人生の退職代行会社と就活と終活(1)
最近、友達の山下綺咲の態度が変。明らかに避けられていた。
大学の学生食堂で綺咲をみかけた。湯川奈緒は笑顔で話しかけたが、向こうは無表情。黙々とカレーを食べ続け、無視された。安いカレーだ。美味しいから言葉を失っているとは考えにくい。
「き、綺咲。どうしたの? 具合、悪い?」
奈緒は笑顔で話しかけたが、返事はかえってこない。仕方なく、食券の自販機へ向かい、わかめうどんを買った。
食べていると、背後から視線を感じる。混み合い、騒がしい学生食堂だったが、妙に居心地が悪い。
「あ、あの人。インスタで話題になってるナオじゃね?」
「うそー、同じ大学だった?」
「うける、インフルエンサーもわかめうどん食っているんだな」
そんな声が耳に届く。もともとまずいうどんが余計に味気ない。味も濃いめでスープも濁ってみえる。プラスチックの容器で出されているので、余計に美味しくない。陶器の器だったら、もう少しスープが冷めるまでの時間がありそうだが。
奈緒は最近、SNSでバズってしまった。プライベートの恋愛観やメイク、ファッションなどを語っていただけだが、フォロワーが増えていき、恋愛相談もされるようになり、本も出す事になってしまった。いわゆるインフルエンサーという存在。ネットの世界ではこんな風に簡単に成功できる環境もあり、特に珍しくはない存在。
昭和世代の芸能人とは違う。共感や親しみやすさが売りだったりもする。奈緒のように普通っぽい若者の方が人気が出たりもする。大学の学生食堂でうどんを食べていても、全く問題はないが、時々視線をぶつけられたり、ヒソヒソと何かを語られたりはある。ちなみに街中で「ファンです!」という人には会った事はない。昔の昭和世代の芸能人などとは全く違うから。
それにインフルエンサーになってから、友達の綺咲の態度が明らかに違う。正直、綺咲の方がルックスも良い。アイドルっぽい外見で、SNSでも人気らしいが、いまいちフォロワーは伸びていない。
その原因は奈緒にはわかる。綺咲はちょっと性格がきついし、生配信の時も余計な一言が多い。いっそ毒舌キャラで炎上でもさせた方がフォロワーがつきそうだが、そんなアドバイスは余計なお世話だろうか。
奈緒は幼い頃、両親が離婚し、母親に引き取られた。その後、母も新しく男を作り蒸発。今も行方不明だ。要するに奈緒は親に捨てられ、母方の祖母の元で育った。祖母は優しかったが、複雑な家庭環境で育ったため、他人の顔色を読むのが上手くなり、人が求めているもの・いないものがよく見える。
その力はインフルエンサーになるためにも有利だったらしい。細やかにファンに対応し、特に若い女性に刺さるような恋愛観を話していたら、あっという間にフォロワーが桁違いになってしまった。
そうは言っても面白くない。幸せでもない。定期的に配信したり、SNS運営も面倒。他人が求めるものを提供し続けるのも、骨が折れる。本来は趣味でやっていたのに、いつに間にか違うものに変容した。友達の綺咲の態度も変わってしまったし、インフルエンサーという立場をいつまで維持していかないといけないのか。最近は義務感しかない。収入はあるが、安定性は全くない。いつフォロワーに手のひらを返されても、不思議ではない世界。炎上キャラで生き残るのも限界があるだろう。
「はぁ……」
思わずため息をこぼす。これ以上、うどんは食べられないだろう。午後から授業もある。これは残し、授業へ向かおうとした時。叔母から連絡が来た。
親戚の叔母は普段は海外で仕事をしているが、一時帰国したらしい。しかも奈緒の大学の側のカフェにいるそう。お茶でもしないかという誘いだった。
複雑な家庭だった奈緒は、叔母の事は嫌いではない。ある意味では母親以上に相談に乗ってくれた事もある。
「どうせ授業でてもつまらないしな」
奈緒はそう呟くと、カフェに向かった。大学を出て数分、駅の側の雑居ビルの二階にある。一階は牛丼屋だったが、カフェは落ち着いた雰囲気で、客層も年代も高そうだ。大学の教授はいないらしく、奈緒はその点はホッとした。
一方、叔母は相変わらずだった。濃いめのメイクに、髪も金色のショート。服は初夏らしく、真っ白なワンピースだったが、意外と下品な雰囲気はない。海外のマダムのような雰囲気。メイク関係の仕事もしていて、少し近寄りがたい空気もあったが、奈緒を見つけると笑顔を向けてきた。
「おばあちゃんから聞いたよ。奈緒、あんた、ネットでちょっと有名人?」
注文したアイスコーヒーを啜りながら、叔母はさらに笑っていた。
「なんだ、知ってるの。運が良かっただけだよ。インフルエンサーなんてつまんない」
実際、そう思っていた。綺咲との関係も悪化した。SNS運営も面倒。外注できる部分もあるが、結局、配信などは自分でやらないといけない。それに熱心なフォロワーからは過剰に持ち上げられるのも、しんどい。「推し」などと言われ、憧れられてはいるが、フォロワーのコメントを読むたび、自分ではない他人になっている感覚もした。
インフルエンサーも偶像ってものだ。アイドルも偶像という意味。どちらもフォロワーやファンの「信仰」を糧に生きる偶像だが、所詮中身はスカスカな大学生。その糧がなくなったら、ただの人以下になりそうな不安もあった。
インフルエンサーや推し活は、現代の宗教なのだろう。既存の宗教が力を失った今、人々の満たされない「信仰」欲を埋める偶像。そんな事を考えると、気が重くなり、叔母に悩みを相談してしまった。
叔母は否定も肯定もせず、静かに話を聞いてくれていた。おかげで本音ばかり溢れてしまう。
「インフルエンサーなんてフォロワーから飽きられたら終わりの存在。いつその日が来るかもわからないし、正直、全く面白くないね。インフルエンサーなんてなりたくなかった。自分で望んで始めた感じはしない」
綺咲には何か誤解されているらしいが、そう、インフルエンサーなんかになっても面白くない。収入はある。バイトなんてしなくてもいい。就職もしなくて良いのかもしれないが、現実は甘くないのかもしれない。
「そうね。私も若い頃、ちょっとアイドル的な活動もしてたから」
「え、嘘」
叔母の話には驚いた。祖母からも他の親戚からも聞いた事がない。
「本当よ。一時ね、大人たちからも持ち上げられた」
「へえ」
「でも一瞬だった。他に可愛いアイドルなんていっぱいいたし。売れなくなるのも一瞬だったよ。一発屋というほどでもないけどね」
そんな話をする叔母の目は優しい。「インフルエンサーになんか辞めて真面目にバイトしろ」などと言わないのは、叔母らしい。自身の過去を語りがら、何かを気づかせているのか。
「結局は人。可愛さやスキルだけでなく、人が良かったら、インフルエンサーなんてずっと出来る。他の仕事もそうだよ」
「おばさん、そうかな?」
「だから、あんまり不安がらなくて良いよ」
「そうかな……」
そうは言っても、今の奈緒に人間的な良さなど無い。見かけはいくらでもそれっぽく出来るが、中身は空っぽ。綺咲との関係修復すらできていないレベル。その自覚だけはある。
「おばさん、良い人になるためには、どうしたらいいの?」
単純に疑問。どうやって人間力みたいなものをつければ良いんだろう。
「簡単よ。仕事をするの」
「え、そんなんでいいの?」
「今から就職しちゃえば? 別に大学辞めて働いたっていいでしょ。ぶっちゃけ新卒カードより、経験の方が有利なんだよ」
「確かに……」
しばらく奈緒は考えていた。叔母の過去を考えると、インフルエンサーに未来があるかもわからない。大学を辞めるつもりもないが、早めに就活準備をしても良いか。
「就活って何するんだっけ?」
「とりあえずスーツ買ってみたら? バイトの面接でも使えるし。でも私、あのスーツって嫌いなんだよね。真っ暗で喪服みたい」
確かに派手好きな叔母。あのスーツは嫌いそうだった。




