人生の退職代行会社と最後の晩餐(2)
希死念慮は、何をやっても拭えなかった。森内に相談したり、精神科も行ったが、具体的な解決策は何も思いつかない。おまけに部署に新しく入ってきたZ世代は、正規をターゲットに定め、いじめも始まっていた訳だが、元々社内の訳アリ社員の正規に人権などはなく、相談機関に通告しても、全く意味がなかった。パワハラ対策というのも、表面的なやってる感。宗教家の儀式みたいだ。形骸的なものだったのかもしれない。
そして休日、両親は夏休みの旅行へ出かけてしまった。運の悪い事は重なるものだ。希死念慮から、実際の行動に移すまでハードルが低い。
いつもの希死念慮だったら、年老いた両親の背中を見ながら、思いとどまった事もあったが、今回は無理そうだ。
日本社会に漂う浮遊霊なのなら、いっそ、肉体も枯らし、三途の川を渡りたいものだ。
ついに遺書も書いてしまった。学生時代はいじめられ、大学も馴染めず、新卒カードもドブに捨てた事。長い引きこもり期間。そこから復帰してもお局にいじめ抜かれ、鬱病になった事などを書き綴っていると、悪い気分はしない。この遺書を見たら、正規をいじめたり、不遇に陥れた存在が震えるかもしれない。後悔し、墓前で泣くかもしれない。
そう思うと、遺書の筆は進み、便箋を二十枚ぐらい使ってしまった。障害者雇用という訳アリの自分にも優しかった高瀬川優香や夏目光輝の顔なども浮かぶが、もう彼らはいない。
森内も無能とはいえ、一応話は聞いてくれた。遺書に彼女の名前を書くのは辞めた。精神科医の名前は書いておいた。これもある種の医療ミスだ。精神科医の自殺者も多いらしいが、医療ミスの自業自得と思えば、単にカルマの解消をやっているだけだろう。なぜか精神科の患者が自殺しても、法に問われる事は滅多にないのだから、精神科医の自殺者が多いのも理にかなっている。
一応、最後に年老いた両親への感謝の言葉を書く。孫も生まれず、彼女も一回も家に連れて来る事はできなかったが、後追いはせず、長生きして欲しいとは書いた。
しかし、両親への言葉を書き連ねていくうちに、子供部屋のここで薬を大量に摂取し、自殺するのは、良い事なのかわからなくなってきた。
第一発見者は確実に両親だ。夏だし、死体の腐敗も進んでいるかもそれない。その処理を両親に頼むのは、なんとも心苦しい。
人生も退職代行みたいなサービスを使って辞められたらいい。死後の家族や警察への連絡を代行してくれたり、遺品や遺体を代わりに片付けてくれる会社があればいい。いわば人生の退職代行会社。
「人生も仕事も似てるな。自分で決めている訳でもないし、苦しい。簡単にやめられないっていうのもそっくり……」
そんな独り言を溢していたら、何か思い出す。そういえば退職代行会社が、自殺幇助のような終活サービスを提供し、炎上してなかったか?
「どの会社だっけ?」
書き終えた遺書を横に置き、スマートフォンを取り出す。その退職代行会社の名前はすっかり忘れていたが、藁をも掴む思いだ。そんな自殺志願者の夢のようなサービスがあったら、絶対に利用したいものだ。
会社の名前はすぐに判明した。出エジプト社という名前だ。元々は単なる退職代行会社だったが、終活ビジネスにも手を出し、自殺幇助に見られるサービスも提供し、炎上した。各方面からお叱りを受け、そのサービスは誰一人利用されないまま無期限停止になったそうだ。
他、出エジプト社は広報の百瀬亜論がSNSでたびたび炎上し、フォロワーも多い。アンチも多いが、歌って踊って本も書く広報とし、メディアからの取材も多いとか。
動画サイトで百瀬亜論の顔を確認したが、一発屋芸人のような雰囲気の男だ。四十過ぎの男らしいが、黒縁メガネの奥の人を小馬鹿にしている目が嫌らしい。おそらくこの広報が自殺幇助サービスを企画したのだろうが、なんとか復活できないものか?
思い立ったら吉日だ。さっそく百瀬亜論のSNSに例のサービスを復活するようにコメントを送る。正規のような考えのSNSユーザーは少なくないらしい。中には署名も集め、百瀬亜論の提出しているユーザーもいた。主に安楽死賛成派やメンタルヘルス不調界隈の住人らしかったが、出エジプト社は想像以上に熱心なファンもいるらしい。
出エジプト社の退職代行サービスを使ってブラック企業から逃げ、今は好きな創作をしながら生活している人、終活サービスを受け、かえって生きる希望を持てた人、本当にやりたい事が見つかった人の体験談が百瀬亜論のSNSに寄せたれている。
フォロワー数などいくらでも水増しできるSNS。良い口コミもサクラの可能性が高いが、単なる炎上マーケティング戦略をとってる会社でもなさそうだ。百瀬亜論のインタビュー記事や動画も見た。退職代行サービスを請け負ううちに、メンタルが不調界隈の実情も知り、なんとかしたいと使命感を持ったらしい。
当然、百瀬亜論のSNSに送ったコメントなど無視されたが、なんとかあの自殺幇助終活サービスを受けられないだろうか?
SNSの安楽死賛成界隈の輪にも入り、出エジプト社の熱心なファンと共に著名活動もした。著名活動はオンライン上でもできるし、活動自体は難しくなかったが、あの自殺幇助終活サービスは魅力的だ。
なんとか復活できないものか。確かに自殺幇助は犯罪だが、困っている人には確実に光だ。
「安楽死が認められていない日本だ。自殺者幇助ぐらい合法化したっていいはず」
そうSNSに書き込むと、なぜかいいねが大量につき、バズってしまった。世の中には想像以上に死にたい人がいるらしい。




