人生の退職代行会社と就活と終活(5)
出エジプト社はおかしな会社らしい。SNSや合同企業説明会での様子で知ってはいたが、遺影専用の撮影スタジオも持っているという。こんな退職代行会社はかなりおかしい。
出エジプト社の本社ビルから数分の距離にある。雑居ビルが立ち並ぶ中、元々がメイクアップアーティストが使っていたスタジオだったという。
おかげで中も本格的だった。舞台な楽屋のようか部屋もあった。鏡が並び、設定されているメイク道具も本格的。
正直、なぜ退職代行サービスの会社が終活ビジネスにまで手を出し、こんな撮影スタジオを持っているかも謎。思わず首を傾げてしまうが、高野マナにメイクをやって貰った。
「マナさん、メイク上手くないですか? プロ?」
高野マナはファンデーションやアイシャドウの塗り方が上手く、いつものメイクより、何割かいい。鏡の中を見るのが楽しい。これだったらSNSに載せているような加工も要らないかもしれない。
「実はうちの遺影サービスが好評で、メイクも専門的に勉強しました」
「そ、そこまでします……?」
「私、根っからの社畜なんですよね。おかげで過労で時々強制入院されました!」
「結構ヘビィな事を笑いながら言うんだね」
「でも、お客さんの役に立てるなら嬉しいです。お金にならなくても。何も返ってこなくても。仕事って本来そういうものでは?」
今度は高野マナにアイロンでヘアセットもしてもらう。鼻歌交じりに楽しそう。
「仕事って良いイメージないな。遺影みたいな証明写真とって履歴書に貼り付けるし。スーツは喪服みたいだし」
ついついマイナスな事を言ってしまう。笑顔でヘアセットをする高野マナとは対照的だ。
「前もそんな事言ってたよね。でも、そんなのばっかりじゃないよ。私だって今作業着よ? スーツじゃなくて作業着着る業界行ったら良いんじゃない? みんながみんなスーツ着ているわけじゃない」
「そ、そうですか?」
「ね、どうせ人生のゴールは死だしね。死後には何も持っていけないしね。だったら、できるだけあなたが笑顔でいられる仕事についた方がいいかも?」
高野マナがそう言ったのと同時、ヘアセットも完了した。
「笑顔でいこう。せっかく可愛い遺影を撮るんだから、マイナスな事は言わない。考えない!」
明るい高野マナにつられて、奈緒もつられて笑ってしまいそうだ。
スタジオに一緒に向かい、撮影も高野マナにやってもらう。高野マナの社畜エピソードを話してもらったが、それも面白く、思わず笑ってしまった。
「奈緒さん、いいよ。笑っていこう。笑っていたら、どうにかなるよ」
履歴書用の証明写真は一人で撮った。おかげで本当に遺影みたいと思ったが、実際の遺影撮影は、笑い声が溢れていた。
撮り終えた写真もパソコン画面から見せてもらったが、どれも笑っていた。加工もないのに、履歴書用の証明写真とは雲泥の差だった。ヘアメイクもやってもらったので、単純にいつもよりビジュアルの出来栄えもいい。
「仕事の就活は一人で頑張らないとといけないですが、死の方の終活は誰かと一緒にできます。代行だってできますからね。そう思うと気が楽でしょう?」
一番出来栄えの良い遺影を選びながら聞く高野マナの声は優しい。
「奈緒さん、もう少し肩の荷物をおろそうか。どうせ最後は死ぬと思えば、もっと気楽になれるんじゃない?」
思わず頷いてしまった。客観的に二十代で終活を始め、遺影を撮るなんて馬鹿げているだろうが、肩の力が抜ける。
「とりあえずインフルエンサーは、続けてもいいかな?」
「いいと思いますよ!」
別に高野マナの許可などは要らないが、踏ん切りがついた。安定性も何もない。いつ手のひらを返されるか不明な仕事だったが、本の執筆にも追われ、配信も毎日のようにこなしていたら、喪服みたいなスーツの出番はない。
どうせゴールが同じなら。目の前の事に一生懸命になるしか無いだろう。高野マナに撮って貰った遺影を眺めながら、不思議と悩みは消えていった。綺咲との仲も相変わらずだったが、遺影をみていたら、どうでも良くなってしまった。
そんなある日。
フォロワーからDMが届いた。登校拒否中のフォロワーだったが、奈緒の配信を見てから毎日楽しくなり、海外移住への夢もできたという。感謝の言葉が綴られていた。
目の前が光で溢れるような感覚がする。インフルエンサーでも誰かの役には立ったらしい。
「そっか。本来の仕事ってそういうものか。インフルエンサーだって仕事?」
いつか高野マナが言っていた意味が腑に落ちると、スーツもカバンもパンプスも全部捨てた。すっきりした。今なら不用品を思い切り処分した祖母の気持ちが分かる。




