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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と最後に会いたい人(2)

 総合病院の精神科診察室は、鶏小屋のように狭い。一応カーテンで仕切られてはいたが、医者との距離も近く圧がある。


 隣の診断室からは泣き声も聞こえてくる。女の泣き声だ。修弥も涙が止まらない時が多い。全く笑えない。


「先生、俺も泣きたくなりますよ。意味もなく。確かに眠れるようにはなった。イライラも減った。が、何も変わってないですね」


 修弥は医者に症状を訴えたが、反応は薄い。医者はパソコンに視線を固定させたまま、修弥の顔は見ない。あえて見ていないのだろうか。医者も人間だ。精神が悪化中の人間とは話したくないのかもしれない。


 あの後、ここで初診を受け、結局、鬱病という診断がでた。投薬治療が始まり、月に一回、診察もあったが、何の改善もない。


「強いお薬をお出ししておきましょう。それに今の時期は天気も不安定ですからね。カラッとした真夏になったら、改善するでしょう」

「先生、適当に言っていませんかね? そもそも精神科の薬って良くなるんですか? 例えばお金や家庭問題が原因で鬱病になっている場合、本当に薬だけで改善するんですか?」


 修弥は早口だった。元々、そういった話し方で、配信でもそうだった。この医者にも同じ話し方をしたが、返事はない。またパソコンを見つめていた。隣の診察室からの泣き声も大音量となってきた。不穏な雰囲気が診察室に充満ていく。


「お薬出しておきましょう。いい薬です」


 医者はそれしか言わなかった。


 その後、待合室で待たされた。患者が多いらしい。椅子も満席中で、修弥は立ちながら待ち、支払いを済ませた時にはへとへとだった。五十過ぎの身体は少し待っているだけでも、疲れてくる。


 その後に薬局へ向かったが、ここも満員状態だった。おそらく一時間以上待たされそうで、それだけでも疲労感がすごい。


 なんとか薬局の椅子は確保できたものの、ため息が出る。まるで疲労感を買いに病院に来ているみたいだ。修弥の頭に「本末転倒」という言葉が浮かんでしまう。この通院は意味があるか不明。逆効果の可能性もあり、修弥の口元はへの字に歪んでいく。猜疑心の強い修弥は、今の通院生活にも疑いが消えない。


「あら、あなた。大丈夫?」


 その時だった。隣に座っている老婦人に話しかけられた。年齢は七十歳ぐらいだろうか。髪はグレイだったが、きっちりとセットされ、目の色も生き生きとしていた。老け込んでは見えない。


「いえ、大丈夫です」

「そう?」

「おばあさんは、なんで病院?」

「腰痛の湿布もらいに来ただけだからね。いやね、何でこんな混んでるの?」


 しばらく老婦人と雑談していた。それぐらい混んでいて暇だったからだろう。老婦人の名前は湯川英恵というらしい。孫がインフレエンサーになり、本を出す事なども自慢してきた。


「へえ。インフルエンサーか」

「そうなの。どう思う? 確かに安定性がないし、まともに就職した方がいいとは思うけど」

「いや、インフルエンサーがいいと思いますよ。会社に行ったって搾取される事も多いし、自分で稼げるならそうした方がいい。インフルエンサーといっても稼ぎ方次第ですから」

「そうなの?」

「ええ。俺もネットで配信していますが、ニッチな需要を狙うと、意外といいかもしれませんね。コツを掴めば稼げる部分もありますし」


 なぜか老婦人と話していると、元気になってきた。雑談も弾んでしまう。


 それは老婦人が元気そうだからかもしれない。一緒に会話をするだけで、エネルギーや気みたいなものを受けとっているかもしれない。あの診察室にいたり、薬を飲むより元気に人と一緒にいる方が良くなるのだろうか。


「なんでそんなに元気なんですか?」


 思わず疑問も口にしていた。


「そう? 確かに私は元気ね。今まで大きな病気もしていないから」

「それはいいですね」

「色々事情があって孫の親代わりもしていたからね。孫から元気をもらっている可能性もあるでしょうね」

「へえ……」

「それに、最近断捨離もしたわ。終活の一環で」

「終活?」

「そう。出エジプト社っていう会社に来てもらって一緒にお片付けしたら、余計に元気になったわ」


 出エジプト社は聞いたことがある。退職代行の会社だ。終活ビジネスもしている事も知っていたが、まさか利用者とリアルで会うのは初めてだった。


「不用品片付けたらスッキリよ。それに、死ぬ事を意識したら逆に楽しくなってきた。明日死ぬかもしれないと思うと、無駄な時間が過ごせないっていうか。やりたい事した方がいいよねって思うわけよ」


 老婦人の目は余計に生き生きと輝き始めていた。


「あなたも終活してみたら? 元気になれるかもよ。そうだ、これが出エジプト社のチラシよ。おススメ!」


 老婦人は最後まで元気だった。薬を受とると、笑顔で薬局を出ていく。


 残された修弥はまだ薬を待っていた。老婦人か渡されたチラシを見る。


「終活か……」


 思えば孤独死を意識したら、涙が出てきたのだ。死への不安がそうさせたのかもしれない。修弥もいい歳だ。五十代だ。終活を始めても遅くはない。


 チラシを見ると、片付けだけでなく、エンディングノートの書き方や代行、家族との思い出作りのイベント企画もある。終活にまつわる事なら何でも協力や代行もしてくれるらしい。SNSで炎上していた自殺幇助のような終活サービスは無かった。また本業の退職代行も請け負っているらしく、チラシでの宣伝も抜かりない。商魂逞しい。


 最初はくだらないとは思っていたが、初回に相談するだけなら無料で、トークアプリでもできるらしい。孤独死防止にまつわる相談も乗れるらしく、軽い気持ちで登録してしまった。


 担当は高野マナという女だったが、トークアプリで初回無料相談の日程もサクサクと決まっていく。


 薬が出来上がるまでの待ち時間で出来てしまった。


 半信半疑だ。こんな終活で何が変わるか不明だったが、精神科の薬よりは効くかもしれない。


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