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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と荒野(5)

 結局、一太は仕事を辞めた。出エジプト社の退職代行を使った。


 驚いた事に光輝の再就職先も出エジプト社だったらしい。あの海辺の教会でも出エジプト社の社員に会った。これは単なる偶然とも思えず、衝動的に申し込んでしまった。光輝経由で依頼したので金額も半額となり、スムーズに工場から逃げられた。


 かといって再就職の為の活動はせず、雇用保険で暮らしていた。安定性はゼロの荒野のような生活だったが、手の痛みはすっと引き、スマホの利用も控えていたら、病気の再発はなさそうだった。


「という事です、箱男さん」


 そして一太はまたあの教会に出向き、柴田箱男に一部始終を説明していた。教会の外からは波音とかもめの鳴き声が響くが、ここは静かだ。前あった時はペラペラと話していた柴田箱男だったが、今日は頷き、聞き手に回っていた。


「そうか。ま、安息年だと思えばいいぞ。俺も今、安息年だ。休職中とか思うと焦るからね。俺は安息年を過ごしていると思えば、何か神聖な行いをしているような気がしないかい?」


 柴田箱男は励ましたりはしなかった。むしろ、斜め上の宗教的発言をされ、一太は苦笑する他ない。それでも「頑張れ」とか「生きろ」と励まされるよりはマシだ。柴田箱男はこういった発言は一切しない。教会にいる宗教人のくせに、妙な自由な男だ。実際、一太の話を聞き終えると、口笛まで吹いいる。ご機嫌らしい。


「自由だ。君は自由だ。何をしてもいいし、しなくてもいい。君が本当に願う事をしたらいいんだよ」

「本当に願う事?」

「鳥が空を飛ぶようなものだ。なんかないのか? 君も鳥だろう? もう地下にいるモグラはやめたらどう?」


 柴田箱男はそう言い残し、また口笛を吹きながら、ここから去っていく。


 残された一太。今は工事の仕事も辞めた。雇用保険も支給されたが、これもいつか終わるだろう。荒野のように食べ物が見つからない可能性はどう考えて予想がつく。


 ふと、教会の礼拝堂の高い天井を見上げた。天井近くの窓からは空が見える。今日は薄曇り。ベールのような雲が空を覆っていたが。


「神様……」


 無神論者、無宗教者の一太だが、そんな言葉が口からこぼれる。最後は神頼みと言う情け無い状況だったが、荒野にいたら、きっと神の名前を叫ぶ気がした。


 ちょうどその時だった。教会の礼拝堂に誰か入ってきた。


 高校生ぐらいの少年だったが、制服は着ていない。アニメのロゴ入りのシャツを着込み、背筋も猫のように丸い。前髪も長めで目もわざと隠しているようだった。態度もどこかオドオドしている。不登校かニートだろうか。これでも一太は講師をしていたので、子供の様子は何となく察せられた。


 少し遅れて柴田箱男もやって来た。


「この子、俺の親戚で、学校行ってない。レールから脱線しちゃってんだよな」


 こそっと事情を教えてくれた。一太の予想通りだったらしい。


「勉強は?」

「やれるわけないでしょ。いわゆる境界性知能って子で、知的障害者ギリギリのIQだが」


 柴田箱男野声を聞きながら、また天井を見上げる。まだ空は曇り、光は見えなかったが。


「勉強、基礎的なところだったら教えようか? もちろん、彼が嫌ではなければ。俺、塾で講師してたんだ」


 一太の声は早口になる。もう塾講師は絶対にしたくなかったが、何かを教える事は嫌いじゃない。


 かもめの鳴き声が響く。空の鳥の鳴き声だ。


「勉強か。まあ、やってもいいけど?」


 そう少年は偉そうだったが、結局、一太が勉強を教える事になった。


 ようやく空の鳥に戻れるのか。わからない。それでも、一太はこんな安息年を過ごしてみるのも悪くない気がした。


 ちなみに、お金や生活は意外とどうにかなっていた。実家の妹から果実や野菜が送られてきた。柴田箱男からお礼としてお茶やコーヒーも貰った。フリマアプリや激安店を上手く利用すれば、なんとか生活はできてしまった。


 それに光輝からもお米を貰った。ひどい事も言ってしまったのに、「困ったときはお互い様じゃん」と励まされた。


 さっそく米を炊き、卵かけご飯にして食べた。うまい。醤油の味が舌に染みる。一太の目元が潤み、これ以上美味しい卵かけご飯は食べた事がなかった。


 これも一種の奇跡か。荒野の奇跡。天から与えられたのかもしれない。荒野にいても、飢え死だけは免れるかもしれない。そのうち荒野の出口が見えるまで、なんとか生き延びられそう。


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