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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と死後のSNS代行(1)

「ねえ、綺咲。ペンギンはなぜ空を飛べないのかね?」


 最近、姉の様子が変だった。突然泣き始めたり、挙動不審になったり、こんな風に変な質問もしている。


 日曜の夜、食卓には国民的アニメが流れていた。食卓に呑気な音楽が響く。令和の今では信じられないような昭和世界が広がっていた。今は確かに令和のはずだが、レトロブームなのだろうか。


 山下綺咲はこのアニメはよくわからない。深夜にやっている異世界アニメやBLアニメの方が面白いし、親も見ていないぐらいだが、姉は熱心に見ていた。姉は今年三十歳。綺咲より十歳上。歳は離れているせいか、姉の趣味もよくわからないが、日曜夜は決まってこのアニメを見ていた。


「さあ。ペンギンは元々空を飛べないじゃん。空を飛べない理由とか考えたりしていないんでは? ってお姉ちゃん、なんでそんな事考えているの?」

「いや、空も飛べなくて、海でも泳げない不自由なペンギンがいたら、可哀想だなぁと思ってね」


 ここで姉は涙目になった。テレビのアニメはエンディングの音楽も流れていたが、姉は情緒不安定。


「明日、仕事行きたくない……」


 ついに姉の目から涙が出てきた。綺咲は困ったが、どうする事もできない。もそしかしたら、このアニメのせいか。そんな気がしてチャンネルを変えてみた。


 違うテレビ局のニュース番組が流れていた。すると、姉の目は通常に戻りつつあった。


 なんだ、あのアニメは。まるで姉のメンタルでも操っているのだろうか。それでも姉は食卓にいるのも耐えられず、自室にこもってしまったが。


 入れ替わりのように母がやってきた。キッチンで洗い物も大方終わったしい。


「全く。綺咲もお姉ちゃんも、お父さんも少しは手伝って欲しいわ」

「っていうか、お母さん。最近、お姉ちゃんって変じゃね?」


 あの様子はおかしい。明らかに仕事で何かあった。


 これでも姉は一家の自慢だった。有名大学を卒業後は、とある飲料メーカーで広報もしていた。姉が担当している公式SNSはたびたびバズっているらしく、母も自慢気だったが。


「それが仕事が大変らしい。上司が変わったらしいけど、いわゆるパワハラやセクハラ三昧らしい。昭和感覚が抜けない氷河期世代。しかも厳しい時代を生き残った世代だから、部下が余計に気に食わないらしい」


 母は声を落として教えてくれた。


「あんな会社辞めちゃえばいいって言ってるんだけどね」

「同感」


 大学生でまだ社会人経験のない綺咲。仕事にしがみつく理由もわからない。それにアラサーになっても実家暮らしてている姉は、どこか子供っぽい部分が抜けず、視野が狭いともずっと思っていた。そんな事は決して言えないけれど。


「だから私は、ペンギンは空を飛ぶ事を目指すより、海の中を泳いだ方がいいよってアドバイスしたんだけどね」

「へえ。さすがお母さん。年の功」


 道理でさっき姉はペンギン云々言っていたのか。


「海の中のペンギンは早いよ。前、テレビでやってた。ただ、空を飛びたいと思うペンギンは不幸だね。身の丈に合わない幸せは目指すもんじゃない。必ず良い結果にならない。お、またテレビでペンギン出てるじゃん」


 母はチャンネルを変え、教育系の番組をつけた。確かにそこにいるペンギン達は、のびのびと泳いでいた。スピードも想像以上に速い。


「確かにそうかも。空を飛びたいペンギンは不幸だね。お姉ちゃんも好きな事すればいいのの」


 この時の綺咲は、呑気にそんな事を言っていた。


 実際、この時はなんの不満もなかった。確かに姉が情緒不安定なのは気になるが、大学もバイトも楽しいし、彼氏もいた。友達も多い。


 それにSNSでも順調にフォロワーを増やし、今は加工した写真を上げたり、生配信すると、いっぱい「いいね!」が貰えた。投げ銭をも貰える時もある。美容系やライフスタイルのインフレエンサーになっても良いんじゃないかと思う。


「SNS、見てます!」


 翌日、大学だったが、大教室でフォロワーに声をかけられた事もあったし、綺咲は鼻が高い。口元がニンマリする。もっとバズってフォロワー増やしたい。一度も来たことは無いが、企業案件なども受けてみたい。


 そんな事を考えながら、大学の学生食堂でSNSをチェック。学生食堂の値段しか取り柄にない不味いカレーを無理矢理咀嚼していると、目が覚めた。まるで冷や水を浴びせられた気分だった。


 友達のSNSがフォロワーを伸ばし、恋愛相談系の配信者としてバズっていた。そういえば最近、あまり大学に来なかったのも、このせい?


 おまけにSNSでは恋愛テクニック系の書籍発売予定とも出ていた。書籍発売は再来年らしいが、大量のいいね!がつき、拡散され、あっという間にインフレエンサーと呼んでもいい存在に変わっていた。


 綺咲の口元が引き攣る。不味いカレーのせいではない。


「へえ……」


 綺咲のフォロワーも決して少なくないが、友達のそれと比べると、だいぶ低い。企業案件もにないし、書籍発売予定もない。いいね!の数も桁違い。


「ふーん……」


 確か同時期にSNSを始めたのに、この差。あっという間に追い抜かれたが、別にSNSの世界では珍しくない。一回バズると、一夜にしてインフレエンサーになる事もある。まるで令和のシンデレラストーリー。もちろん、確率は低いが、宝くじよりは確率が高い気がした。


 綺咲の表情はどんどん険しくなってくる。別に友達の成功はめでたいが、あの子はこっちに一切連絡もしてこなかった。大学にも来ていないし、その事もモヤモヤ。


 モヤモヤは大学の授業が終わり、駅に向かって歩いている時も消えない。


 駅までの大通りは同じ大学の学生も歩き、混みあっていたが、友達の成功を素直に喜べない。しかも今日に限って綺咲のSNSにブス、デブ、整形しろというコメントも入り、全く笑えない。性的なコメントを送ってくる男性フォロワーもいて、気持ち悪い。歩きながらもついついスマートフォンの狭い画面を見入ってしまう。


 その時だ。大通りに変な音楽を流す宣伝カーが走っていた。


 最初は政治団体の宣伝カーかと思ったが、違う。出エジプト社という退職代行会社の宣伝カーだった。古臭いアイドルポップスと共に、労働意欲が失せそうな歌詞。ちょうど会社帰りのサラリーマンやOLも聞いているだろうが、これは、マーケティング戦略的には良いだろうが、倫理的には限りなくグレーだろう。


 案の定、SNSでは出エジプト社を叩くコメントが溢れ、軽く炎上中だ。


 元々よく炎上はしていたらしい。最近は終活サービスにも手を出したそう。特に自殺幇助に見えるサービスはあらゆる方面から叩かれ、大きな炎上になった事は綺咲も知っていた。


「何、この会社……」


 綺咲は引いてしまうが、広報の百瀬亜論という男はSNSを使うのも上手で、動画サイトでも歌って踊り、キッズ達に大ウケらしい。


「は? 百瀬亜論のフォロワー数、桁違い……」


 こんな炎上系退職代行会社なのに、広報のSNSはインフレエンサー同様に伸びている。最近の投稿は全部バズっているぐらいだ。「退職代行会社の広報辞めてSNS代行やろっかな♪」というコメントもあり、綺咲はモヤモヤ。


 こんなふざけた男のSNSが簡単にバズっている。友達もインフレエンサーになっているのに、自分のSNSはそこまでフォロワー数が伸びない。悪口は届くのに、いいね!もあんまりついていない。


「何これ、理不尽……」


 なぜかそう思ってしまう。SNSのフォロワー数など一定の基準でしかないが、目の前でそんなアカウントを見せられると……。


 綺咲は初めて人生に不満を持ち始めた。今までは何の不満もなかったのに、なんか理不尽。なんか納得できない。なんか今のフォロワー数が色褪せて見えてしまった。


 ペンギンが空を飛びたいと思う事もあるのだろうか。わからないが、目の前で鷹が飛んでいたら、そう思っても仕方ない気がしていた。


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