人生の退職代行会社と最後の晩餐(3)
「それって推し活じゃん!」
森内がツッコミを入れた。
今日も仕事の帰り、就労移行のカウンセリングルームに立ち寄り、森内と面談中だった。最近の様子を問われたので、出エジプト社の事を話した。
どうしても自殺幇助のサービスを復活してほしいので、署名やSNSの活動だけでなく、動画や有料記事、漫画や小説なども作っている事を話す。これからネットで知り合った友達とオフ会もある、出エジプト社について語合う予定もあった。聖地として本社を見学しようという話も出ていると森内に話すとツッコまれた。
「オタクだよ、ファンだよ! それって推し活とどう違うの? っていうか漫画や小説も書けたんだね」
ツッコミを終えた森内は呆れてもいる。自殺しようとしたと言ったらオロオロしていたくせに、事情を聞くとツッコミ、呆れてもいるから、人の手の平はクルクルしやすいのだろう。
「漫画はAIに描いてもらってます。小説は見様見真似って感じですね。『人生の退職代行会社〜新しい人生へ行こうぜ!〜』っていうタイトルでなろうやnoteとかで連載しています」
「いやいや、そこまでする? 正規くんってオタク気質? 見た目はオタクっぽいけど」
「森内さん、失礼では?」
なぜか二人とも笑ってしまった。そういえばこのカウンセリングルームで大笑いするのははじめてだった。森内は女子高生のように手を叩いて笑い、つられて正規も笑ってしまう。
「正規くん、元気そうじゃん。じゃあ、もう面談の回数は減らしてもいいよね?」
「は?」
「推し活は人を元気にするね。このまま、頑張って」
森内によると、就労移行では正規よりもっと症状が重い利用者も多いらしい。簡単にいえば、正規程度の症状では、手厚いサービスは優先的に受けられないという。
森内も就労移行も好きではなかった。森内は無能だし、ここに通った時点で低賃金の非正規待遇から抜け出せそうにもない。現状維持をするだけなら優秀な福祉施設ではあったが、正規はもう笑えなくなった。少し裏切られたような気分で。
「大丈夫。推しを生き甲斐にしたら、元気に生きられるよ。その退職代行会社の推し活、頑張って」
最後に森内はそう言っていた。確かに出エジプト社の推し活じみた事をしていたら、希死念慮は薄まってきた。最初は自殺する為にやっていた活動だったのに。
「我々はミイラ取りがミイラになったのかもしれん」
ネットで知り合った友人、一橋裕太がいう。多分、本名だが、所詮ネットでの付き合いなので、確認のしようがない。
あの後、オフ会へ向かった。発達障害者が運営しているカフェで、接客も不器用、料理も遅く、美味しくないという欠点だらけのカフェだったが、オフ会の場所にピッタリだと誰かが言い始め、ここに決まった。一応個室を貸し切りにしているが、出入りは自由。最初は数人集まっていたが、一橋と二人だけのなった。
一橋も正規と似たような立場。容姿も双子のようにそっくり。一橋は作業所で時給百円で働いているらしく、正規より待遇の悪い職場らしいが。
「そうだな、一橋さん。俺も最近、出エジプト社の推し活が楽しい。ほんと、これはミイラ取りがミイラになったのか?」
「でも、ワイはやっぱ死にたいな。あの自殺幇助みたいなサービスはやっぱり魅力的だわ」
ボソボソとし、甘いだけで全く美味しくないフルーツサンドを齧り、正規は頷く。確かに推し活は楽しいが、これで希死念慮が消えたわけでもない。ミイラ取りがミイラになっていると自覚しながらも、一橋の発言に深く頷く。
「こんにちはー。って、ここの個室がオフ会の会場でいい?」
そこに新しく人がやってきた。川上一太という男だった。見た目は正規達と同年代で、黒髪、白シャツ、ジーンズ姿。正規は親近感を持ったが、彼は有名大学卒で、塾講師もしていたらしい。現在も田舎で家庭教師をやっているとか。中卒で学歴コンプレックスもる一橋は、あまり会話に入ってこなかったが、正規は一太に話しかける。
「なんか、あの自殺幇助サービス、受けられる方法ないですかね? 川上さんは知ってません?」
ここでなぜか一太の目が泳ぐ。
「まあ、そんなのあまり本気にしない方がいいかも? 案外、冗談やノリで始めたサービスかもしれない」
一太もまずいフルーツサンドを注文していたが、パクパクと食べ、夢のない事を言っている。
「そうですかね?」
「正規くん、あの広報のキャラクター見てみなって。絶対真面目に仕事してないって」
なぜか一太がここに来ているのか不明。それぐらい熱量が薄い。実際、すぐ帰っていった。一太と入れ替わりのように、加賀美ミツという女も来た。五十過ぎの女だった。顔は薄い和風顔。今のジーンズやシャツより和服が似合いそうで、旦那と居酒屋を経営しているという。五十過ぎの女性とはいえ、女慣れしていない正規も一橋もドギマギとしてしまう。薄らと香水の匂いもしたが、今まで正規は嗅いだ事のない匂い。
「ねえ、君たち。私、お客様から噂聞いたのよ」
一方、ミツはそんな正規や一橋の態度に気づかず、注文したコーヒーを啜ると、噂話を始めた。
その話は正規にとって有益な情報だった。
「なんでもあの会社の退職代行サービスの方を何回もリピートすると、プラチナ会員になって、あのサービスも特別に受けられるらしいわ」
「本当です!?」
正規は少し大きな声を出す。一方、一橋は「俺は福祉作業所通いだから、そんなん無理」と小さく呟く。
「本当よ。お客様の噂聞いたんだから」
ミツは営業を忘れず、居酒屋のショップカードやクーポン券も配ってきたが、正規にとってはどうでもいい事だ。
頭の中はミツから聞いた情報でいっぱだ。
「そうか。プラチナ会員になればいいのか……」
まずは今の仕事を退職代行を使って辞め、その後、転職と入社と退職代行利用を繰り返せば、チャンスはある?
蜘蛛の糸かもしれない。地獄に舞い降りた一本の蜘蛛の糸。これは掴むしかないだろう。




