人生の退職代行会社と就活と終活(3)
合同企業説明会は、とあるホテルの宴会場で行われるらしい。
土地勘のない駅だったが、周りはホテルだけでなく、ライブ会場なども多く、奈緒のコンフォートゾーンの学生街や商業地とは少し雰囲気が違う。
結局、スーツを着ていた。合同企業説明会の案内ではスーツじゃなくて良いとあったが、普通に考えたらスーツがいいだろう。文字通りなく、空気や暗黙の了解を読まないといけない日本語は面倒。
そんな事を考えながら、慣れないスーツ姿で受け付けを済ませ、求人票や企業説明のパンフレットを貰った。
他の参加者も全員スーツだった。男女比は同じぐらい。年齢層もバラバラだが、比較的奈緒と同年代の若者が多そうだった。
まずは会場で合同企業説明会の周り方のインフォメーションもあった。スーツ姿の男女が大人しく司会者のインフォメーションを聞いている姿は、どうしても葬式を連想させた。髪色も黒か茶色の人しかいない。女性のメイクは全員地味目で、ますます葬式臭がする。ここに菊の花や線香がないのも不思議なほど。
とはいえ、合同企業説明会が始まると、それぞれの企業ブースへ散り散りになり、葬式臭も緩和されていた。観光の企業は動画を使ったり、ノベルティを配ったり賑やかだ。普通にイベントっぽくもある。
奈緒は特に知りたい企業もなかったが、派手な雰囲気の観光業やエンタメ系の企業を見て回る。どこも耳障りの良い話ばかりで退屈だった。せっかく遺影を貼り付けた履歴書もさほど見られない。こんなんで死後の行く先は決まるのだろうか。様々な企業ブースを渡り歩きながら、成仏できない幽霊になった気分。いっそ不採用でお祈りメールを貰った方が成仏できるのかもしれない。広々とした会場だったが、地に足がつかない気分が助長され、奈緒の表情は全く明るくない。
やる気のない企業もあるようだった。採用担当者はずっとスマホをいじり、希望者の話を聞かない。来世の命運をに握っている権限もあるのに、どうでも良いらしい。もしかしたらやる気のない企業の採用担当者も、本当は来世の行く場が決まっていない浮遊霊かもしれない。
そんな中、変な企業を見つけた。退職代行の企業だった。出エジプト社という退職代行の企業だった。近年は退職代行だけでなく、終活ビジネスにも手を出し、遺品整理をするバイトを数人、退職代行業の契約社員も一名募集しているらしかった。
企業ブースではノートパソコンで動画も流していた。広報が踊っている動画らしく、奈緒もSNSで見た事がある。確か人生の退職代行会社と自称し、SNSでよく炎上していた記憶だが、現在、求職者はいないらしい。
採用担当者はブースに二名いたが、暇そうだった。一人は若い女。紺色のスーツ姿で、黒髪ロング。胸元のネームプレートには高野マナとあった。
もう一人は若い男。茶髪で目元がバカっぽい。軽い雰囲気が漂う。高野マナは優等生タイプだったが、こちらは陽キャで騒がしそう。スーツは一応着ていたが似合わない。ネームプレートの名前は杉下荒野とあった。高野マナはともかく、杉下荒野の名前は珍しい。なんとなくブースをのぞいてみた。
「ようこそ、出エジプト社へ!」
二人とも笑顔で大歓迎だ。それだけ求職者が来ないのか。確かに求人は契約社員やバイトも非正規だったし、週六でも働けるらしい。それがちょっとブラックに見えたのかもしれない。それにネットでよく炎上しているのも、決してホワイト企業には見えない。
実際、採用担当者の高野マナは優等生的で丁寧な対応だったが、杉下荒野はチャラい。口調も軽く、声質も高めで、どうも真面目な雰囲気になれない。ブースのノートパソコンからは音楽も流れている。八十年代アイドルポップで歌詞もふざけている。胡散臭い。何か臭う。とてもホワイト企業に見えなかった。
「でも、なんで退職代行会社が終活ビジネスなんてしているんですか?」
単純に疑問だ。転職や資格サービスなら共通点も多そうだが、なぜ終活?
「よくぞ聞いてくれました!」
失礼な質問だったかもしれないが、杉下荒野はニコニコと対応。
「いい質問ですね!」
高野マナもそう。丁寧に返答してくれた。元々退職代行の仕事をしていくうちに、精神疾患などで人生から逃げ出せず困っているクライアントも多かった為、社長が「だったら終活サービスでもやったらよくない?」と提案し、今のような形になったらしい。
「人生も仕事も一緒だね。自分で選んでいるようで選べないし。辞めようと思ってもなかなか辞められしんし。後始末や手続きが面倒っていう共通点もあるわけじゃん?」
杉下荒野の声は軽かったが、確かにそう。奈緒は深く頷いていた。
「終活と就活って同じ音ですよね。不思議な偶然。思えば履歴書の写真も、遺影みたい。スーツは喪服。学歴や資格は戒名。三途の川を渡り損ねたら、お祈りされる? 確かに仕事と死って似ていますね」
そんな事を語ったら、余計に暗くなってきた。本当に葬式に来たような気分だ。
一方、高野マナと杉下荒野は顔を見合わせて笑っていた。
「死後に神様の裁きがある宗教もあるわよ。世界的には一番有名だけど、日本では少数派」
「へえ」
高野マナが教えてくれた宗教はピンとこない。
「だったら、生きている間優秀な弁護士を雇っておくのも良いわね。そういう宗教もある。ね、今からエンディングノートも書いて終活してみたらいかが?」
仕事について話しているはずだったのに、なぜか話題は終活へ。高野マナから終活も勧められ、エンディングノートもくれた。出エジプト社のノベルティのエンディングノートらしく、表紙には十字架がデザインされ、死臭が濃い。
「そうっすね。死の方の終活したら、仕事の就活の方も上手くいくかも?」
杉下荒野はニコニコ笑顔。
「そうですかね?」
奈緒は半信半疑だ。
「そうだわ。おばあちゃんやおじいちゃんはいる? 一緒に終活したらいいんじゃないかな?」
高野マナは本来の仕事をすっかり忘れていた。終活サービスの営業になっていた。
「祖母はいますけど……」
「だったら終活しましょうよ!」
なぜか終活のごり押し。エンディングノートも祖母の分も二冊もくれた。
「そうだよ、死の方の終活しよう。奈緒さんの生き方も変わるかもしれない。いいよ、二十代で終活するのは」
杉下荒野にも終活のごり押し。もう本来の目的は二人ともすっかり忘れ、出エジプト社の終活ビジネスのチラシも持って来た。
正直、奈緒は引いていた。せっかく遺影を取り、葬式のような合同企業説明会に出ていたのに、ギリギリで死ねず、もちろん成仏もできず、今世に生き返って来たような。戸惑うが、確かに祖母の家は不用品が多く、当人も終活したいとは言っていた。
「そ、そうですね……。考えてみます……」
結局、そう言って出エジプト社の企業ブースを後にした。
まだ誰かに死ぬなと言われているのだろうか。ここで死んだら死後の罪状が重くなるから、死ぬなと誰かが言ってる気がした。
「生きている間に優秀な弁護士つけて終活準備もありか?」
残念ながら就活は一人でするもの。一方、終活だったら、誰かとできるかもしれない。同じ「シュウカツ」でも大きく違う点だ。少し気が楽になってきた。就活は一旦中止し、今は終活を始めるのも悪くない気がする。




