人生の退職代行会社と死後のSNS代行(5)
この男、なんか嫌。
綺咲は目の前にいる百瀬亜論を見ながら思う。それはSNSでこの音を見た時も全く好印象はなかったが、リアルで会うと余計に嫌悪感がある。
たぶん、整髪剤の匂いのせいもある。百瀬亜論はきっちりと髪はセットしていたが、ほのかに整髪剤の匂いがした。それは綺咲があまり好きな匂いではなく、おじさん臭い印象を持ってしまう。
何より口達。ペラペラと堂々と話し、コミュニケーション能力が異様に高そうだ。なんでもごり押しされそうな気がする。悪い予感しかなかったが、一応事情は話した。
SNSのせいで死にたい、自殺した後は諸々の処理を代行して貰いたいとはっきりと説明した。百瀬亜論のような男にはごちゃごちゃと説明せず、シンプルに要望を伝えた方が良いと思ったが。
すると、ほんの一瞬だけ百瀬亜論は傷つけられたような目をみせた。確かに綺咲のような若い女が自殺相談するのは、おじさんとしてはショックかもしれない。
どうせおじさんらしく、偽善的でお涙頂戴的な説得でも始まるのだろう。ネットニュースでも、自殺しようとした老婆に男子高校生が「生きていたら良い事あるよ!」と励まし、自殺を止め、警察に表彰された事も話題になっていた。とくにおじさんやおばさん世代がこのニュースに感動していた記憶。綺咲と同世代やメンタルヘルスに問題がある界隈は、こんなニュースには冷めていた。否定派だって多かった。それは綺咲も同感だったが。
「よし、どうせ死ぬなら、最後の最後でSNSでバズろう!」
「は?」
「このデータを見てくれ」
「ちょ、百瀬さん、何やってるの? えー?」
綺咲の予想は外れた。なぜか百瀬亜論はノートパソコンのキーボードをカタカタと叩き、SNSのマーケティングデータを色々見せてくれた。SNSでは明るい話題はかえって嫌われ、マイナスで炎上スレスレの際どい発言が拡散されやすいという。
「特に自殺生配信はバズるぞ。よし、私がお客様の自殺生配信のプランを色々と作ろうではないか」
「ちょ、何を勝手に進めているの?」
綺咲の声も無視し、百瀬亜論はまたキーボードを叩き、自殺生配信プランを幾つか作成し、綺咲に見せてきた。
「な、何これ……」
プランは五パターンもあったが、中には出エジプト社が撮影し、ドラマのように演出するものもあった。「お涙頂戴大作戦プラン」などと書いてもあり、明らかに楽しんでいる。その証拠に百瀬亜論の口元はニヤニヤとし、目も爛々としていた。もともとこういったイベント事や企画を考えるのが好きなんだ、今もとてもやりがいがあると百瀬亜論は笑っていた。
白い歯を出し、アイドル顔負けのキラキラとした笑顔を見せている。残念ながら顔つきは、一発屋芸人といったところだが、本心から笑っているのだろう。水を得た魚のよう。目も光っている。
そんな百瀬亜論を見ていたら、イライラとしてきた。偽善的な励ましはされなかったが、自分の事しか考えていない様子は、側で見ているだけで、鼻について仕方ない。
そもそも姉の仕事が上手くいかず、家庭内が暗くなっているのも、この会社のせいではないか。怒りは全く解消されず、むしろ増えていき、口の中を噛んでしまう。痛い。その痛みは妙にリアル。じくっと染みてくる。スマホやパソコン画面からは決して得られない痛み。
綺咲の表情は凍っていたものだが、百瀬亜論は、さらにペラペラと笑顔で語る。
「ちなみにお客様があの世へ転職された後は、あなたのSNSを代行運用させて頂きます!」
「は、どういう事?」
百瀬亜論はさらに口角を上げ、ニヤニヤ笑ってこう言う。
「お客様のアカウントは現在、確かにインフルエンサーより弱い。かといって全くフォロワーがつかない底辺でもない。ここで終わるのは惜しい。自殺生配信が終わった後は、おそらくフォロワーも桁違いに伸びると思いますが、その後は我々が代行運用するんで」
「ちょ、何勝手に決めているの?」
綺咲は百瀬亜論の口元を見ながら、さらにイライラとしてきた。もし、自殺生配信後、フォロワーが桁違いに増えた後、この人達が代行運用をしていたとしたら?
想像以上に腹が立ってきた。胃がキリキリとする。
もしかしたら、百瀬亜論の現在のアカウントも、誰かの自殺者のアカウントを踏み台にした可能性だってある。リアルで会う百瀬亜論は、SNSで人気者の人格者にはどうしても見えない。
「そ、そんなSNS代行って……」
「代行業は我々の十八番ですよ!」
百瀬亜論の声が耳につく。ちょうどその時だった。
「コーヒーおかわりいかがっすかー」
先程の杉下荒野がコーヒーポットを片手にやってきた。
ここで水をさされたというか、綺咲のイライラも一瞬止まったが、杉下荒野は、百瀬亜論から事情を聞いている模様。
「うわ、そんなSNSアカウントがあったら、俺、代行したいよ! 綺咲さん、いつ自殺生配信するんですか?」
「そうですよ、綺咲さん! プランはもう決めましたよ! あと日付け決定だけです!」
杉下荒野と百瀬亜論は、身を乗り出しながら、綺咲に迫る。二人とも、キラキラの笑顔を見せてきた。
ここで綺咲の中で何かが切れた。
「うるさい! 人の命をSNSでオモチャにするな!」
想像以上に大きな声が出てしまった。思わず口元を手で覆うが、もう遅い。
この時、初めて気づいてしまう。綺咲の方こそ命をオモチャにし、リアルよりもSNSの世界が正しいと思い込んでいた事に。
SNSは一種の仮想空間。そこにドップリと浸かっていたら、リアルの命がふわふわと軽くなっていたらしい。思えば、自殺する事にも何か深い理由やポリシーもなかった。軽いノリだった。輪廻転生できるか何の保証もないのに、仮想空間に命を取られてしまい、判断力も失せてしまっていたらしい。
またテーブルの上のカップが目につく。ペンギンのイラストが見える。このペンギンが空を飛ぶのか、海へ泳ぐかはわからないが、少なくとも、仮想空間に行く事は辞めた方が良い気がしている。
「そうですか。残念です。では、お引き取りを」
「バイバイねー!」
百瀬亜論と、杉下荒野に見送られて、出エジプト社を出ていく。最後までチャラチャラとふざけた態度の二人に、綺咲の怒りは継続中。
それに、姉は相変わらず退職代行会社のせいでジョブホッパーだ。家庭内の雰囲気は最悪だったので、あの会社が余計に腹が立ってきた。
綺咲はSNSの方針を変え、出エジプト社のアンチ活動をする事にした。誹謗中傷はしない。姉の現状を伝えながら、SNSで訴えたら……。
バズった。前も退職代行のアンチ発言でバズったが、今回はその倍以上のいいね!がつき、フォロワーも一気に伸び、メディアからの取材まで来るようになった。あっという間にインフルエンサーだ。
こんな方法で夢が叶ったのは不本意だ。綺咲は全く納得いかないが、とりあえず輪廻転生は辞めた。今は仲間も増えたし、出エジプト社のアンチ活動の方が楽しい。




