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人生の退職代行会社と遺品整理(1)

 一日中、検品、シール貼り、値札つけ。立ちっぱなしで腰は痛む。最低賃金ではあったが、川野紀子は、このパートを気に入っていた。


 今日の業務は主にシール貼りだ。ハンカチのパッケージにシールを貼っていく。春のギフトセットのハンカチらしく、ピンク色で可愛いが、残念ながら今の季節は冬だった。確かに修行僧のように同じ事の繰り返しだが、現代でそんな単純作業の仕事があるのなら、悪くないはずだ。


 住宅街にあるアパレル系の倉庫の職場だ。一応暖房も入っているようで、寒くはない。むしろずっと立ち仕事をしていると、汗も出てくるぐらいだ。


 老体に鞭打つ仕事とは言えない。最低賃金レベルの誰でもできるモクモク作業で、楽ではある。とりあえず、接客業のように臨機応変な要求もなく、ずっと同じ事をコツコツ繰り返せばいい。それに検品や値札つけなど、時々業務も変わるし、意外と飽きないものだ。


 学校の体育館ほどの大きさの倉庫だ。昭和時代らしい昔ながらの衣服雑貨倉庫という雰囲気で、働く人も紀子のような老女が多い。故におしゃべりも多く、初めて来た人は人間関係が濃く見えるかもしれない。実際、求人票にはアットホームな職場と書いてあるらしい。


 他の倉庫も短期バイトで行ったことがあるが、もっとシステマチックだった。AIやロボットを使っている所もある。こんな風に手作業のモクモク系の仕事は、いつかなくなる悪寒もしたが、紀子はもういい歳だ。年金で足りない分をここのパートで稼いでいるだけ。正直、未来がどうなろうと知った事ではない。若い人には悪いが、高齢者となった今は、あとの人生は逃げるだけという感覚もある。


「ねえ、紀子さーん。前来ていたバイトも鈴木さんって辞めたんだっけ?」


 隣で仕事をする野原一子が話しかけてきた。一子も紀子と同年代だ。髪も白く、背中も曲がっていたが、口はよく動く。手もよく動き、作業ペースも早い方だったが。


「鈴木さん? そう言えばそんな若い人がバイトで来てたよね」

「そう、そう。その鈴木さん、なんでか辞めたらしいよ。しかも退職代行使ったらしい」


 退職代行は聞いた事がある。ニュースで見た限りでは、自力で辞められない若者と会社の間に入り、色々と調整してくれるという。弁護士の監修が入っている所が多く、一応合法だというが、ニュースのコメンテーターは賛否両論だった。特に紀子と同年代のベテランアナウンサーは「辞めるんだったら筋を通せ。自分でなんとかしろ」と辛辣だった。


 紀子もそう思う。辞めるにしても一言、お世話になりましたって言えないものか、謎。


 それに辞めた鈴木は、ミスも多く、なんとなく鈍臭いタイプだった。若いのにボーッとしてたし、休憩時間はスマホに齧りついていた。仕事中も紀子達と雑談もせず、挨拶もボソボソとした声だった。ネットの疎い紀子だったが、こういう若者を「コミュ障」と言う事は知っていた。Z世代にも多いという。テレビによると、Z世代は基本的に優秀らしいが、臨機応変力やコミュ力も低く、なんとなく覇気もないとの事だったが、鈴木の特徴にも当てはまっていた。


「退職代行ねぇ」


 そう呟いた紀子の声は苦い。


「ねー、そんなもん使わないと辞められないとか」


 一子に同意されて嬉しかったが、彼女は声を落とし、こんな噂話を教えてくれた。


「出エジプト社っていう退職代行会社知ってる?」

「何それ、エジプト?」

「なんでも奴隷になったイスラエル人を救うっていう旧約聖書から付けられた会社名だって。確かにブラック企業と奴隷は親和性はある」


 ここで一子はもっと声を落とした。


「この会社、退職代行だけでなく、人生の退職代行もやっているらしい」

「何それ?」


 紀子も大きな声を出さないよう気をつけていたが、ちょっと気になる。


「いわゆる終活サービスとか、遺品整理ビジネスとか、生前葬サービスとかやっているらしい」

「へー。一子さん、それけっこう悪趣味」


 思わず眉間に皺ができる。人生=会社と例え、それの終わりを手伝うサービスだと思うと、一気に胡散臭さも増す。


 しかも一子によると、自殺志願者に遺書の代筆サービスや遺体の通報の代行サービスもやろうとしていたらしく、ネットで炎上。さすがにそんなサービスは消えたらしいが、もともとの退職代行サービスと共に、終活関連のサービスも伸び、経済的には成功しているという。広報の男が自己啓発本を出す予定もあり、イベントも積極的に展開しているとか。


「でも、私もそろそろ終活しないとな。遺品整理代行サービスとかやってもらおうかな?」


 一子は呑気に呟く。


「そう言えば就活と終活て同じ音だね。シュウカツ。死の方の終活が終わったら、私達はどこに行くのかな? 紀子さんはわかる?」


 紀子は首を振る。そんな事はわからない。わかるわけがない。


 ふと、去年、死んだ夫の事を思い出しそうになり、慌てて仕事に戻る。


 就活はその活動の後に、配属先が決定する。ネットでは配属ガチャという言葉を見たが、果たして終活はどうなのか。


 全くわからない。まさか、極楽浄土か地獄?


 若い頃は老後は極楽浄土だと信じ、一生懸命税金を納め、フルタイムの仕事も頑張っていたが、思ったほど今の生活は極楽でもない。物価高に今は年金額もたいした事はなく、実際、パートも継続していたし、死後の世界も気になってきた。死んだら一体どこへ配属されるのだろう?


 考えれば考えるほど、いい気分はしない。紀子はさらに仕事に集中し、考えるのは、辞めた。

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