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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と復讐代行会社(5)

 過越安息が働き始めてから、眠りが浅い。一体どんな復讐をされるのだろうか。考えただけでも千花は腹の底が重い。


 それに不倫女も復讐代行会社に入っていた。この件については千花は何もしていないが、逆恨みされているのは確かだ。何か復讐されてもおかしくない。


 今日も過越安息と皿洗いをしていたが、千花の顔は凍っている。もう夏になったが、呪縛霊撚りも酷い幽霊になってしまった気分だ。


 なるべく過越安息と目を合わせず、黙々と仕事を終え、帰る。更衣室で急いで着替え、店舗の裏手から出た時。


 過越安息が待っていた。私服はなぜかスーツ。全く似合っていないが、夕方から夜にかけて退職代行会社で仕事なんだという。


「そうだ、うちの会社のチラシとノベルティをあげるよ」

「いや、要らないから」

「いいじゃん、貰ってよ。はい、これ」


 あろう事か過越安息はICレコーダーを見せてきた。まるで水戸黄門の印籠の如く。千花は断る事もできず、チラシとノベルティを受け取った。


 ノベルティはノートだった。退職代行だけでなく、終活ビジネスもやっているので、エンディングノートのノベルティ。意外としかりとしたノートで分厚く、裏表紙には十字架のイラストもデザインされ、死を連想させる。


 チラシもなぜか出エジプト社だけでなく、美容院やBAR、カフェ、引越し、物流センターの求人チラシまであった。現在、過越安息が副業をやっている職場の全てのチラシらしい。


「こんな掛け持ちでできるの?」


 驚いた。千花にはなぜか複数の仕事を掛け持ちする発想がなかった。ずっと鳥籠のような狭い場所にいた。おかげで視野が狭くなっていたのかもしれない。


「できるよ。ま、美容院とかは本当に単発だけどね。オーナーと知り合いなんだよ。せっかくとった美容師免許を腐らせておくのももったいないし」

「へ、へぇ……」

「あとバンドもやってるけど、招待用のチケットは全部なくなった。次のイベントの時にあげる」

「へー、人気があるんだ」

「自分で言う?」


 ここで過越安息は笑った。仕事中に見せる嫌らしい笑顔ではなく、子供のように邪気のない顔だった。


「美容院は俺のコネで半額サービスでもいいよ。予約する時、俺の名前出していいから」

「え、でも……」

「前髪薄くなってるね? おお、白髪もある」


 髪の状態を指摘されカチンとしたが、美容院代が半額になるのは魅力的だった。この空気に流されてしまったのだろうか。この場で美容院の予約もとってもらい、カットとカラーをしてもらう事になった。


 住宅街にある小規模の美容院だった。オーナーも男性だった。過越安息と同じ歳ぐらいで服装も髪型もチャラチャラした感じだったが、以外と大人しい性格らしい。他の客もいたが、美容院の中は静かだった。


「いらっしゃいませ、井中さん」


 担当は過越安息だった。洗い場の仕事同様、テキパキと腕を動かしていたが、ミスがない。正確だった。千花の顔の形に合ったショートにカットして貰い、カラーもいつもより明るい色だった。


 鏡の中にある千花の顔はどんどん明るくなってきた。メイクも顔色もいつもと同じなのに、幽霊のような暗い雰囲気はない。


「あれ? 私、こんな短めで明るい色の方が似合う?」

「でしょう。井中さんはどちらかというとクール系な目元だし、おとなしいスタイルだと暗く見える」


 過越安息はヘアセットをしながら、冷静に分析していた。


「そう……」

「今まで我慢して生きてきたんじゃない? 人を虐めてしまうぐらい。ハッピーで楽しい人が人を虐めたり、誹謗中傷したりしないからね?」


 過越安息の低い声を聞きながら、鏡をみていられない。下を向きそうになる。仕事で「指導」し、亜由子たちを追い出していたのも、環境だけが問題ではなかったから。心が満たされていなかったから。不幸だったから。


 はっきりとそれを自覚してしまうと、顔が赤くなる。ある意味、ICレコーダーの内容をバラされるより恥だった。


「人生って長くない。明日死ぬとして虐めなんかに時間使いたい? 前にあげたエンディングノート書いてみなよ。よくよく考えてみるといい」


 最後、すっかり髪が綺麗になった千花に過越安息がアドバイスしてくれた。その声は今まで一番優しく、彼の顔は直視できないぐらいだった。


 こうして家に帰り、一人でエンディングノートを開く。銀行口座やSNS等のパスワード、健康状態だけでなく、子供の頃から人生を振り返る箇所もあった。


 それを一つ一つ書いていると、案外、人生は短い気がした。実際、籠の中のような職場でも、三十年はあっという間だった。


「何これ? 死後にやってみたい仕事とはってどういう質問よ」


 エンディングノートにそんな質問があるが、思いつかない。


「っていうか死後じゃないとダメ?」


 そう思ったら、今世でやりたい仕事も色々と思いつく。どうせ死ぬ事を意識したら、鳥籠の中から逃亡したって大丈夫そう。失敗しても死にやしない。過越安息のように複数の仕事を掛け持ちしても楽しそう。何より正社員で一つのところに働くより、リスクも分散できる気がする。


 その後、千花は興味があったり、楽しそうな仕事を探してみた。もちろん、資格が必要だったり、若手の正社員職などは応募できないが、バイトやパートは案外色々とある。花屋、パン屋、ケーキ屋、物流倉庫などのバイトを複数掛け持ちしながら働くと想像以上に楽しい。時給は皿洗いのバイトと同じぐらいだったが、一つの所に何年も閉じ込められる閉塞感はない。特に物流倉庫は若者から老人まで幅広く人材が集まり、毎日飽きない。外国人と友達になってしまうぐらいだ。もう「指導」をする意味も時間もなくなっていた。


 洗い場の仕事も興味がなくなってきた。物流に絞って働く方が向いているかもしれない。かと言って長年オーナーのコネで働いていた。退職しにくいと思ってい時、閃いた。


「退職代行使えばいいか。ちょうどチラシも貰ってたし」


 過越安息に頼み、出エジプト社の退職代行サービスを使って辞めた。なぜか「合法的に復讐完了したから、俺もバイト辞めるわ」と言っていたが。


 今は物流倉庫のパートに行くのが楽しみだ。籠の外に出られたと思うと、身体も軽い。いつの間にか手荒れも完治していた。洗い場の呪縛霊は祓われ、成仏できたらしい。過越安息が凄腕エクソシストかどうかは不明だったが、またあの美容院に予約しよう。


 ちなみに不倫女はホストとトラブルを起こし警察沙汰になったらしい。復讐代行会社も授業員のパワハラ、顧客へのセクハラなどが明るみに出てニュースが出ていた。夫もこの事で反省し、しばらく早く家に帰って来るようになった。


「やっぱりカルマの清算はあるね。お天道様が見ているのかもしれない」


 千花は真夏の太陽を見上げ、今日も仕事へ向かっていた。


「明日死ぬかもしれないし。いじめなんてする暇なかったわ」

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