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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と最後に会いたい人(3)

 もともと猜疑心が強い修弥だ。退職代行会社の就活ビジネスも、そう簡単には信頼しなかった。


 初回に無料相談では料金だけでなく、細かいサービスも確認した。トークアプリ上の相談だったが、担当の高野マナという社員は丁寧な対応で、修弥の現在の悩みを見ぬいてきた。


「修弥さん、その鬱の原因は孤独死への不安かもしれません。うちの会社では孤独死防止のサービスも行っております。どうでしょう?」


 高野マナはトークアプリ上でも、グイグイと営業してきた。もともとは退職代行サービスの方で会社へ連絡する仕事をしていたそうだが、今は社内の何でも屋で、さまざまな業務もやっているらしい。


 顔も見た事がない社員だった。年齢も知らないが、典型的な社畜だろう。会社にいいように使われている事は容易に想像がついた。それだけに高野マナは裏表もなく、誠実さはあるらしい。


 少なくとも現在の鬱の原因も見抜いてきた。精神科の医者もしなかった事だった。こんな会社は疑ってはいたが、高野マナ自体は悪くないと判断。


 結局、孤独死防止のサービスを受ける事にした。これもトークアプリで完結するサービスで朝と晩に高野マナに連絡。それが無かった場合、電話がかかってくる。電話が無かったら、家までやってきて安否を確認するというサービスだった。


 トークアプリでは担当社員に人生相談もできるらしい。二カ月ごとの更新で初回は二万円(税込)。それ以降の値段は随時決まるシステムらしい。だいたいは初回の金額の七割〜六割ぐらいになるという。


 高いのか安いのかは不明。猜疑心が強い修弥は騙されているような感覚が拭え無かったが、精神科に行くよりはマシな気がした。


 まずは決まった時間に起き、朝、トークアプリで高野マナに連絡。既読がつき、「おはようございます!」のスタンプが返ってくる。これで朝は完了。


 夜も寝る前にトークアプリで連絡。同様「お休みなさい!」のスタンプが返ってきたら、完了。


 もし忘れた場合は電話がかかってくる。修弥も何回か忘れ、電話がかかってくる事もあったが、人間、習慣になってしまうと、案外忘れないものらしい。


 一カ月も同じ事を繰り返していたら、すっかり毎日の習慣になってしまった。規則正しい生活にも変わり、突然涙が出るような事も減ってきたが。


 このサービスは、まるでタイムカードを押しているような気分だ。高野マナとのやり取りは人生のタイムカード。人生も仕事と似ているのかもしれない。


「修弥さん、面白いですね。確かの我が社のこのサービスは、タイムカードみたいかもしれません」


 高野マナにいうと、そんな返事がトークアプリから返ってきた。


 他にも健康的な食事、運動のメニューも紹介され、修弥の鬱症状は改善されてきた。精神科の薬を飲まなくても、ぐっすりと眠れるぐらいに改善してきた。


「修弥さん。早期リタイアとかFIREとか言っているから鬱になったとも思いますね。我が社のクライアントでも似たような結果になった方が多くいました。退職代行使って辞めてFIREしたのに幸せになれないって言うんです」


 高野マナから送られてきたメッセージを読みながら、修弥は頷く。あんなに嫌いだった会社も辞めて、家で好きな事をしていれば幸せになれると思っていたが、そう簡単ではないらしい。人間、身体を動かしたり、他人と会う事も重要らしい。


「俺、仕事するべきか?」


 退職代行会社にする質問か?


 そんなツッコミも自分で入れつつ、高野マナに聞いてみた。


 すぐに既読がつく。


「修弥さんの場合は週に二、三回ぐらいは働いた方がいいでしょう。配送センターや工場勤務などがおすすめです。我が社はブラック企業の情報も持っています。相談くだされば避けた方がいい会社もお伝えできます!」


 もう会社で働くのはこりごりだと思っていたが、高野マナのメッセージを見たら気が変わってきた。


 結局、大手通販サイトの物流センターで働く事にした。人手不足らしく、面接もすぐに通った。確かに段ボールの処理や重い商品もあったが、周数回のパートなので気楽なものだった。身体を動かすのも健康にいいらしい。物流センターにいる時は、全く鬱症状が出ない。


 周りの同僚は外国人や主婦、フリーターも多い。いわば社会的には弱者よりの同僚も多かったが、それ故に社会に揉まれ、丸くなっている人も多く、働きやすい。井中千花という主婦とも仲良くなり、一緒に弁当を食べるほどの仲にもなった。


「そうよ、FIREとか早期リタイアなんてやめなさいよ。鬱になるだけだって」


 一緒に弁当を食べながら、千花にも指摘された。ベテラン主婦らしく、弁当の中身は美味しそうな唐揚げや焼き魚が入っている。思わず修弥は自分の弁当の冷凍コロッケと交換を願うほどだ。


 千花の唐揚げは衣がだサクサクとして美味しい。久々に誰かの手料理を食べた気がする。以前とは全く違う意味で泣きたくなってきた。


「そうですよね。家で暇していても鬱になりますよね」

「そうよ。それに私たちもいい歳でしょ? もう死も見えてきた。我慢するのも良くないわ。ほどほどに楽しい事をするのがいいんでしょうね?」


 修弥は涙を堪えながら、頷く。


 確かに今はもう死が見えてくる年代だ。孤独死防止は今のところ成功している。高野マナと連絡をとっている限りは孤独死の恐れはないはずだが……。


 このまま毎日を繰り返すべきかわからない。


「明日死ぬと思いながら、生きるといいかもね?」


 千花はそう言い残すと、仕事に戻っていく。職場の休憩所に残された修弥はもう一度頷く。


「そうか、明日死ぬとしたら……」


 頭に浮かぶのは、別れた妻や子供の顔だった。仕事が上手くいかず、ずっとお互いに喧嘩状態だった。喧嘩別れだった。お互いに若かった。命も無限で永遠のような気がしていたが、実際はそんな事はない。本当はいつ死んでもおかしくない世界に生きていた。歳をとってようやく気づくが、もう遅いのだろうか。


「マナさん、元妻や子供に会いに行った方がいいですかね? 明日死ぬと思ったら、謝りたいというか、最後に顔を一度だけも見たいというか……」


 我ながら自分勝手な相談をしていると思ったが、既読がつき、すぐに返事がかえってきた。


「本当に明日死ぬかもしれませんしね。修弥さんが後悔ない選択をしましょう」


 その通りかもしれない。寿命はわからない。命は無限ではない。有限だ。その時、一番後悔する事は、元妻や子供の事しかないだろう。


 もう鬱症状もだいぶ軽くなった。孤独死の不安も消えた。


 今は会いたい人の事ばかり考えてしまう。

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