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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と最後に会いたい人(1)

「とにかく俺のような氷河期世代の底辺男は、会社に雇われる道は辞めた方がいい。自活しろ。株でも時給自足でもいいんだ。会社に雇われる道は考えるな。高確率で報われんぞ。お布施を貢ぐカルト信者みたいもんだ」


 星木修弥は、つばを飛ばしながら熱弁していた。ずっと暮らしている子供部屋で。いわゆる子供部屋おじさんではあったが、両親は他界していたし、家事や金銭管理も修弥の仕事だった。


 築四十年以上の一軒家は、あちこちにガタがきている。雨漏りもする。扉もギシギシいう。虫も多い。修繕や虫の処理も修弥がしていた。業者にはできるだけ頼らない。昔、母が詐欺にあい、六百万も騙しとられた。詐欺師は住宅リフォーム会社を装っていた為、母も簡単に騙されてしまったが、ここは田舎だ。あっという間に噂になり、被害者なのに落ち度があると誹謗中傷にもあい、身体も精神も壊し、瞬く間にあの世へ旅立った。


 修弥からしたら、詐欺師は殺人犯でもあった。余計に修弥の猜疑心は濃くなり、なんとか世間や会社に頼らず生きていく道を探し、副業や株を軌道に乗せ、現在に至る。


 現在五十二歳だったが、会社はとっくに辞めた。株の成功もあり、そこそこの貯蓄もある。いわゆるFIRE。早期リタイアともいう。


 毎週木曜日の夜は、子供部屋で配信もしていた。「氷河期底辺男の早期リタイア生活」というSNSで発信し、そこそこのフォロワーもいる。動画や生配信も小遣いになり、確にバイトをするのは馬鹿馬鹿しい。そもそも修弥は仕事野スキルも低い子供部屋おじさんだったので、短期バイトでも足手纏いになることが多く、そういった副業は縁が遠くなっていた。


「そう、だからフォロワーのみんなも会社に頼る生き方は辞めよう。俺なんか簿記一級や社労士資格を取っても何もなかったからな。それどころか会社が倒産したり、路頭に迷いそうになった事もある」


 子供部屋に修弥の声が響く。さすがに学習机は捨てた。学習机があった場所には株や副業の本が並んでいた。そこだけ意識が高そうに見えるものだが、漫画も多い。


 顔も出して配信中だったので、容姿や声もの悪口も書き込まれていた。ハゲとか早口で聞き取れないとか。修弥はそういったコメントは無視し、フォロワーからの質問コーナーへうつる。生配信といっても、ダラダラ話すのは苦手。一応進行表も作り、その通りに配信していた。


 質問は会社員時代の話や資格ビジネスの闇についても多かった。修弥は氷河期世代で非正規時代の長く、資格をとりさえすれば転職に有利になると思っていたが、そんな事は全くなかった。転職の場所では資格よりも実務経験の方が優遇され、国家資格でも、医者ぐらいしか意味がないと悟った。結局、資格学校のよいカモにされただけ。


 会社もそう。ブラック企業にもいた事があったが、結局、搾取されただけだった。母の詐欺事件も相まって社会への猜疑心は青天井だ。


 フォロワーにそんな話を語るのは楽しい。同年代の似たような立場の男と簡単に繋がる事もでき、社会への疑い・疑問を共有していると、自分は孤独ではないと思う。


「続いてマサキさんからの質問です。退職代行会社についてどう思いますか? そうだな。俺は悪いとも良いとも言えないね。ブラック企業だったら使ってもいい。一方、そうじゃない場合は、退職代行会社のいいカモにならないか?」


 フォロワーの質問をサクサクと答えていく。最近は退職代行会社も流行っているらしく、フォロワーも興味があるらしい。特に出エジプト社という退職代行会社がSNSで話題になっているらしい。動画も上手く使い広報している。他にも終活ビジネスも展開しているらしく、最近は自殺幇助にあたるようなサービスも始め炎上していた事は修弥も知っていた。


 世の中には自殺したい人が多いらしい。修弥も元にもフォロワーから自殺について相談がくる。今日も非正規にしかなれなかった氷河期のフォロワーから相談が来ていた。あの退職代行会社で、人生の終わりも代わりにやってもらいたいという。


「自殺はやめろ。俺だって死にたい事は何度もあったが、悪いのは社会だ。ブラック企業だ。親だ。日本社会だ。わがままな女も悪い。俺は他責しながら生きている。死ぬぐらいだったら全部他人のせいにしろ。死ぬべきなのは悪い奴らだって思えてくるから」


 果たしてこんなエピソードが道徳的に良いかは不明。それでもフォロワーからの共感は呼び、今日の動画配信は終了となった。SNSは共感がキーワードだ。これを上手く使えば、そこそこフォロワーがつくらしい。


「今日の相談はヘビィだったな。腹減った……」


 ノートパソコンの電源を切り、完全にオフラインとなると、急に子供部屋は静かだ。田舎らしく、時々バイクの音は聞こえてくるが、あとは遠くの鳥の声しか響いて来ない。他に副業のライティングなどもしたかったが、急に、腹も減ってきた。


 子供部屋から居間を通り抜け、台所へ向かい、パッくご飯を温めた。あとはインスタントの味噌汁と納豆で今日の夕飯は終わり。


 一人暮らしが長い。こんな食生活は慣れきっていたが、何か急に物足りない。酒は元々飲めないので、冷凍庫の中にあるバニラアイスクリームも食べてみたが、美味しくない。昔はよく食べていたのに、急に味気がない。何もないのに涙が込み上げてくるのは、なぜだ?


 ふと、遠い過去を思い出す。今でさえ、氷河期世代子供部屋おじさんというキャラでSNSをやっていた修弥だったが、一時期だけ幸せな時もあった。


 結婚していた。妻もいた。子供もいたが、上手くいかなかった。あの頃は偶然得られたラッキーだったのだろう。氷河期世代で会社に搾取され泥水を飲んでいた修弥に天から食物が降ったような、そんな奇跡。


 一人で美味しくない食事をしていると、当時の奇跡を思い出してしまう。家族三人で食事ができた事は、今思うと奇跡そのものだった。


 過去の奇跡を思い出し、また涙が止まらない。今はフォロワーに囲まれ、偉そうにアドバイスもしていたが、所詮、オフラインでは一人だ。リアル世界では家族どころか、同僚も友人すらいない。


 突然、目の前が真っ暗になり、また涙が溢れてしまう。


 高確率で孤独死の未来が見える。この家の子供部屋で朽ちていく未来。死臭で近所の人から通報され、無縁仏に行く未来も、はっきりと見えてしまった。占い師でも霊媒師でもないのに、修弥は自分の未来を悟る。こんな時、仮想空間のようなSNSはあまり役に立たない。フォロワーの数も所詮、リアルで会えなければ架空の存在かもしれない。実際、AIのSNSアカウントも多いらしい。


 また涙が溢れる。何もないのに、悲観的な未来しか見えず、涙は全く止まらない。


 後日、逆にフォロワーにアドバイスを求めたところ、鬱にかかっている可能性を指摘された。孤独な中年男性にも多いらしい。早期リタイアも精神疾患になりやすいと聞いた。


「そうか……。鬱かもしれん……」


 フォロワーのアドバイスに納得した修弥。精神科に予約を入れた。普段は一カ月ぐらい待つらしいが、急な空きもあり、三日後に診察が可能という。総合病院の中にある精神科だったが、ネットの口コミは賛否両論。不安がないわけでもないが、涙が止まらない時も多い。食事や風呂も適当で、副業のライティングも進まない。


 どうやら早期リタイア生活は理想通りとはいかないらしい。それでも今まで搾取されてきた人生だった。昔よりはマシな気はする。

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