人生の退職代行会社と死後のSNS代行(2)
五月病か、天候が悪いせいかはわからない。春が終わり、爽やかな季節も一瞬、いよいよジメジメとした天気の日、綺咲の表情は重い。
昨夜はSNSを更新したり、生配信もしていた。もちろん、フォロワーを増やす為だ。友達のフォロワー数より追いつきたいと思ったが、なぜか全く伸びない。メイクやファッション、恋愛相談などフォロワーが好きそうな話題で配信したが、伸びない。おまけに母親から夜中までうるさいと怒られ、全く眠れず、綺咲の目の下は黒っぽい。
朝、一応起きてみたが、カーテンを開けると、どんよりとした天候でウンザリとしてきた。同時にすぐにSNSをチェックしたが、全くフォロワーは伸びていない。一方、友達のSNSは伸び続け、企業案件もやってる。たいしてダンスや歌、恋愛相談だって上手くないのに、いいね!がいっぱいつき、バズっている。
「理不尽……」
隣の芝は青い。昔はそうじゃなかったらしいが、今は全部可視化される。人気はもちろん、ブロックされ、嫌われれいる事もSNSで丸わかり。若者にSNSを規制している国もあるらしい。幸福度が高かった国も、SNSを導入してから、それも下がったらしい。SNSやスマホの依存性を直した後、精神疾患が治ったというニュースも知っている。全部SNSから得た情報。SNSにもそれ自体を批判する声もありながら、綺咲はスルーする事ができない。
これもSNSで得た情報だったが、人間は基本的にマイナスの情報に注目しやすいらしい。そうしないと昔は死ぬ事もあったから。
現代になっても人間の遺伝子はそう変わらず、マイナスな事に注目しやすいらしい。だから、SNSでバズるようになる為には、明るい話題よりも、マイナスな話題の方がバズりやすいともいう。断言的に言ったり、炎上を恐れない発言もいいとか。
そんなSNSの情報の洪水に飲まれながら、綺咲はマイナスっぽくて炎上スレスレの発言を書こうと考えるが、上手く行かない。あの妙な退職代行会社の百瀬亜論はよく宗教をネタにし、炎上発言を繰り返しているらしいが、残念ながら綺咲にはそういった知識もない。
自室のベッドに寝転びながら、SNSを見続ける。案の定、マイナスな情報ばかりだったが、中毒性がある。マイナスな情報を見ても、何ら得はないのに……。
「へえ、このインフルエンサーは車椅子なんだ。高校の時に自殺配信動画を流したが、失敗。自殺も失敗し、歩けない身体になったが、今は百二十万フォロワーか……」
このインフルエンサーも炎上発言が多かったが「輪廻転生はない。人生は転職みたいに逃げられない」と熱く語っていた。自殺未遂した時、一瞬死の世界に片足を突っ込んだが、漫画やアニメのように、生まれ変わりがある展開はなかったという。
「そう?」
しかし、自殺未遂して車椅子になったから、インフレエンサー?
今、一瞬、自分もそういった経験をすれば、SNSで人気者のインフルエンサーになれるんじゃないかとも考えてしまい、急いで首を振る。
「いや、いくらフォロワーが欲しいからって自殺するほどの事は無いでしょ……」
さすがに変な事を考えすぎた。とりあえず着替え、顔を洗ってメイクをしていると、少し元気が出てきた。綺咲は空を飛べないペンギンかもしれないと思う。空飛ぶ鷹を眺めながら、飛べない事を病むが、海に潜ればいいのだろうか。だとしたら、誰よりも早く泳げる?
メイクも好き。ファッションやヘアメイクも好きだ。やはり、これが一番早く泳げる場所?
ちょうど、そんな事を考えた時だった。姉が帰ってきた。両親も姉も仕事に行ってしまったものだと思い込んでいたから。
食卓で髪を解き、冷たい麦茶をぐびぐびと飲んでいる姉は、なんだか元気そう。日曜日の夕方、あのアニメを見ている時と大違い。目元も生き生きとし、これからディズニーランドに行くとも言う。
「え、お姉ちゃん、どうしたの? 仕事は?」
「綺咲だって大学どうしたのよ?」
「いや、ちょっとサボっているだけで」
「私もサボりー。あぁ、怠かった。っていうか、仕事なんて辞めるし」
「え!?」
その発言には変な声が出た。今まで姉は優等生。良い大学に出て、ちゃんと正社員として働いていたではないか。確かに最近、情緒不安定だったが、姉のイメージと違う。
「やっぱりね、ペンギンは空を飛ぶより、海の中を泳いだ方がいいと思うんだ」
姉は笑いながら言う。いつもより明らかにテンションが高い。
「それはそうだけど……」
「辞めた、辞めたわ。出エジプト社っていう退職代行使って辞めた」
「あの変な会社の?」
「変な会社じゃないわよ。最近は終活ビジネスをやって成功しているらしい。まあ、自殺代行みたいなサービスやって炎上していたけど」
「だからってお姉ちゃん……」
「いいじゃないない、辞めても。綺咲に何か迷惑かかった?」
そう言われると、何も言えない。
姉はその後、着替えて濃いめのメイクをして本当にディズニーランドへ行ってしまった。
母も父もそんな姉の行動に戸惑っていたが、転職先も決まっていたらしい。今度は事務職で両親も安心していたが、再就職先を三日で辞めてきた。当然のように退職代行を使ったらしい。
そしてまた再就職。また退職代行で退職。再就職、退職代行、退職、再就職……。延々と同じ事を繰り返し始めた。明らかに退職代行のおかげで辞め癖がついているようだった。
「だって退職代行があると、気軽に転職して、再就職して、また辞めれば良いかなって思う」
そう言う姉は笑っていた。少なくとも日曜日の夕方に情緒不安定になる事はなくなったが、両親は泣いていた。当たり前だろう。退職代行のおかげで真面目だった姉がちゃんと定職につけない状態になってしまったのだから。
ちなみに退職代行のリピーターになると、料金がだんだん安くなっていくらしい。ポイントカードや会員ランク制度もあり、姉はあっという間にキング会員という最高ランクを取り、ポイントもかなり貯まっているらしい。おかげで姉は全く罪悪感がないようだ。ちなみにポイントは出エジプト社のノベルティと交換できるらしく、終活用のエンディングノートが一番人気らしい。
「まあ、仕事の輪廻転生をやってる気分よ。合わなかったら、逃げて、またすぐに転生すればいい」
胸をはって堂々とそんな事を語る姉。家庭の雰囲気は最悪になっているのに、本人はいたって楽しそう。実に軽いノリで人生を楽しんでいるらしく、水があう職場を見つけるまでずっと仕事の輪廻転生を続けるという。
そんな姉を見ながら綺咲は思う。人生と仕事は似ているのかもしれない。実際、あの妙な退職代行会社は終活ビジネスも開拓し別名・人生の退職代行会社と言われている。
就活も終活も偶然にも同じ音だ。アルバイト経験しかない綺咲だったが、人生も退職代行使って辞めて、姉みたいに軽いノリで転生しても良いのでは?
深夜、配信をしても全くフォロワー数が伸びない日、強く思ってしまった。そう、今の人生も退職し、フォロワー数が桁違いのインフルエンサーに転生しよう。どうせ今世ではフォロワー数も伸ばせない。そもそも親ガチャも失敗しているのかもしれない。一般庶民の家だったが、姉の一喜一憂に反応し、オロオロと動揺している両親は、当たりではない気がした。
その為には、どうしよう?
今世を終わらせ、インフルエンサーに転生する為には、あの退職代行会社を使ってみるか。綺咲は軽いノリで、あの退職代行会社のトークアプリに登録し、メッセージを送っていた。




