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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と復讐代行会社(4)

 大学生バイトの鈴木萌も立野凛も辞めてしまった。他に割のいいバイトが見つかったらしい。


 亜由子も退職した為、千花の仕事は忙しかった。人手不足で今日の寿司屋は夜営業も中止になったと聞いた。そんな飲食店は多いらしく、オーナーは頭を抱えているらしい。千花も夜、仕事をして欲しいと言われたが、年収が高くなると逆に損をするので、断った。


 それにしても忙しい。今日は外国人のお客様も多く、洗い場も大渋滞中。洗っても洗っても汚れた皿や調理器具が出てくる。


 狭い洗い場で格闘しながら、今更ながら亜由子を「指導」していた事を後悔していた。亜由子だけでなく、似たような事は何回も繰り返していたので、笑えない。


 カルマの清算は必ずあるらしい。「指導」の報いはどこまであるのか不明だが、あの不倫女が復讐代行を使った結果なのだろうか。


「あぁ、忙しい……」


 そんなスピリチュアル的な事を考えていても答えは出ず、せっせと皿を洗う。


 しばらくそんな日々が続いた。手は荒れ、ひび割れていた。ハンドクリームを塗って応急処置もしたが、加齢にも勝てないらしい。皮膚科にも行ったが、どんどん悪化しているらしく、軟膏や飲み薬も出される始末だった。カルマの清算は今世でも終わらないのだろうか。


 そんな事を考えている時だった。ようやく新しいバイトが入ってきた。名前は過越安息という。三十二歳の男で基本的に自営業で副業をいくつも掛け持ちしているという。


 見た目はサラリーマンとは対極にいるようなタイプ。塩顔で前髪も長めで、いわゆるサブカル系。名前も変わっている。余計に浮世離れた人に見えたが、皿洗いの仕事もすぐに覚え、乾拭きのタオルも一ミリも狂わずにしっかりと畳む。嫌味なほどに正確だった。


 イライラしてきた。今までのバイトやパートにいないタイプ。「指導」をしても、飄々としている。


「井中さん、そんな事言っていて大丈夫?」

「え?」

「これ、ICレコーダー」

「ま、まさか今の録音!?」


 千花の顔は真っ青になった。幽霊よりも青い顔。もし「指導」が証拠としてあったら、千花は何の言い訳もできない。


「まあ、パワハラ認定って難しいみたいです。ネットにあげて炎上させるのもいいかな?」


 過越安息は口角だけあげていた。目は全く笑っていない。


 これもカルマの解消か。報いを受けているのか。無宗教の日本でもお天道様的な存在はやはりいるのか。


 千花は口をぱくぱくさせるだけで、何も言い返せない。どうにか冷静さを取り戻し、黙々と皿を洗い続け、隣に立つ過越安息をチラリと見る。


 細い目だが小賢しそう。ICレコーダーも見せて脅しもしているのに、手は止めず、テキパキと汚れた皿を綺麗にしていく。


「あなた、何なの? 単なるバイトじゃない。副業で来たわけじゃないね? なんかの目的がある?」


 この男の雰囲気が変だ。確かに仕事は早いが、別の目的がありそうな目。


「ええ。実は俺、退職代行会社の社員でもあります」

「え?」

「出エジプト社って知ってます? あそこの契約社員ですよ。山下亜由子さんは俺の部下です。ええ、本当に井中さんにはお世話になりました」


 今度こそ声が出ない。まさか「指導」していた亜由子の関係者が来ているなんて。


 報いどころではない。復讐されるかもしれない。呪縛霊化している千花だったが、凄腕のエクソシストに対面してしまったような気分。もう祓われ、地獄行き?


「ええ。山下亜由子さんのご依頼で、あなたに復讐しに来ましたから」


 さらに過越安息は畳み掛けた。口元は笑っていたが、声は低い。


「最近、うちの会社にアンチしている復讐代行会社っていうのがありますし、私ども復讐業に参入してもいいと思いまして」


 過越安息は口角を上げ、さらに微笑みを見せてくるが、千花は顔面蒼白だった。悪霊祓いされる寸前の呪縛霊のようだ。祓われた呪縛霊は一体どこへ向かうのだろう?


「ねえ、井中さん。狭い洗い場にいるから、不幸な気持ちになるんだ。いじめも狭い場所で起こるからね……」

「どういう意味?」

「これも復讐の一環かな?」


 過越安息はわざとらしく首を傾げていた。


「楽しみにしていてね、井中さん。我々は素晴らしい復讐を成功させるから。もちろん合法的にね」

「す、素晴らしい復讐とは?」


 過越安息は答えない。その代わり、鼻歌交じりに仕事をしていた。


 気づくと洗い場の皿や調理器具は片付いていた。千花が一人でこなすより、よっぽど早く終わった。


「一人でやるより二人で仕事した方が早い。亜由子さん辞めさせた事、ちょっとは後悔しているかい?」


 鼻歌を終えると、過越安息は正論を語っていた。「指導」は自分の首を絞めていた事だけは理解した。


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