っている。
「普通の退職代行は職場の私物は片付けませんけど、我が社は人生の退職代行会社。遺品整理も承っておりますおります、だって。悪趣味ねぇ」
娘はその会社の公式ホームページをネットで開き、最初は引いていたものの、面白がっていた。
「お父さんは勝手よね。勝手に死んで、私物の処理もしないで、トンズラ。だったら、うちらも好き勝手していいんじゃない? できない事は逃げよう。他人に頼もうよ、お母さん」
娘は笑いながらも、紀子の肩を叩く。
「自分一人で何とかしようって考え、昭和すぎるし。私だって料理面倒な時、デリバリーやミールキット使ってるから。だからって別に家族に愛情ないって証拠にもならんでしょう?」
なぜか娘の声が胸へすっと響き、紀子は顔を両手で覆ってしまう。
「お母さん、もう今の世の中は令和だから。努力とか根性とかでどうにかなる昭和は終わった。日本の明るい未来を信じる平成も終わった。もう自由になっていいでしょう?」
娘の声を聞きながら、自分を縛っていたのは、自分自身だった事に気づいてしまう。夫でも過去のせいでもなかったらしい。
「大丈夫。お母さん、今からでもやり直せる」
さっきコンビニのケーキを食べたせいか、まだ口の中が甘い。
慌てて紅茶を飲むが、不思議と苦味も感じない。
「ええ。じゃあ、お父さんの遺品整理、誰かに代わってやって貰おうかしらね」
紀子は紅茶を飲み干すと、顔を上げ、宣言していた。