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人生の退職代行会社〜新しい人生へようこそ〜  作者: 地野千塩


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人生の退職代行会社と荒野(4)

 目を開けたら、異世界か?


 終点の駅についたが、見た事も聞いた事もない土地だった。


 急いでホームに降り、駅名で検索をかける。地図上ではたいして離れてはいなかったが、海辺の田舎町らしく、駅なのに、駅員以外人が全くいない。


 駅から見える海は、日本の海らしい色だ。黒っぽく、潮の匂いもしたが、知ってるコンビニやコーヒーチェーン店、ファストフード店も見当たらず、ますます異世界感がある。


 ここはとある路線の終点がある村だった。うずら村という。ネットの情報では漁業と観光の田舎村らしいが、ホテルや旅館の類も見られず、海辺は民家しか見えない。人もいない。


「なんでこんな村に来てしまったんだ?」


 一太は、自分でもわからない。仕事終わり、しかも夜勤明けのメンタルだった。しかもネットニュースを見すぎてメンタルが悪化している時に、退職代行の宣伝カーも見てしまった。突飛な行動をとってしまったらしいが、波音を聞いていると、さすがに少し冷静になってきた。


 もう何の逃げ道もない気がして来たが、退職代行を使って辞めても、自ら死んだとしても、別に法律は違反していない。


 とりあえず海辺の砂浜に座り、深呼吸していたら、少し気が楽になってきた。とりあえずスマホの電源を切ってみた。たぶん、あれがメンタル不調の引き金の一つだ。あの小さな画面の情報が全てだと思うのは、錯覚だったのかもしれない。ネットニュースのコメントも、一部の意見だった。ニュース自体も何かのマーケティング意図もあるだろう。一説によると、不安なニュースを見ると、人々は消費行動が活発になるらしい。


 一太はもう一度深呼吸し、空を見た。空にはカモメが優雅に飛んでいた。鳴き声ものどか。あの鳥はきっと何も考えていないと思うと、肩のあたりから力が抜けた。相変わらず手が痛むが、少しだけ痺れが取れてきた。


 背伸びをし、立ち上がる。この海辺の空気は悪くない気がする。しばらく海辺を散歩する事にした。


 梅雨の中とはいえ、今日は日差しが強く、よく晴れていたが、歩いていると、さらに肩の力が抜けてきた。


 スマホの電源を切り、あの小さな画面を見ないだけでも、なぜか楽だ。やはりスマホがメンタル不調の引き金の一つだったらしい。


 こうして三十分ほど海辺をちんたら歩いていたが、少し気分は良くなっていた。途中でようやくコンビニを見つけ、ペットボトルのお茶とサンドイッチを購入し、イートイン席で食べた。


 食欲があった事にも驚いたが、あっという間に完食し、また海辺を歩き始めた。


 歩いて数分ほどたった時だろうか。民家とコンビニ以外の建物を初めて見つけた。


 白い三角屋根の教会が目に飛び込んでくる。派手な像やステンドグラスはない地味な教会だったが、礼拝堂は出入り自由らしく、土足でも入れるようだ。


 教会など無宗教の一太は縁がない。結婚式自体も縁がなさそうだし、一生関係のない場所に見えたが、開けっぱなしの入り口は自由そう。なんとなく吸い寄せられるように入ってしまった。


 想像通り、中には誰もいない。前方に教壇や教卓らしきものがあり、どこか学校の教室らしい。椅子や机が並んでいるのもそうだが、ギターやピアノも置いてあり、天井が高く、窓も広く、意外と開放感がある作りなのは、教会らしいかもしれない。


 一太はなんとなく前方の席に座り、天井を見上げた。上の方に十字架のオブジェも見えた。やはりここは教会らしい。学校の教室ではないが、波音とカモメの鳴き声が響き、何とも牧歌的だ。誰も人がいない。


「はぁ……」


 ついつい一太は足を組んで座り、高い天井を見上げた時だった。


 誰か入ってきた。白シャツに綿パン姿の男だった。髪は短髪で白髪も目立つ。顔はシミやそばかすも多かったが、若者ではない雰囲気だ。おそらく四十代後半ぐらいの男で、教会の関係者だという。


「初めまして。柴田箱男って言います」

「え?」


 男の名前を聞くと、変な声が出た。男の名前は知っていた。あの退職代行会社・出エジプト社を調べていた時に聞いた名前だった。


「そうです。私は出エジプト社の社員ですね」


 柴田箱男はあっさりと正体を認めた。ここまでナチュラルに自己紹介されると、一太も一応自己紹介をした。といっても、ここにきた理由は言わない。


「有給ですか?」

「ええ、まあ」


 有給と聞かれたが、嘘も言えない。適当に誤魔化すが、柴田箱男は意外と話し好きで聞いてもない事をペラペラ語っていた。


 出エジプト社は六年連続で働くと七年目は安息年として丸々一年休暇になるという。柴田箱男は現在、安息年で、実家のここの教会を手伝っているとか。子供の頃からクリスチャンで、いわゆる宗教二世で独身。また、自殺者志願者の為の遺書代筆や遺族への連絡サービスを企画したのも柴田箱男だとペラペラと語る。


 これには一太は絶句。あのサービスを使いたいと検討していた事は事実だったが、その発案者が目の前にいるのは、想定していない。


 しかも柴田箱男の見た目だけは人畜無害そうな中年の為、ギャップもある。あの歌って踊っている広報の男が企画したものだと勝手に思い込んでいた。


「宗教って自殺はタブーじゃないんですか? クリスチャンなのに、よくそんなサービス思いつきますね」


 呆れて言ってしまった。


「いやー、クリスチャンだからこそ思いついたんですよ。人間、強制されたルールって逆にやってみたくなるから。浮気はダメ、いじめはダメ、盗みはダメ、自殺はダメってキツいルールがあると、逆にやってみたくない?」


 即答できない。波音とカモメの鳴き声だけ響く。


「宗教って基本そうなんですよ。うちの親父も一見清く正しい牧師さんだったけど、信者数名と不倫中だからね」

「ちょ、そんな事言っていいんですか?」

「あ、でももう不倫は辞めるみたいよ。自由にしろってだけ言って放置していたら、飽きてきたらしい。不倫でも自由にされると飽きるもんなんだね。あとはお金払って別れるとか言ってたな」


 宗教の裏側を暴露され、一太はゲンナリとして来た。清く正しいイメージは何だったのだろうと思う。


「俺も父も自由さ。もちろん、君も」

「そうですかね」

「死んでもいいし、うちのサービスをこっそり使ってもいい。生きてもいい。仕事してもいい。辞めてもいい。うちの代行サービスも使ってもいい。使わなくてもいい。君の自由だ。神も俺も誰も君の自由意思は尊重しているはずだ」


 そう語る柴田箱男の目は穏やかだった。


「君は自由だ。何をしてもいい」


 穏やかに笑う柴田箱男。


 一太は簡単に返事などできなかった。誰かにこんな事を言われたのは、初めてだったから。


「でも一太くん、スマホみすぎるのは辞めような。あれは目も頭も悪くなるぞ」

「そうですかね?」

「そうだよ。いつかあの小さな画面に君の魂が吸い込まれるイメージが見えるね。まあ、それすらも自由だ。好きなものを選ぶといいんじゃないかね?」


 柴田箱男は最後にそう言い残すと礼拝堂から出て行った。


 一人に残された一太。気づくと、手の痛みが取れていた事に気づく。ずっと仕事のせいで手が痛むと思い込んでいたが。


「もしかしてスマホの見過ぎだったか?」


 そんな気がした。


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